18、ドメイン入場
朝、目が覚めると外はまだ暗かった。もう一回寝ようとしたが緊張のためか目が冴えて眠れなかった。今日から冒険者として働かなくてはならない。四月にしては少し寒かったので火鉢に火を入れようとした。
しかし、火気を覚えなければ火が焚べられない。軽い気持ちで何とかなるだろうと思ったが火気の習得は思いのほか難しかった。
暗い部屋で火を意識しながら集中力を高めていく。体の深部に熱が湧くイメージだ。ひたすらそれを探した。学校でそう教わっていた。しかし上手く掴めなかった。勘のいいやつはすぐにコツを掴んでいたようだが、それでもクラスに二三人いるかぐらいだ。
一階の便所の前の洗面所で水を汲み、焼かずにパンをかじった。火が使えないから仕方ない。洗面所の脇に紙コップや使い捨ての新品の歯ブラシがあったので使わせてもらった。他国の冒険者が仕事で短期間泊まることもあるから置いてあるらしい。
水を飲みながら冊子を見ていると東の空が明るくなってきた。冊子にはスキルを獲得した際の報酬が書かれていた。九番スキルは拾万円、奥義は一千万だそうだ。ここには書かれていないが自由技能になると更に高いのかもしれない。魔物の情報にも賞金がかけられている。未知の魔物を生け捕りで数百万円になるらしい。スキル、魔物、未開地開拓などで多大な功績を残した者には称号が与えられる。そして称号にはそれぞれ意味があるらしい。【魔物使い】は適当な生け捕った魔物を使い魔として持つことができる。【人形使い】なら死兵を。【盗賊狩り】という称号では殺しが正当化される。
称号は一人一つとは限らない。複数持つ冒険者もいるようだ。
俺はとりあえず火気が使えるようになりたい。買い物が無駄になる。露九戊にでも聞いてみよう。そう思いながらギルドへ行く支度をした。
IDカードを持ってギルドの受付に行くと三階に通された。五の扉を目指す。ノックすると中から声が聞こえた。
「入れ」
俺はドアを開けて中へ入った。すると。
「よお、新入生」
中に先客がいた。
「所持スキル、殴殺。夢は総理大臣」
「そうりだいじん?」
「盆土外郎の小説『失われた大陸』に出てくる大市長みたいなものだ」
背の高い方がそう言った。先客は二人いる。
「お前に紹介するために呼んだのだ。我が東部ドメインの二軍の者たちだ」
露九戊はそう言って二人の男の後ろで座った。
「猿田篤彦だ」
「ノエル・マーカー」
二人が順番に名乗った。
「相葉冬介です」
猿田と名乗る方はギルドの制服を随分崩して着ている。総理大臣じゃない方は綺麗に着こなしている。歳は俺と同じくらいに見える。
「今日からお前もドメインの一員というわけだ。よろしくな」
源力の冒険者がドメインということで概ねよさそうだ。
この猿田という男からはどこか懐かしい気配が感じられる。目を閉じるとそれがはっきりとわかる。郷愁のような不思議な感じがする。強い者だけが棲み着く故郷なのだろう。同じように露九戊やもう一人の男からも注意深く探るとそれが感じられる。どうやらこれが源力持ちの気配らしい。
「仕事は特にない。待機していてくれ」
露九戊がそう言って壁を指差した。そこにハンガーに掛けられた制服が一着あった。
「仕事はない」
俺は言われたことを反復した。
「仕事は強くなることだ。そして強くいることだ。夢は一軍だ」
猿田がそう言った。
「一軍……」
「では今日は戻っていいぞ」
そう言われて三人は部屋を出た。
階段を下りながら猿田がこちらを向いて話しかけた。
「支部長は強さにこだわりすぎている。何か理由があるようだが俺たちには打ち明けない。お前も戦力として数えられた以上はどれくらい使えるか見る必要がある」
そのまま外の訓練場へ向かった。
猿田からは変わらずあの懐かしい感覚が伝わってくる。そこは真っ暗で何もわからない。来たことも見たこともない場所だ。それなのに懐かしさだけ湧いてくる。何もわからなければ怖いくらいの深淵だ。そこにはずっといたくなる中毒性のようなものもある。不思議な場所だった。ここが何なのかはまだわからない。源力持ちだけが有する場所としかわからない。深い、懐かしい昔を思い出す暗闇だ。
猿田の歩き方は普通だった。砂川のように労う場力は出していない。
三人は訓練場へとやってきた。
「まずスキルを見るか。殴殺をやってみろ」
言われたまま俺は案山子に殴殺を放った。
シッ
ドン
藁が散って案山子が大きく揺れた。
「まあまあだな。内功を湧かせて殴る。この一連の流れをまだ一つ一つ確認しながらやっている。流れるように感覚的にやらなければ駄目だ」
確かにまず相手を絞り、内功を湧かせ、それを確認した後でスキルを放っていた。これらを一瞬でやらなければいけないらしい。
「見ていろ」
そう言うと猿田は杉の大木の前に来た。
ヒュン
ドンドン、ゴッ、ドシン
そのまま流れるようにラッシュを入れた。間にスキルではないただの殴りを挟んでいる。内功を巧みにコントロールした結果だ。
「今のお前では単発しか打てない」
確かに死兵にも案山子にも単発でしか試していない。連続攻撃ができないと駄目だ。
「次は魔法スキルを見るか。何ができる?」
「あ、殴殺だけです」
「空箱は?」
「空箱も……」
俺は正直に答えた。大丈夫だろうか。足手まといになりそうな気がしてきた。
「何だ、本当に殴殺だけか。でも一応覚えておけ。冒険者は手持ちの全てを登録はしない。俺も自由技能は登録していない」
「俺は、殴殺が全てです」
「これから覚えるんだ。まずは空箱だ」
そう言って三人は草むらの上に座った。
「空箱は必ず大地の上で行う。自然と一つになる必要があるからだ。携帯の電子音なんかが鳴ると途切れる。目を閉じ、何も考えず場と一つになる。それだけだ」
俺は言われるままにやってみた。これまでも何度も試したが学校で教えられたのは蝋燭の炎を見ながらただ集中して、とだけだった。結局できなかった。
「何も考えないでいると重心が下がってくるはずだ。地面と一体になれ」
「……」
俺は何も考えないことに意識を集中した。
段々心が空っぽになっていくのがわかった。心地の良い無が訪れた。
しばらくすると意識が完全に外側に向いたのがわかった。周囲の地面を意識で踏みしめることができる、といえばいいのだろうか。辺りが自分のものになったみたいだ。体の力が抜け、自分の重さを感じることができる。これが空箱か。まるでチャンネルが切り替わったみたいだ。
「――っ」
俺は静かに目を開いた。
見える世界が今までと違う。まるで景色に触れるみたいだ。景色に質感のようなものを感じられる。
「よし、合格だ。それが空箱だ。忘れないようにな」
空箱を獲得できた。まだ何度も練習する必要はあるだろうが、これまで全く駄目だったのが、殴殺といいすぐできるようになった。教える人間がいいのだろう。
「あと、火気が使えるようになりたいです」
俺は正直に言った。この男に頼めばできるような気がしたからだ。
「両手の掌でボールを作るような要領だ。気のボールを作るのが空箱。火が火気、光が照明魔法だ」
「両手で、ボール……」
今までは片手でやっていた。できないわけだ。
「体全体で光を作ったり体の奥で熱を湧かせたりとよくいうがそれは本当に強いものを作るときだ。省いてもいい。大事なのは両手の掌に意識を集めることだ」
「……」
掌の真ん中に火をつくる。
ボッ
「熱っ」
いきなり火がついて手を火傷した。しかしすぐにできた。こんなに簡単にできていいのかというくらいだ。
「今のはどちらかというと解脱だな。もっと練習をしろ」
解脱――。
しかし、やり方は覚えた。同じような要領でやるだけだ。今までとは全然違うやり方だった。ずっと間違ったやり方をしていたのか。聞いてよかった。
「場力と空箱はどう違うのですか?」
前から気になっていたことを聞いてみた。
「場力は相手がいる。何かの圧に抗ったり、誰かと張り合ったりだ。主に人に向けるものだ。空箱は何もないところでやる。場力は強弱だけだ。空箱の方が難解で奥が深い」
「なるほど。体の奥で熱をつくって詠唱も挟めばLキャストになるわけですか」
「それは違う。学校ではそう教えているが、Lキャストっていうのは源力をこめた定型技能だ。詠唱は関係ない」
そうだったのか、知らないことだらけだ。さすがドメインと呼ばれる冒険者だ。
「昼めし食いそびれたな。このまま寮に戻って晩飯にするか」
訓練場で色々やっていたら大分時間がたった。おかげで今日はスキルを二つも覚えられた。
「お前も来い、相葉。歓迎会だ」
どうやら食堂で宴会をやるみたいだ。俺は黙って後に続いた。




