110、一冊目
白井本国の病院内。
玄関から入ると受付で面会の手続きをした。
続柄には友人と書いた。
階段を上がって三階の入院病棟まで来るとその病室の前で立ち止まった。
三〇二号室、羽沢舞。
舞は肺を患っていた。
長くは生きられない。
医師からそう告げられた。
これから二人で生きていける。
そう思った矢先だった。
しかし、弟のスキルで病状は変わった。
治るかどうかは五分五分だと言われた。
「いい罪滅ぼしができたと思っているだろう」
「思ってるよ。兄さんにはお似合いの人だ」
すれ違うように病室から出てきた弟の寿郎に向かって言う。
「具合はどうだ」
ベッドの上で座っている舞を見て言った。
「今日は調子がいいみたい。寿くんが来てくれたから」
病室に自分が引きこもっていた頃に遊んでいた携帯ゲームを持ってきて渡した。
病院の中は退屈だろうと思った。
舞はありがとう、と言った。
何が好きなの? と聞かれた。
いくつかあるゲームの中から行郎の好きなものが知りたかったのだろう。行郎は「月のない物語」というゲームを教えた。ゲームのある場所であえて主人公を死なす。すると、ゲームの途中で死んだヒロインのいる場所へ行ける、というものだった。それが真のハッピーエンドというゲームだった。月のない夜空の下という世界だ。要するに天国だ。天国には太陽も月もない。
行郎は教えながら二人でゲームを進めた。
そのとき、見舞客が来た。
「真尼子」
「こんにちは」
飾真尼子。舞の友人だ。
自分で焼いたアップルパイを持ってきた。そしてもう一つ、一冊の小説を持ってきた。
「なあに、それ」
「壱下さんの二作目よ。完成したばかり」
「風に吹かれて」だ。
一作目は「白く呼ぶ声」だ。病室の棚の上にもある。書店では売られておらず、一部の人々にだけ手渡された小説だ。真尼子が行郎と舞から話を聞き、それを壱下に伝えて執筆させた小説だ。ありがとう、これだけあれば退屈しなくて済む、と舞は言った。
真尼子は古い主と十五年振りに出会えたという。吾妻慶一のことだ。長い戦いが終わったと告げ、二人にその話をした。
やがて飯を食いに行っていた寿郎も戻ってきて病室は賑やかになった。
「兄さん、四つ星おめでとう。白井ではただ一人だ」
「……」
「四つ星?」
舞が尋ねる。
「ギルドの職位だ。俺なんて一つ星だよ」
「そうなんだ」
夜になって舞は風呂に入ると言って出ていった。真尼子が付き添った。
部屋で行郎と寿郎の二人きりになる。
「兄さん。盗賊狩りの称号を取ったそうだな」
「……」
「何を考えている」
「何も考えちゃいないよ」
「今は大事な時期だ。早まったことはやめてくれよ」
「わかっているよ」
そう言うと行郎は部屋を後にした。
舞たちが戻ってくる。
「行郎は帰ったの?」
「今、帰ったところだよ」
「そう」
「……」
寿郎は一枚の紙を出して舞と真尼子に見せた。
冒険者の登録データだ。
行郎の名前の下に称号が記されている。
盗賊狩り、取得日1996.1.17。
「これは?」
「兄さんのデータだ」
その下には数多くのスキルが登録されている。
自由技能の名前もある。
「ギルドの今回の新しい施策に新提案を提出したのが兄さんだ。賛成多数で採択された。職位に星を使うという制度だ」
「それがどうかしたの?」
「知らないか。盗賊狩りというのは殺しができる称号なんだ。四つ星になると称号を一つ取れる。どんなに人を殺しても罪に問われないという称号だ。兄さんは殺しをやる気だ」
「一体、誰を?」
寿郎は本を指さした。
「白く呼ぶ声」。
壱下軽馬が最初に執筆する上で引っ掛かったのが精神病のくだりだ。そこに違和感を感じた。
誰とも会話をせず、絵とゲームに没頭した。たばこと酒をひたすら飲んで体を壊すように。それの精神的なバージョンだ。まるで何かを知っているみたいだ。目的を持って精神病になっている。
全てはある一つのことを成し遂げるためだった。
周りも自分の精神をも欺く、その男を殺すためだけの、全てはswindleだ。




