13、別れの道楽
ほとんど手ぶらで俺たちは病院を出た。医療費用は第三支部が負担したらしい。ギルドに暇を告げにいかなくては。そう言う砂川にこれまでの経緯を説明した。
「何だと!? それは駄目だ、お前が行くことはない」
「大丈夫ですよ。俺も都会暮らしに興味がありますし」
「いや、駄目だ。あの男に話をつけに行く」
「砂川さん。あの人形、ベースは精神病患者だそうですよ」
「……それがどうした」
「あの第三支部長には何か裏がある。ときどき虚ろな目で遠くを見る。あれは何かを抱えている目だ」
「そんなことは俺やお前には関係ないだろう」
「俺には気になるんです。それが何なのか確かめてみたい」
「お前がここにいたいというのか?」
「そうです」
砂川はあきらめたように下を向いた。
「……わかった。ではもう何も言わん」
そのまま俺たちは道楽に帰ることにした。
帰り道、砂川の歩き方は普通だった。あの独特な歩き方はやはり意識しないとできないのだろう。行きは俺のためにやっていたのだろうが、もうその必要もない。ただ疲れているせいかもしれない。この歩き方の方が俺の心は気楽だった。誰かに何かをやってもらうのは気が引ける。砂川も同じ思いなのかもしれない。しかし紫苑ギルドに関しては俺が心からそう思ったからだ。あの男の人形は全て精神病患者を使ったものだという。部屋は九まであった。心の内を見せないタイプのあの男が俺を必要とした。ただ俺はそれに乗っただけだ。
「辛くなったら連絡しろ」
一言だけ、砂川はそう言った。
砂川も俺も他に身寄りがない。心配なのだろう。二人の間の空気は叔父と甥のようにも見えた。
果歩のこともある。二人を残して何てことにだけはならないようにしないといけない。
紫苑を出たのは夕方だったから道楽に着いたのはまた夜中になってしまった。もうすぐ家に着くところで砂川と別れた。帰りに果歩にメールをやっていたようだから大丈夫だろう。俺は家に帰ってそのまますぐに寝てしまった。
次の日、目が覚めると外は夕日が差していた。夕方まで寝てしまった。
携帯を確認するが新しい着信はない。俺はすぐにギルドに向かった。
ギルドでは受付に二階に上がるように指示された。受付に立っていたのは小豆ではなかった。
二階に上がると休憩室に人がたくさんいる気配がする。障子を開けると、そこには砂川と果歩、それに小豆と斉藤政次がいた。
「来たな」
「あ、相葉さん。お話は聞きましたよ。みんなで送別会をやろうって」
「こんばんは」
果歩はまた外泊で出てきたようだった。小豆は非番のようだ。
「俺はまだ反対だからな。危険があるときはすぐに戻れよ」
「道楽も人手不足です」
砂川と斉藤が言う。
「まあいいじゃないですか、相葉さんの新しい門出を祝して、カンパーイ」
そうやって飲み会が始まった。
ギルドの隣に酒場が併設してあり、そこから酒と料理をたくさん運んできた。
最初はみんなしっかりしていたが、段々酒が進んで、砂川はたばこを吸いだし、斉藤はうつらうつらしてきた。酔うと眠くなるようだ。小豆はスカートで参加しているから足元が乱れてきていた。果歩だけが変わらずオレンジジュースを飲んでいる。俺は出された酒をちびちびと飲んでいた。
「ちくしょう、社会勉強なんて言ったのがまずかった。ちくしょう」
砂川はあれからずっとこんな調子だ。
「大丈夫ですよーう。相葉さんなら、ねっ」
斉藤はつまみの皿に頭をもたげて寝始めた。
「冬介」
唐突に果歩に呼ばれた。
その後でポーンと携帯が鳴る。
“ここで毎日教えて”
お父さんも心配だから、と言って毎日メールを寄こすように言われた。仕方なく俺はそれに従った。
結局ギルドが閉店後も五人は飲み続けた。小豆も俺との別れを名残惜しそうにしている。斉藤は床で仰向けになり完全に寝てしまった。砂川はいつもと変わらずたばこを喫っている。
「ときどきは帰ってきてね」
「そうですよ、相葉さん、私たちのこと忘れないで」
そろそろお開きになり、果歩と小豆が寂しそうに言う。
「来ないと俺が連れ戻しに行くからな」
わかってます、と言うと小豆が斉藤を揺さぶって起こした。
こうして宴会は終わった。
五人はギルドの出口でそれぞれ別れた。
「また明日な」
「おやすみ」
途中まで一緒だった砂川と果歩が手を振って別れた。
俺は一人、家路についた。
あまり飲まなかったから酔ってはいないし、寝すぎた後なので眠くない。
俺は家に着くと、しばらく暗い部屋でぼーっとしていた。
窓の外には街灯の明かりだけが見える。付近の家も寝静まっているようだが、帰り道で所々に明かりがついているのが見えた。春も中頃に入り、寒さも衰えてきた。桜は散ってしまったが、昼間の暖かい陽気がまだ通りに残っている。
紫学冒険者か――。
一人で考え事をしていた。スキルなしでやっていけるだろうか。心配だった俺は砂川にスキルの教えを乞うことにした。紫苑に行くまでまだ一週間ある。それまでに身につけられるかもしれない。
そうやって一人で勝手に安心し、その日は眠りについた。




