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20、看取りの高木

 昨日は部屋に着いてすぐに寝てしまった。寝間着をどうしようか悩んでいたら押し入れに浴衣が一着入っていた。周りの人も夜になるとこれを着ていたから多分この浴衣が寝衣なんだろう。

 朝になって目覚めると外は曇り空だった。しかし外は春の香りがする。俺は買い出しに出かけた。

 まずは暇をつぶすための本を買うため古本屋にやって来た。小説のところで盆土外郎を見つけた。シリーズ物がいくつか置いてある。その中で「失われた大陸」の一巻を手に取った。


 失われた大陸――。

 とある疫病によって世界の大部分を占める大陸はパンデミックに見舞われ人間は皆死んでしまう。ただ一つだけ生き残ったのがその当時、世界からは隔離されていた島国のヒノクニだった。ヒノクニは国力を温存し、疫病の病原菌も突き止め、抗生物質を開発した。そして主人公の冒険者は薬を持って大陸へと渡っていく、というのが筋書きだ。

 盆土外郎の小説に登場する小物はユニークで具体的で実際に作られて売られているものもある。作中にあるたばこ「敷島」も作者が考えたブレンドとデザインがそのまま採用され、実際の銘柄になっている。砂川が好んで吸っていたたばこだ。

 全七巻ある。俺は試しに一巻を買ってみた。あとは個人的に気になった「聖暦二千四年、俺のターン」というライトノベルを買ってみた。

 この作者がいうには世界というものは人類が繁栄し、滅び、また別の場所で繁栄し、という繰り返しらしい。俺達がいる世界はユグドラシルだが、この星には他にも人間が暮らす世界がいくつもあり、滅びたり生まれたりを繰り返している。遠い場所で何ターンか前の人類の暮らしていた跡が発見されたりする。そのターン特色の遺物があるという。それまではこの星が誕生したとともに生物は少しずつ進化し、やがて猿人から人になりユグドラシルの世界が形成されたと思われていたが、この作者が唱える説によって、また、他所で高度な遺跡も発掘されたりもしたことから、星の歴史は遥かに長く、過去に人類がいたという事実も立証された。このユグドラシルもいつか滅べば携帯端末が遺物として新しい子孫たちに発見されるかもしれない。「聖暦二千四年、俺のターン」は抜庭という人間界のリーダーである主人公が魔族の王「魔王」を倒しに行くというストーリーだ。抜庭という言葉は「古代記」に記されておりこういった物語の題材にもよく使われる。森羅のフリル・バンビが降誕した年が聖暦元年だ。今年は聖暦一九九五年になる。俺はとりあえずその第一巻も合わせて二冊だけ買って、その後マグカップと食料品を買った。どれも簡単な火だけで食えるものだ。


 部屋に着いたら早速昨日の復習をした。火鉢の前に座って火気(ファイア)の修行をする。両手でボールを作るようなかたちで構えてその中心に意識を集める。魔法の修行は青学校に入ると同時に始まるから、俺はもう三年は修行していることになる。いつできてもおかしくはないはずだ。

 集中していると、意識の宿り先が掌の中心に移ったのがわかった。同時に肩の力が抜けた。集中軌道に乗ることができたようだ。それをしばらく続けていると間もなく火がつく、というそんな確信が芽生えてきた。あとはいつでも着火スイッチをオンにするようなものだった。心でオン、というと掌の中に火が灯った。俺は火傷しないように気をつけながらそれを持続させた。やがて木炭に火がついた。それを確認し、掌の火を消した。おそらくこれが火気の覚醒(クラッシュ)だろう。

 初めてついた火を眺めながら俺は一安心した。

 よかった。もしかしたら俺はスキルが覚えられないんじゃないかと思うこともあったが、こうして今、魔法スキルも覚えることができた。

 やかんで湯を沸かせてコーヒーを淹れた。教えてくれた猿田に礼を言わなくては。

 その後は本を読みながら時間を潰した。


 「失われた大陸」は物語としてもよくできていた。主人公のサカモトが大陸に渡り、人々を救いながら病原菌を振りまいた闇の組織を突き止める。王国の王女の命も救い、王からも信頼される。一巻はそんなあらすじだった。

 日が暮れてきたので俺は食堂へ向かった。

 昨日と同じ場所に猿田とノエルが座っているのを見つけた。礼を言うため俺もそこに腰掛けた。


「よう、来たな」


 猿田は昨日と同じ酒を手酌で飲んでいた。あとは煮干しのような小皿が乗っているだけだった。

 俺は注文を取りにきたおばちゃんにまたかけ蕎麦を頼んだ。


「蕎麦か。いつも蕎麦食ってそうだな、お前は」


「一番安いので」


「ギルドで仕事探してみるか、付き合うぞ」


「一般向けの任務ですか?」


「そうだ」


「いえ、俺は五藤さんの指示を待ちます」


「そうか、その方が無難だな。ドメインの打刻のされたIDカードを見せても任務担当官が訝しむだけだ」


 IDカードには確かにDOEの刻印がある。身の丈に合わない感じがして申し訳ないが、成り行きで国の代表のようなものになってしまった。


「活字はいいだろう?」


「はい、お勧めの本を読んでいます」


「そうか。読書は歩くのと同じで根気のいることだ。本が売れて車がなければ世界はいつまでも平和だ」


 猿田らしい言い回しだ。こういう人間が東のドメインでいることを言っているのだろう。


「火気、覚えられました。ありがとうございます」


「そうか、登録すれば拾万だぞ。よかったな」


 確かにそうだった。空箱(ブランク)と合わせて二十万の余裕ができた。吝嗇な子どもだと長屋のおばちゃんに言われていた俺だから当分やっていける。

 窓の外には庭に一本、寂しそうに立つブナの木が見えた。


「ブナが一本って、珍しいですね」


「ああ、あそこには元々ブナの木立があったんだ。他は枯れて今はあれだけになってる」


「どうして一本だけ?」


「わからん。あの樹の下にはときどき野生の獣が身を寄せるようにして死んでいるんだ。看取りの高木と呼ばれている」


「看取りの高木……」


「動物だけじゃない。これまでに何人かあそこで首を吊ろうとした者がいるが皆失敗している。何かに守られているかのように皆失敗する」


「……」


「支部長の関わった精神病患者もその中にいる。慌てて縄を切って支部長が助けた。何ていったっけなあの女」


「桃田友美」


「そう、それだ。閉鎖病棟から出て自由になった途端、駆け出してあそこで縄を結わえた。支部長が追いかけて助けた。大変だったんだぞ。でもそれから穏やかになったという。この辺りでは神聖な木として扱われているよ」


「そんなことがあったのですか」


 暗くなった外で門灯の明かりにひっそりと照らされたブナを俺は眺めていた。

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