133、No.6
ギルドの階段を上がる。
猿田と芽留の安否が不確かだと思うと憂鬱な気分になる。前に果歩を心配しながらこの階段を上がったことがあるが、今日はそれ以上だ。三階の廊下は薄暗い。石造りの壁をつたい五の扉をノックする。
「相葉です」
すぐに入れ、と返事が聞こえた。部屋の中に入る。
椅子に座る露九戊の後ろに人形が一体立っていた。
「1、disorder」と書いてある人形だ。着流しに襟巻をしている。顔に包帯が巻かれ片目が隠れている。
「どうかしたか」
露九戊の黒の箱庭だ。
部屋の中は動的な気配で満ちていた。
俺は訓練をしたいが一人でいい方法が思いつかない。強くなるにはどうしたらいいかと正直に言った。
「……」
露九戊はそれを聞いて少しの間、押し黙っていたが、やがて意を決したように机の引き出しを開け、中から小さな小瓶を取り出した。
「相葉。今悪魔の襲来に備え、世界各国でその対策が取られている。筧行郎が牙途に渡りその悪魔のうちの三体を監視していたが、先ほど三体がばらけ、追跡するのが難しくなっているという。まだ三体は見失っていないが、少しずつユグドラシル内に接近しつつあるようだ。そして行方の掴めないものが一体いる。私もこうして戦闘の準備をしている」
ザビエルの遺体や戦場の写真と共に他の三カ国にも危険を知らせる文が届けられた。
「これはスキル研究所で作らせた薬だ。私が依頼を出して作らせた。しかしまだ使ったことはない。香露木という毒草から抽出したものだ。飲むと全身が激しい苦しみに襲われる。源力を捕まえさせようと冒険者用に作った薬だが、動物実験で僅か数秒でどれも死んでいる。たった一頭だけ耐えた犬がいて獪転し、その犬は今も研究所で飼われている。言葉を学習しているという極めて稀有な魔物だ。狂暴性もない。だからこの薬にはそれだけの可能性があることはわかっている」
「……」
「私も一滴だけ口にしたが凄まじい苦しみで吐き出してしまった。だから強要はしない。もしお前がどうしても強くなりたいと思うなら試す価値はあるだろう。後のことは責任は持てないが」
「わかりました」
「服用の上限は10mlだ。水に溶かして飲め」
「ありがとうございます」
薬には管理番号が付いている。No.6と呼ばれる薬だ。
俺はそれを持って部屋を後にした。
宿舎の自分の部屋に戻ってきた。
白い液体の入った小瓶だ。牛乳みたいだ。一年前を思い出す。
コーヒーを飲んでいたカップに水を汲み、その中に薬を垂らした。
カップの中の水に溶けてゆく。
俺は既に源力は得ている。これ以上先に何かがあるかどうかはわからない。
しかし言葉を理解する犬。ユグドラシルの歴史の中でも非常に珍しいという。この薬を飲んだ先には何かがある気がする。このままでは俺は戦力にならないんだ。一軍の姿を思い浮かべた。あのものたちを超える。それをこの薬で叶える。
死ぬかもしれない。しかし、たった一匹でも耐えたものがいるのなら。
やってみよう――。
俺にとって縁起のいい白い色でもある。俺は賭けることにした。
ゴクン
喉を液体が流れていく。
ズオ――
「ぐっ!?」
その瞬間、恐怖が背に伸し掛かり、腹の底から不安が押し寄せ、地面に引きずり降ろされる感じがした。
死の予感だ――。
「が、あ」
ああああああああああ――。
何もわからなくなった。
臓器が壊れるような凄まじい苦しみだ。
それ以外、何も、わからなくなった――。
天井、そして地面が遠のいていく。
畳の上で俺は暗闇に飲み込まれていった。




