外伝、邂逅
北の大国、牙途。
その首都、網田市。
大市長とギルド本部長を兼ねた男がここにいる。
「うひょおおおおおお! つかさちゃあああああん!」
ゴッ
番組が始まると同時に机に突進し、つまづいて机の角に顔をぶつけた。
お昼の「ハッピーランド、北の国から」。
ラジオ番組の進行を務めるのは歌手の千根つかさ。まだ十九歳だ。
「今日も始まりました。一時間お付き合いください」
「うひょおおおお!」
ガチャ
ノックもなく執務部屋のドアが開く。
大市長の春馬健人はそれに気づかない。
ツカツカツカと部屋の中を歩いていき、机の上のラジオにへばりついている春馬の前まで来るとその頭を鷲掴みにした。
「この色ボケじじい! 仕事しろっ!」
眼鏡をかけたそばかすのまだ若い女の事務員が罵声を浴びせる。長い髪が揺れる。
「うひょお、うひょおおお!」
プチ
若い事務員、宮島葵がラジオのスイッチを切った。
「あ、てめえ何すんだこの」
「市長、本部に客です。白井の御曹司のようですよ。尾形が応対しています」
「御曹司? 飛鳥馬か? 何の用だ?」
「わかりません。今ターナー氏も含めて事情を聞いています」
「わかった、任せる」
「……」
「まだ何か用か?」
「いえ、何も」
一瞬、場が暗転したような気がした。それは気のせいではなく、この目の前の男、春馬が会話の途中でスキルを挟んだからだ。
灰論。ほとんどまばたきにも近いほどの僅かな間にそれを放ち、場を俯瞰した。息をするかのようなスキル発動だった。
単純に四か国で誰が最も強いかと聞かれた場合、この春馬の名を上げるものがおそらく一番多いだろう。
宮島は部屋を後にした。
雪の降る北国で、男は来客を迎えた。
「久しぶりだな、尾形」
「……ああ」
「やあ、飛鳥馬さんですね。話は聞いてます」
物腰の柔らかそうな男が尾形の後ろで答える。
「お前は?」
「ブライトン・ターナー。南の出身です。以後お見知りおきを」
物腰は柔らかいが場力を出している。それは飛鳥馬に向けられていた。
「……」
場力は飛鳥馬の方が上だ。しかし、押し返すことはしない。
「なるほど。話通りの人だ。どうか無礼をお許しください。今は尾形さんに代わりギルドの外交を預かっています。ご存知の通り東と西の同盟関係の煽りを我が国は受けていますから。慎重にならざるを得ないのです」
「そんなもの、一部の間だけだ。こうして私は北と友好関係を築いている。気にすることもないだろう」
「そう簡単にはいきません。今回はどのようなご用で」
「少し気になることがあってきた」
「では、私は席を外します」
「いや、君もいてくれ」
飛鳥馬は事情を説明し、ギルドの冒険者登録の帳簿を見せて欲しいと申し出た。それに対し、ブライトンは自由技能の所有者の名前と居住地だけの情報を手渡した。飛鳥馬はそれで十分だと礼を告げた。スキルを未登録の者もいるかもしれないがそれならかまわない。調べれば済むことだ。飛鳥馬は犯人は自由技能の持ち主だと目星をつけ、片っ端から調べていった。ギルドが所有する空き家を一軒借り受けてそこに陣取ってひたすら灰論で探し続けた。オレンジ色の光を見つけては場所を照らし合わせる。念の為、出向いていって名前を確認した。帳簿と合っていれば白だ。オレンジ色の光が灯ることなど滅多にない。白い光は溢れているがオレンジ色は稀だ。見逃さないように注意した。
相手が源力持ちなのはあの顔面から感じられた。顔面は遥か北の方角から湧き出てきた。おそらくギルドに登録している冒険者ではない。あとは自由技能を持っているかどうかだが、もう一つ気になることがあった。顔面はあえて自分を晒すように出しているように見えた。犯人はきっと何かを訴えようとしている。飛鳥馬はただ黙って灰論を唱え続けた。
いつまで続くか、覚悟を決めて望んでいたが、意外にもそれは早く訪れた。北東の方角。街の隅の方でオレンジ色の光が閃いた。リストにはない場所だ。すぐに向かった。
蓮真は悪魔の動向を探るとき、念の為自由技能で自身を強化していた。何が起こるかわからないからだ。この時点では作場庭二郎の札も尾形冬牙の札も持っていない。無印の札を使っていた。身体強化が僅かに乗るだけだ。誤って殺してしまった魔物の札は使えなかった。それを飛鳥馬は見逃さなかった。
たどり着いた場所はアパートの一室だった。郵便受けにチラシが詰まっている。一〇六号。飛鳥馬は呼び鈴を鳴らした。しかし、反応はない。ここまでの様子から内向的で排他的な人物像が浮かび上がる。飛鳥馬はしばらく考えた。
「ロックファミリーの最後というのはあんまりだと思わないか?」
突然脈絡のないことを部屋の中に向けて口にした。
さらに続ける。
「主人公はハッピーエンドだが、一人で去るロックこそ男として浪漫を感じるな」
ロストファンタジー。一部で大人気のゲームソフトだ。
「アリシアを永遠に想い続ける」
ガチャ、とドアから音がした。錠が外れた。
ドアが開き、中から長髪の男が姿を現した。
「よう。人生も長い長いゲームだ。これも一つのエンカウントってやつだ」
男は思慮深い目で飛鳥馬を見る。
飛鳥馬はただ男に笑顔を向けていた。




