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117、ラグナロク(3)

 暗闇に発光するオーラ。ルインが拳を握る。威嚇ではなくこの旅初めてとなる全力での神器の解放だ。相手は同等かあるいは格上だ。全力を出さないと負ける。

 夜の荒野に風が吹き抜ける。相対するアルバートが同じように構える。隣ではツォンとルティンが攻撃を開始している。剣と斧の神器だ。空には月が浮かんで見える。


 アルバートが距離を詰め、踏み込んだ。それに合わせてルインが右腕を振る。


 ゴオ


 両腕を交差させて殴打を防いだ。


 ドン


 後ろに後退る。


「七秒でこれぐらいか。なるほど、溜めの時間は与えない方がいいな」


「……」


 ルインが再び右拳を握り、深く身を沈めた。


「集れ」


 地を蹴る。そのままアルバートを中心に置いて高速で行ったり来たりをする。衝突の瞬間に攻撃を当てる。


 ゴゴゴゴゴゴン


 高速のためガードは片側しか追いつかない。背後からの打撃を何発かもらう。


「雀蜂!」


 ゴン


 右腕を振り抜いてアルバートを殴り飛ばした。


 ドッ、ドン


 地面の上に倒れ込む。


 蜂撃は行って帰っての一往復による打撃の蜜蜂と何重にも往復する雀蜂。本来なら上下の雀蜂が強力だが天井のある屋内でしか使えない。それと力を込めて放つ蜂壊の三通りがある。月に雲が懸かって朧になった。


「準備をしておけ、クラウド」


「はい」


 顎鬚を生やした長身の男が少年の天使に向かって言う。


「いててて、よっこいしょっと」


 アルバートがゆっくりと起き上がる。


「いい機会だ。ここでガウェインに次いで誰が十二花、ナンバーツーかを決めようじゃないか」


 視線を目の前の相手に合わせる。辺りの空気が静まっていく。静かな殺気だ。ダメージはあまりないように見える。


「なあ、ルインよ」


 深く構えた。ルインも再び拳を握る。


「オラアア」


 ドゴオ


 ドゴウン


 殴打の応酬が始まった。

 一発、一発が重い。

 全力の殴り合いが続く。


 ドゴオ、ドゴオーーン


「くっ」


 溜めの間が作れない。純粋な腕力勝負だ。少しずつアルバートに押されていく。



 ブン、ブン


 一方、ツォンの斬撃をどうにか躱し続けているハルカの姿が少し離れた場所にあった。


「なかなかいい動きだ」


 ブン、グググ


 突然、剣が重りのように空中で動かなくなる。


「何だ?」


 ハルカのアイギスだ。


「時の一族か。お前」


 ツォンがエネルギーボルトを仕舞う。


「だったらこうするまでだ」


 ゴッ


 顔面に突き刺さる拳を振り抜いた。

 ハルカは殴り飛ばされ、後方に追いやられる。


「おっと、そこはアウトだ」


 飛ばされた先にルティンが待ち構えていた。


 ブンッ


 神の斧ダルクアート。

 武器を振った軌跡がしばらく残り、それを掴んで鎖鎌のように飛び道具にもできる。

 斧を振り下ろす。


 ガッ


 何とか両手で受け止める。

 ツォンが再び剣を具現化させ、近づいてくる。頭上ではルティンが斧を振り回している。

 ハルカは離れたところにいるはずのアクセルの方を見た。


「アクセル!!」


 リュゼとコノハが駆け寄っている。

 背中に斬撃を受け、倒れていた。


「コノハ!!」


 リュゼが泣きそうな声を出す。


「うん!」


 すぐに白湯を施す。


「神術か」


「全く手ごたえがなかったぞ。これが本当に大罪人なのか?」


 ツォンとルティンがアクセルの方を見て言う。


「とにかく一人は片付いた、あとはお前だ」


 二人がハルカににじり寄る。


「おっと、そっちには行かせないよ」


 ルインの前にアルバートが立ちふさがる。


「あきらめろ、ルイン。昔のよしみだ、お前は助けてやるよ」


 ここを凌いでも、まだジェイストとクラウドが控えている。

 勝てない――。


 二つの神器がハルカの頭上に振り下ろされる。

 アイギスで止められるのはどちらか片方だけだ。殺される。


「ハルカああっ!!」


 コノハが泣き叫ぶ。リュゼも目を閉じる。




 どうしてこうなんだ――。


 僕はどうしてこうなんだ。

 どうしてこんなに弱いんだ。


 アクセルの心の中だ。


 地面に伏してうずくまっている。


 ――知るためだ。


 声が聞こえた。


 知るため――?

 何を?


 声は地面の底から聞こえてくるようだった。


 ――寂しい、苦しい、悲しい。

 それを知るためだ。


 何のために――?


 ――それを知ったものだけがたどり着くことができるからだ。


 どこに――?


 ――神のいる場所。


 ドクン――。



 ゴオオオ


 突然、地鳴りが鳴り響いた。

 大気が震える。

 全員がその方を見る。


 オオオアア


 そこには黒い炎が上がっていた。

 真っ黒い炎だ。


「な、何だ、これ」


 おぞましい黒い炎だ。その中心に人影が立っている。


 何だ、この姿は――。

 まるで悪魔だ。


 それは沈んだように落ち着いた目をしていた。

 無表情だ。


 神格を獲得したようだ。


 人影が少しずつ宙に浮いていく。

 そして、そこで待っていたものを掴んだ。

 空中に浮かんでいた、同じく黒い槍だ。


 神槍ロンギヌス。


 主を待っていた。

 空中で切っ先をそこに向け、静かに構える。

 冷たく、沈んだ視線がその場所に向けられた。


「避けろォ!! アルバート!!」


 ルインが叫ぶ。しかし遅い。


 ドヒュン


 ボン


 槍の切っ先から真っ黒のレーザービームが放たれた。

 それはアルバートの体を貫き、背後の地面を破壊した。

 左腕が弾け飛ぶ。上半身の左側を抉られた。


 ドサ


 アルバートがその場で倒れる。刺客の一人を殺した。


「アルバート!! こッの野郎ォ!!」


 ツォンが叫ぶ。


「馬鹿な……」


「光のトロウ家」


 光の神の直系だ。

 ルティンとルインが空を呆然と見上げる。


「どこが神だよ。真っ黒じゃないか」


 ルティンの言葉の後にツォンが半回転した。


 六度――。


 ツォンの堕天が始まる。空中で逆さまに立ち、髪が地面を摺っている。

 天使の堕天を六度(69度)という。


「オオオオオ! 神殺し上等だよオラァ!!」


 六度大砲。

 エネルギーの奔流だ。剣の切っ先から巨大なエネルギー波が空に向かって放出された。


「……」


 アクセルは無言で槍の切っ先をそこに合わせた。ブラックレーザーだ。


 カッ


 エネルギーとエネルギーがぶつかり合う。

 衝撃と激しい風が吹き荒れる。

 ブラックレーザーは先ほどよりも太い。ツォンの六度大砲に合わせている。


 グググググ


「うおおおおおおおお!!」


 ツォンが勝っているように見えるがツォンは全力だ。それに対してアクセルは表情一つ変えない。


「ぐ、チクショオオオオオ!!」


 少し押し勝ったように見えたがエネルギーが空になった。

 エネルギー波が弱まったところに容赦なくアクセルのブラックレーザーが襲う。


「やめろォォォ! アクセル!!」


 ゴオ


 無情にもツォンの全身を焼き払った。

 焦げたツォンの体が地面に倒れる。


「ツォン……」


「……入ります」


 それを見て後ろに控えていた長身の男が呟く。


「ジェイスト」


 壺振りのように賽子を振る仕草をした。

 コロコロコロ……

 他の者にも見えるカーソルがそれぞれの頭上に点灯する。


 神の賽子ギャンブラー。

 カーソルが最後に残った対象を滅ぼすオートマチックの狂戦士となる。


 事情を知っている者は祈るようにそれを見守る。

 かつてこのギャンブラーで仲間を殺しかけている。

 カーソルはジェイストを除く残った七人の頭上を行き来する。

 そして、最後に点灯したのは――。


「やったか」


 ルティンが緊張から解かれたような声を出す。

 カーソルはアクセルの頭上で点灯していた。標的(ターゲット)はアクセルだ。青いカーソルが赤に変わる。


 グゥルルル


 ジェイストが低く唸る。


 ゴオ


 空中に跳ね、アクセルに掴みかかる。


 ドゴオ


 それを地面に叩きつける。

 そのまま降下し、地面に打ち付けられたアクセルに殴打を叩き込む。


 ゴゴゴゴゴゴ


 土煙が上がる。

 激しい打撃の嵐を降らす。


「七分の一を引いたんだ。頼む、やってくれ」


 ゴゴゴゴゴ、ドン


 ルティンの願いも空しく、それはすぐに鳴り止んだ。

 大地からまたあのレーザービームが天に伸びていた。

 ジェイストは殴りかかる姿勢のままそれを受け止めていた。


「ゴフッ」


 覆いかぶさるように殴打を叩き込んでいたジェイストを貫いた。


「くそ……」


 地面からアクセルがゆっくり起き上がる。

 ジェイストは胴を貫かれ、その場で倒れて死んだ。


「……」


 地面がいくつも破壊され、割れている。

 アクセルが空を仰いだ。

 それにつられて他の者も空を見る。


 そこには今までなかったはずのものが浮かび上がっていた。

 燃え盛る球体。

 エネルギーボルトによる炎の球体だ。他とは比べ物にならないほどのエネルギー量だ。


「任務を遂行する」


 一番後ろで事の成り行きを見ていたクラウドが静かに言った。


 神の弓ヲーラ。

 神界最強の神器。そしてそれによる最強の技、死力ジエンド。

 生み出される火力は命の炎だ。最後まで出し切ると自分も死ぬ。


 天に向かって矢を放つ。

 矢が炎の球体に到達するとボールが爆ぜた。


 ゴオオ


 アクセルの周囲だけが燃え上がる。


 ゴオオオオオ


 まるで地獄の業火だ。

 少年は炎が照り付けるその場所を静かに見据えている。


「クラウド! もういい、やめろ!!」


 まだ殺せない。

 爆心地のエネルギー反応は何も変わらない。


「クラウドォ!!」


 ゴオオオオオ


 火力が最高地点に到達したあたりで少年は前のめりに倒れた。髪が白くなっている。

 クラウドも死んだ。


「何てことだ。全滅だ」


「ルティン! 逃げろ!!」


 ルインが叫ぶ。


「に、逃げろって、どこに」


「くそっ」


 再び宙に上がったアクセルに向かって叫ぶ。


「アクセル! もうやめろ!!」


 次の標的はルティンだ。そのとき――。



「いやいや、不愉快」


 暗闇の中から人影が現れた。


「全くもって、不愉快だ。なあアクセル」


 片方の手に槍を持っている。シルヴィアだ。


「ユシフル様!!」


 七賢者の筆頭、天使長ユシフルだ。


「神を殺す得物はこいつらだけだよ。神を殺す槍を神が持つな」


 ゆっくりと歩いてくる。


「さあ、準備はいいか、シルヴィア。神の槍による殺し合いだ」


 アクセルは冷たい目でそれを見下ろしていた。

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