121、蹂躙と愛
ポーン。
食堂で晩飯を食っているときに携帯が鳴った。猿田の携帯だ。メールが届いたようだ。それを読んで確認している。
「メールですか?」
「そうだ」
見てもいいというように携帯を座卓に置いたので、俺はそれを手に取った。
“剣さん、私は青学のときにいじめをしていました”
「駆け込み寺剣さん、という看板を掲げて悩み相談を受けているんだ。ギルドにチラシが貼ってある」
それは知らなかった。悩みの内容はこうだ。
“仲の良かった子二人と、三人である女の子をいじめていました。教室の中や下校の途中でその子に罵声を浴びせていじめていました。その子のお腹を三人で蹴ったこともあります。その子は私たちだけではなく他の生徒たちにもいじめられていました。あるとき、給食の時間に掃除のバケツにその子の分の給食を全部入れてお前の食器はこれだと言われて汚いバケツの中の給食を苦しそうにしながら食べている姿を見て、私は何故か涙が溢れてきてしまいました。その子は何をされても泣きませんでしたが、苦しんでいるその姿を見て私は泣いてしまいました。それからお腹を蹴ったときの苦しそうなその子の表情を思い出し、声を上げて泣いてしまいました。教室は騒然としました。私はその子のことが好きだったのです。好きだからいじめていたのだと気づきました。私が泣いたことで周りはその子をいじめづらくなり、それ以来いじめはなくなりました。私も少し教室内では居づらくなり、気がつくと孤立していました。今まで仲が良かった子たちとも距離ができました。そのままその子とももう口を聞くこともなくなりましたが、青学卒業が近づき、卒業文集を作ることになりました。最後のページで自由に記述するコーナーがあり、私は「三年間ありがとう」と、当たり障りないコメントを残しました。そしてもういじめることも話すこともなくなったあの子のコメントが気になり、ふと見ると、そこには「たすけてくれて、ありがとう」と、書いてありました。何を助けたのか、誰に向けてなのか、それは書いてありません。でも、私はそれを見て泣いてしまいました。ごめんなさい。たくさんいじめてごめんなさい。その子とは別な学校に進学することになりましたが、今でもあの頃の情景が思い出されます。いじめをしていた頃。私はあの子が好きだったんです。これが私の青学での話です。あの子とは一度も話をしていません。いじめたことは後悔していますが、もう取り戻すことはできません。できることなら、クラスメイトとして、友達としてあの子に話しかけたかったです”
とある青学の女の子からのメールだ。随分とドラマチックな体験談だ。俺は最後まで目を通すと猿田に尋ねた。
「これ、どう返事したんですか?」
猿田はこう答えた。
「俺にこんな長文のメールを書く暇があるなら、その子と連絡を取れ、と言ってやった」
「ははは、いい仕事しましたね」
確かにその通りだ。どう見ても卒業文集のそのコメントは彼女からのメッセージだ。応えた方がいい。
「愛しくなると傷つけたくなる、っていうのはありますよね」
「そうだな。いじめは心無いやつばかりが殺しも厭わずやっていると思っていたが、そうでもないみたいだな」
愛しさと破壊衝動だ。先ほど読んだ小説にも出てきた。俺は二人が仲良くなって別々の紫学校に通う姿を想像した。




