125、VSザビエル(1)
空丸のそばに落ちた。
開幕のアドバンテージは人間界が取った。
この上ない幸運と言えるだろう。
空丸は広場の真ん中辺りまで来ると意識で自分の周囲に円を描いた。
暗示だ。
何色にも染まることのない最古の領域。
何者も踏み込むことのない不可侵領域。
スキルにおける絶対王者、六度の解放だ。
円の中で出力を少しずつ高めていく。
ボッ、ボッ、ボッ
空丸の戦陣に辺りが色めき立つ。
薄暗い景色の中で炎の残像が見えるようだ。
何が始まるのかと野次馬が次々と広場の周りに集まってきた。
斜めに構えて少し前のめりになる。
スタンディングスタートの体勢だ。ここから跳躍も攻撃もスタートできる。
ボトッ
時計塔から黒い塊が落ちた。
地面で立ち上がり、こちらに歩いてくる。
明らかな殺気を放っている。
殺気は空丸と野次馬たちに向けられているが、野次馬たちはその気配よりも怖いもの見たさの方が勝っているようだ。
悪魔が右拳を握った。殺気の上に攻撃的な波動が乗る。
「∫∃〒∨〇〒⊥∪∠∪(ショック……)」
空丸の強さは分析力だ。細かい内功がどこに込められているかがわかる。目の前には全身にそれを宿して構えている悪魔の姿が見える。そんなことが可能なのは人間界でも僅かしかいない。問題はそれがどれほどの撃力に変わるかだ。
守りをおろそかにはできない。
敵が踏み込んできた。
伺うようにして防御力を高めた。全てが未知の相手だ。見た目やその戦闘的なオーラからは言いようのない恐怖と脅威を感じる。予想外の威力、あるいは能力だった場合、一撃で殺されることもあるかもしれない。慎重に相手の内功の度合いを測った。
「∫∃〒∨〇〒⊥∪∠∪∇∀∫∪∽+∀∽(ショック・ザ・スーパー)」
ドンッ
右の殴打が飛んできた。予想外の攻撃だ。予想外だったのは威力というより段階だ。攻撃の段階が予想と違っている。これは――。
殴殺だ。
ガードした左腕が軋む。
さらに左手で空を掻いた後、正面から右の直突きを打ってきた。
速い。
間に合わず顔面にくらう。
ドゴン、ドン、ドンッ
後方に吹き飛ばされた。
「∫∃〒∨〇〒⊥∪∠∪∇∀∫∪+∈∫∃〒∨∀∝∪(ショック・ザ・スペシャル)」
悪魔が月下で白皙を見下ろす。
辺りは夜のようだ。雲に霞んだ太陽は月に見える。
油断した。血を拭う。
殴殺が使える――。
魔物が自由技能を使えるのだから、この目の前の敵が定型技能を使えても不思議ではない。
暗闇に浮かぶ正体不明のパズルが一つ解けたような気がした。攻撃手段は定型技能。おそらく自由技能も持っているはずだ。警戒すべきはそこだ。
攻撃手段が殴殺とわかった以上、あとは真っ向から食らわないようにするだけだ。自分のように強化系が上乗せされるかもしれない。殴殺は危険だ。
戦陣に火を焚べる。
明後日――。
右足を引き、左拳を前に突き出し、右拳を後ろに引いた。両手で弓を引くような形だ。そのまま両手首を返して天に向け、身を沈めていく。力を込めた右手の裏拳が肚の前にくる。
ズズズズズズ
殴殺。
空丸の殴殺には音がない。土を踏む音も衣ずれの音もない。無音の身体操作。全身が内功に包まれている証だ。
フッ
先に動いたのは空丸だ。鼻先に飛び込み、殴殺を振るった。
ゴッ
顔面を捉えた。そのまま振り抜いた。
紫の閃光が空間に走る。
ドジャア
ほぼ衝撃の攻撃が入った。しかし手応えがおかしい。防御が硬い。体気煥発だ。それに加えて見た目よりもかなり頑強な体のようだ。顔を押さえながら立ち上がるその姿に、ダメージはあまりないように見える。
「……」
クリティカルでほぼノーダメージか――。
インパクトの瞬間、内功を入れている。紫電だ。それでもこの程度のダメージだ。相手も攻撃面が当たる瞬間に防御の紫電を入れている可能性が高い。敵は手で塞がずにあえて顔を晒したようにも見えた。
その理由はすぐにわかった。
ズキ
殴った拳が痛む。
裂傷や打ち身ではない。赤黒く変色している。これは。
「〇∝∈⊃∀ ∇∀♯∃∈∝∪∩∀(俺はザビエルだ。俺の能力は蘇生。著しい細胞活性。俺にとっては蘇生だが、他人にとっては酷くラディカルな細胞だ。どんどん侵食して朽ちていく)」
癌だ。
拳が癌に冒された。
顔面や体表面にこちらが触れると癌に冒されるようだ。
ボソボソボソ
ザビエルがここで初めて場力を張った。
空が暗い。
一陣の波紋が空間を飲み込んだような気がした。
ゾワ
野次馬たちの脳裏に死がよぎった。自分たちが今いる場所をようやく理解した。全員が離れようとするが遅い。それは追い打ちのように襲いかかり、野次馬たちは呻き声を上げながら次々とその場で昏倒していった。
空気感染だ。あるいは負の波動だ。
少しずつ体を蝕んでいく。最後にたどり着くのは癌だ。
自分だけじゃない。空丸に全てがかかっている。
「……」
攻撃をすれば癌。防御でも癌だ。
おまけに敵の防御は硬い。
さらに能力は蘇生だという。
手は皮膚癌になりかけていた。体の内部にも死の予感が湧く。癌細胞だ。内と外。悪寒をどうにか気力で捩じ伏せた。
正面を見る。
暗闇に浮かぶ悪魔の影。
小雨が降っている。
まだ日が暮れる時間ではないが空は日没のような暗さだ。
進退極まったようだ。
あの防御力を超えて敵を撃破するには、もうこれしかない。
空丸は静かに構えを解いて目を閉じた。




