126、VSザビエル(2)
草原に風が渡る。
空から太陽が照り付けている。
誰かの声が自分を呼んだ。
振り向くとそこに一人の少女が立っていた。
従妹の上楽だ。
和真たち父子は賊山を出て白井に帰還していた。
そこで従妹の上楽に教えられたことがある。
まだ十歳の従妹だ。
苦しみには上限がある。そこに達すると苦しみを感じなくなる。
一体何の話だと問うと、上楽は答えた。
空丸の明後日にも上限があり、そこに達すると、初めて風属性の効果が現れる。
賊山で空丸のスキルを見てそう感じたという。
空丸の明後日は炎属性と風属性の複属性スキルだ。しかし風属性の意味がこれまでわからなかった。
炎をどこまでも燃やすと頂上で風が吹き始める。
そこで燃焼は別次元に変わる。車のターボチャージャーのようなものだ。炎の質が変わる。
炎、風属性自由技能明後日の第二の派生スキル【日ノ丸】。
そこではまるで自分自身が太陽のようだ。
空丸の黒髪に赤みが差してくる。
明後日はクールタイムや制限のない六度だが、ただ一つの難点は燃費が悪いことだ。源力の消耗が激しい。段階の上がった日ノ丸はさらに源力を早く消費する。
効果が切れるまでのタイムリミットは概算にして百三十秒だ。
それ以降は日ノ丸を維持するだけの源力がなくなり、切れた電池のように安い明後日があと少し動かせるだけになる。
準備はいいか――。
心の中の上楽に別れを告げると目の前の暗い人影に照準を戻した。
前に屈み、炎熱が駆け上がる。
ドゴオ
タービンの回転が加速する。第二の燃焼が始まった。
爆発音と共に炎を纏った空丸が暗闇に現れた。
日ノ丸、スタート。
「≠∀N∩∀(何だ?)」
ブン
瞬時に悪魔の鼻先まで飛び、殴殺を振るった。
ゴッ
咄嗟にガードする。敵も変容を理解したようだ。
バキッという音が鳴り、左腕を折った。
サビエルは後ろに飛び退き、即座に左腕を掴んで再生させる。
間髪入れず空丸は跳躍し、背後に下がったザビエルの懐目掛けて飛び込む。
そのときに半回転して背を向けて飛び込んだ。背を向けた空丸が飛び込んでくる。ザビエルは一瞬手が止まった。相手の動きがわからない。空丸はザビエルの目前でさらに半回転し向き直りその勢いで右の殴殺を叩き込んだ。
竜尾返し――。
面食らったザビエルは対応が追いつかない。
ガードも回避も間に合わない。
ドゴオ
顔面にもろに殴殺を食らい吹き飛んだ。
ドゴン、ドザア
倒れたザビエルの元へ歩いていく。
先ほど汚染された右拳の癌細胞が剥がれ落ちていく。
免疫力も増幅されているようだ。日ノ丸の効果時間内は癌細胞を気にせず戦える。
残り――百十二秒。
「がはあ」
ザビエルは血を零し、呻いている。顔面を砕いた。途中だった左腕と合わせ、それを急いで再生させる。
攻撃力が圧倒的だ。効いている。
素の身体能力や体の強さはザビエルの方が上だが、スキルがその差を埋めて余りある。
起き上がるとザビエルは距離を取った。危険を感じたようだ。
賢い判断だ。
敵の自由技能は蘇生だ。そこにも源力の消費があるはずだ。残り百秒でそれを尽きさせる。それしか勝つ方法はない。
空丸は右腕を引いて身を沈めた。
ドゴン
仁王殺――。
「≠∀、∫∃〒∨〇〒⊥∪∠∪(な、ショック!?)」
どうやら敵は仁王殺を知らないようだ。
顔面を波動が殴打する。
そのまま仁王殺を放ちながら相手の動きを止め、踏み込んで殴殺の雨を降らせた。
ドゴゴゴゴゴ
「オオオラオラオラオラ!!」
殴殺の連打に仁王殺を混ぜている。本来遠距離攻撃の仁王殺を手数の足しにしている。
殴殺で仰け反った先に仁王殺――。
ドゴン
踏みとどまった顔面に左腕を振る。振り抜いた姿勢のまま念じるように腹に仁王殺。屈んだ顔面に右の殴殺。殴り飛ばし、肩越しに仁王殺。すかさず距離を詰め左殴殺。
ドゴゴゴゴゴゴン
「オラオラオラオラオラアッ!!」
ドゴオン
セントラルホールの建物の壁を破壊して室内に叩きつけた。
血を吹き出しながらザビエルがその場で仰向けになる。
天井が映る視界の隅から空丸がやってくる。手には派生【炎天下】。
ゴオアッ
それを倒れているザビエルに叩き付けた。爆炎が上がる。
さらに攻撃の態勢を取る。反撃の暇もなく間隙は全て再生に使わせる。
殴殺の構えを取る先で炎が晴れると、そこにザビエルの姿はなかった。
辺りを見ると息を切らしているザビエルが部屋の隅に立っていた。
残り――四七秒。
ジュウウウウウ
立ちながら再生に大分時間がかかっているようだ。
蒸気を上げながらふらついている。
足を引き摺りながら駆け出し、瓦礫を踏み越えて外に出た。空丸がその後を追う。
「はああああ。∝∃∠∀∃∫∃⊥∀∇〇(理解したぞ。力の消耗戦だな)」
ようやく再生を終えたザビエルが振り向くと手を広げて空を仰いだ。
「∇∀N≠∈N∩∀≠∀(残念だな。俺はまだ半分以上ある)」
「……」
「〇ю∀∈⊃∀ю〇∪∂∀∫∪∠∈⊥∪∫∪N∇∈N≠〇∨〇∪∩∀≠∀(お前はもうガス欠寸前のようだな)」
場の空気からそれを察したようだ。あまりにも短期決戦を思わせる戦い方だ。
喋っている暇はない。
空丸は腰から短剣を抜いた。
再生させる前に殺す――。
残り時間で源力を使い切らせるのは困難のようだ。
まるでアンデッドモンスターだ。
心臓を突けば終わらせられるかもしれない。
短剣を右後方に構えた空丸の影が揺れる。
ザンッ
地を蹴るとほぼ同時に背後を取った。
速い。
ザビエルが後ろを振り向くが間に合わない。
背中に刃を突き立てる。
針夜――。
ドンッ
「ぐっ」
さらにそこから――。
【貧乏鴉】。
一度きりの衝撃だ。貧乏鴉を器用に解脱させた。
「がはあ」
ズシュッ
胸に穴が開いた。
ザビエルがその場で崩れるように倒れた。
それを見下ろす。
血が地面を湿らせていく。
やったか――。
しかし、敵の反応は思惑通りにはいかない。
ジュウウウウウ
やがてゆっくりと穴が塞がっていった。
まだ生きている。
「ちっ」
短剣を逆手に握り、両手で突き刺そうとする。
ガッ
そこから手が伸び、空丸の両手を掴んだ。
倒れたままの状態でザビエルが笑う。
「∂∈∽ю∪〇∽♯∀∽∩∀≠∀(ゲームオーバーだな)」
「まだだ」
再生を完了させ、起き上がるザビエル。
短剣を逆手に握り、再度襲い掛かる。
早く、時間がない――。
ブン
振った右腕が空を切る。
避けられた。
冷静になれ――。
でないと攻撃が当たらない。
手を考えろ。
どうすれば殺せる。
残り――四、三、二、一。
「おおおおおお!!」
ガッ
右拳を掴まれた。
――ゼロ。
相手の体が膨れ上がる。
目の前の先でそう見えた。終わりだ。
とうとう火が消えた。
力の差が再び絶望的なものになる。
ボソボソボソ
掴まれた手から汚染が始まった。
空丸の髪が黒に戻る。
「ぐっ」
「〇э∀〒⊥∪⊥∀∨〇∪∩∀≠∀(終わったようだな。こちらも少しひやっとしたよ)」
ザビエルは手を離し、両手を腰の横に構えた。
嫌な空気が辺りを包んだ。
じわじわ殺すつもりはないようだ。渾身の攻撃だ。
「∫∃〒∨〇〒⊥∪∠∪∇∀∂∀⊥〇∝∃N∂∪(ショック・ザ・ガトリング)」
殴殺の連打が降ってきた。形勢が逆転した。
明後日を纏い、咄嗟に両腕でガードする。
ドドドドドド
重い連打が放たれる。防ぎきれない。
ガードを貫かれ、顔面や腹に数発もらう。
意識が飛びそうになる。ガードが下がり、そこへ容赦なく拳が降り注ぐ。サンドバッグ状態になった。悶絶級のダメージが募る。
明後日がもうもたない。ここで源力が切れればSキャストの体気煥発だけが防御手段となる。装甲が一気に薄くなる。
ドドドン
攻撃はまだ続く。
明後日が切れた。
そこに拳が容赦なく襲いかかる。
景色がスローになった。目の前に拳が迫る。残酷な笑みが視界の上っ面で揺れた。
食らったら死ぬ――。
そこで意識が薄れ、何も考えられなくなり血を吐きながらその場に倒れ込んだ。
ボソボソボソ
殴られた面からは赤黒いシミが広がる。皮膚癌だ。
視界が霞んでいる。
体に力が入らない。源力も底をついた。抵抗力もない。ダメージも大きい。死が間近だ。
どうやらこれまでのようだ。
「空丸さん」
遠のく意識の中で誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
顔に水滴が落ちる。
「もう、大丈夫ですよ」
筧寿郎の治癒巾だ。
水滴が口に入る。それは瞬く間に体中を巡り、浸潤をストップさせた。
「待たせたな」
倒れた空丸の脇で屈んでいる寿郎のそばに人影が立った。
由瑞晃だ。
「お前に捨て身は似合わん」
遠くでもう一つ人影が倒れている。
顔を押さえながらゆっくりと起き上がる。
どうやらギルド本部に知らせが届いたようだ。
救援が来た。
由瑞の殴殺が横から入り、ザビエルの攻撃を止めたようだ。
間一髪だ。
ザビエルの源力残量は半分以下。
あともう少しだ。
小雨が降り続いている。空は依然暗い。
暗闇の中で両手を広げて雨を受ける悪魔が不気味に笑っていた。




