118、ラグナロク(4)
背徳の巫女本庭、【瑞森】。神界の西部エリーゼ。そこに背徳の巫女の本部がある。
中央に水の柱。噴水のように湧き出る水で作られた水の柱だ。周りに囲いがあり水が張ってある。その水面がコンソールだ。その前に座り、手のひらを水面に浸し、霊素によって操作する。霊素は天使が体の内に持つ生命エネルギーだ。水の柱が画面だ。オペレーターたちの慌ただしい声が本庭内に聞こえている。
「御ルジア結界、発動まであと七十二秒です!」
「御レーテを発動させろ! それで百秒は時間が稼げる!」
「何で!? どうして御ルジアが解放されたの!?」
御ルジア結界。
本庭に結界を張り、内部の人員ごとすべてを破壊する。自爆システムだ。発動と解除は太御のみが行えるはずだ。
後方で黙って様子を見ている天使がいる。
『御レーテ型防壁モード、展開。有害コードを百秒間、阻止します』
「御レーテが入った! 早く御ルジアを解除しろ!」
「私たちの霊素ではできないわ! せめて、太鈴が……」
全員が後ろを見る。
そこには背徳の巫女太鈴、ミコトの姿があった。
無表情で前方を見据えている。
数日前からミコトは人が変わってしまった。
ドアを蹴破り、壁に穴を開け、器物を壊し続けた。
准御たちにアクセル討伐の命も下した。
今、全てが破壊される様をただ黙って見ている。
御ルジアが起動すると本部の出入り口が全て封鎖される。御ルジアが起動したのは突然のことだった。外に逃げることもできない。解除するしかない。
「駄目だ、俺たちでは手に負えない」
「ミコト様……」
「ミコト様ッ!」
天使たちがミコトの元にひざまずく。
ミコトはただ黙って水の画面を見ている。
「お願いします!」
涙を流している天使もいる。このままでは全員死ぬ。
「っ!!」
「カナ!? お前、何を!」
そのとき、カナと呼ばれる天使が噴水の池に入った。そこで半回転する。
「カナ!! 馬鹿は止めろ!!」
堕天すれば、私の霊素でも――!
水面のコンソールから光が伸びる。しかし、御ルジアまでは届かない。
「カナ!! やめて!!」
「死ぬぞ!!」
『御ルジア結界、発動まで、あと十七秒』
駄目だ――。
終わりだ。
下を向いて俯くもの。あきらめて目を閉じるもの。涙を流すもの。
願いは届かなかった。
全員死ぬ。
カナも命を使い切ろうとしていた。
そのとき――。
バシャ
誰かが池に飛び込む音がした。
逆さまのカナを抱きかかえると池の外に放り投げた。
そして池の中でしゃがみ、水面に手を入れる。
「オオオオオオ!!」
水面に入れた手から光が伸びていく。
それが水の柱に差し掛かった。
『御ルジア結界、発動まで、あと九、八、七、六……』
オオオオオオオ――!!
水の柱を光が上っていく。
段々光が赤くなってきた。警告色だ。霊素の放出が命に係わるレベルだ。
『五、四、三、二……』
「アアアアア!!」
赤い光が頂点に達した。
画面が切り替わる。
シュウウウウ
水の柱から蒸気が上がる。何かの決定音が鳴り、水の中の光が色々な方向に複雑な回路を描いた。それぞれの出入り口の封鎖が解かれた証だ。
『御ルジア結界、解除されました。以後、通常モードに戻ります』
「やった!!」
全員がその場に座り込んだ。安堵の息を漏らす。
「太鈴!!」
池から這い上がってきたミコトに天使たちが駆け寄る。鼻血を垂らしている。
ミコトは倒れているカナのそばまで来ると腰を下ろした。
「全く、無茶をするな」
「ごめんなさあい」
泣き出すカナ。周りの天使たちも涙を零した。大事には至らなかったようだ。
威果凛を屈服させた。ミコトも正気を取り戻したようだ。
「みんな、すまなかったな」
「太鈴! アルバート様たちの生命反応が途絶えています!」
「そうか、俺のせいだな」
全てはアクセルを葬るための策だった。
神界を守るためだ。アクセルを誰かが止めなくてはならない。
穏やかさを取り戻した瑞森の中で、水の柱に黒い炎が灯っていた。アクセルの消息だ。
天使たちはただ黙ってそれを見上げていた。




