22、哀れ
若い娘が注文を取りにくる。
「かけ蕎麦で」
俺はいつも通り頼む。
「かけ蕎麦」
「俺もかけ蕎麦だ」
「かけ蕎麦三つですね、少々お待ちください」
結局三人とも蕎麦を頼んだ。席はいつもの窓際の奥の座敷だ。見渡すと半分くらい埋まっていた。
「冒険者はみんな寄付するんですか? 俺はいくらあっても困らない気がしますが」
気になったことを聞いてみた。俺には理解できないことだからだ。金持ちになれば考えも変わるのだろうか。
「お前は貧乏暮らしし過ぎなんだ。いいか、よく聞け」
猿田は目の前の水の入ったコップをどかせて話を始めた。
「町の中でときどき家を持たない乞食がいるだろう。冒険者の中にはそれになろうとする者もいる。金と家を捨てて路上に身をさらす。何でそんなことをするのかと言うと説明が難しいが、例えば八百屋で並んでいる果物の中で一つだけ傷んだみかんがあったらそれをわざわざ手にとって買う。もののあわれと言うべきか、そういうことをすると悪くない境地に入ることができる。人は心の居所が全てだ。金があっても不満では仕方がない。橋の下で寒さに震えながら、腐ったみかんを手に持って笑う。空箱がそれまでと違うものに変わる。空箱は奥が深い。精神状態や境遇によって全く別次元の全能感や世界観を伴うものになる。そういうものに魅せられる冒険者は多い。そうやって金では買えない心地よさというものが色々とあるのだ」
俺はただ黙って話を聞いていた。
「だが今の状態で俺は満足している。空箱も淀みない」
俺は金がなくて何も食えないということもたくさん経験してきた。理解できない話だったが、もし親がいて裕福な暮らしを送っていたらと考えると今の方がいい気がした。
「お待たせしました〜」
若い娘が蕎麦を三杯運んできた。猿田はそれを見つめながら水を飲んでいる。ノエルの箸を割る音が心地よく響く。
「いただきます」
いつまでも蕎麦を見ているので先に食い始める。つなぎに小麦粉を何割か混ぜた蕎麦だ。出汁がきいていて美味い。
「あそこに女が一人いるだろう」
猿田が言う。
「二軍の一人だ。波止場芽留。誰ともつるまない。支部長の言うことだけは聞く」
少し離れた席に座る、俺はその名前と姿を覚えた。仕事仲間になるのだろう。
「そのうちあいつも入れて仲良くやろう。俺とノエルは蕎麦みたいなものだ。お前というつなぎがいてきっと上手くいく」
勝手なことを言ってくれる。俺はテーブルの前で黙って座りながらただ注文を待っているその女をしばらく見ていた。髪を後ろで結わえ、簡素な木綿の服を着ている。歳は二十前後だろう。誰も寄せ付けないような雰囲気を纏っているように見えた。




