19、宴会
「今日は奢ってやる。一回ぐらいはな」
そう言って三人は宿舎本館にある食堂へ入っていった。
座敷の一番右奥の隅の席に迷わず向かっていって腰を下ろした。とうやら二人はいつもこの席に座るようだ。
今日はおばちゃんではなく、若い娘が注文を取りに来た。
「しなのほまれはあるか。あとは適当につまみになりそうなやつ」
「はい、冷やでいいですか」
「ああ、何でもいい。お前らも好きなの頼め」
「ししゃも」
「ありがとうございます。じゃあサバ味噌定食で」
「はーい、少々お待ちください」
そう言うと娘は厨房の方へと戻っていった。
「酒が飲めるんですか、ここ」
「メニューにはないけどな。頼めば出してくれる」
道楽のギルドは荒くれ者の溜まり場みたいな場所だったが、紫苑の事務所は綺麗だ。かたい感じのする建物だった分、宿舎がこうして親しみやすいつくりになっているのだろう。
「お前は部屋でなにやってるんだ?」
「特にまだ何も。物もたいしてありませんので」
話していると酒とつまみが運ばれてきた。徳利に入った清酒と漬物といわしを醤油で煮たやつだ。ししゃもと俺の分も運ばれてきた。
「本を読むといいぞ。教養のある冒険者の方が風流だ」
風流――。
その言葉がどこか詩的な感じがした。これが風流という冒険者なのか。
「昔、人は月を見て、その満ち欠けで日付けというものを意識するようになった。それまで日にちという概念がなかったのだ」
「それは初めて聞きました」
ノエルは無言のまま何杯目かを注いでいた。
「源力持ちは争いと破壊を好まない。なぜだか分かるか」
「いえ」
「もう二度とあんな目に遭いたくないと思っているからだ。それは自分だけでなく他者に対してもだ。源力持ち同士はそれを共有しているから結束もかたい」
「はい」
「そんなやつらが力を持っている限り、世界は安泰だ。何故だかわかるか」
「わかりません」
「『失われた大陸』に二百年以上平和を保った国が出てくる。その国の初代の王が源力持ちだった。トクガワという冒険者だ。彼は国内に車を入れなかった。何故だかわかるか」
「何故ですか」
「少しは考えろよ。簡単なことだ、風景が廃れるからだ。つまり風流ではない。この世界も同じだ。力のある者は先の景色を常に想像する」
「……」
「誰かのことを考えたな。そうだ、我らが支部長も先の未来を見ている。と俺は考える」
「何かよくないことがあるのですか」
「俺はそう考えている。そのうち言うだろう。俺らなしでは戦えないのだから」
猿田は一気にお猪口をあおった。
俺は少なく一口ずつ飲んだ。
崩れた身なりで言動も一見粗野に見えるが、この男はかなり賢いと思った。
俺も本でも読んで少しでも遅れないようにしなければ。
サバ味噌定食は悪くない。他の料理も美味い。寮の賄いというよりは町の食堂に近い。皿も陶器の物が出てくる。徳利のおかわりが運ばれてきた。
「他に何か聞きたいことはないか?」
「何かお勧めの本はありますか?」
「好みによるが、盆土外郎の小説は損はしないぞ。フィクションだが、経験豊富なだけあって、武道の書物としても遜色ない」
「今度本屋見てみます」
「何しろグリードカンパニーの年間長者連続一位。何年連続だっけ?」
「六年」
ノエルが天井を見ながらつぶやいた。俺も天井を見てみた。電球がぶら下がっている。
「グリードカンパニー?」
「冒険者は、特に源力冒険者は、稼いだ金を慈善団体にほとんど寄付してしまう。みんな派手な生活を好まず、質素に穏やかに暮らすことを目指すからだ。それをまとめているのがグリードカンパニーだ。昨年の寄付額一位が井黒の盆土外郎。やつは小説家でもあるからその稼ぎも多い。二位が牙途の尾形冬牙。三位が白井の筧行郎。DOEの一軍だ」
なるほど――。
飯も食べて話を聞いていたら眠くなってきた。しかし話を聞かなくては。猿田は「失われた大陸」について一通り熱弁しながら「眠かったら寝ろ」と間に一言挟んで話し続けた。
気がつくと俺は食堂の座敷で寝ていた。猿田の朗読が心地よい子守唄になってしまったみたいだ。毛布がかけられていた。
よく見ると、猿田と向かい合って隣に座っていたノエルも俺の脇で寝ている。
すっかり酔ってしまったようだ。
「ノエルさん」
肩を揺すって起こした。
「む、」
とうやら寝てしまっていたことに気づいたようだ。辺りを見回す。
「部屋へ戻りましょう」
「ああ、悪いな」
そう言って二人で部屋へ戻っていった。猿田は勘定を済ませて先に戻ったのだろう。結局この男とはほとんど口をきかなかった。でも悪い人間じゃなさそうだ。「また明日な」と言って二人は別れた。




