11、紫の鳥カゴ
朝、起きると窓の外に春の陽光が差していた。穏やかな天気だ。
外に出ると風が春の香りを含んでいた。長屋の周りを子供たちが駆け回っている。俺はその足でギルドに向かった。
ドアを開けて中へ入ると受付のお姉さん、佐藤小豆が俺を確かめた後、目線を上に向けた。二階に上がれということらしい。
二階の休憩室に来ると砂川が難しい顔で黙想していた。腕を組み、目を閉じて唸っている。俺が来たのを確認すると唸ったまま眉間にしわを寄せて天井を見上げた。
何があったのだろう。しかしその原因はすぐにわかった。卓の上に赤い冊子が置いてあったからだ。拾ってパラパラとめくってみた。
「ギルド第二支部、関係者各位。
以下に赤指定項目を通達する。
日々の研鑽と鍛錬を惜しむことなく達成されることを切に願う。
白井ギルド本部長」
・指定対象「スタースコーピオ」、捕獲D、クライ砂丘地帯
期限は一週間後となっていた。
「何ですか、これ。スタースコーピオ?」
俺が尋ねると砂川は目を閉じたまま口を開いた。
「魔物の捕獲だ。聞いたこともない魔物のな」
「どうするんですか、これ」
「前回も未達成だ。今回もだ。しかし今回のはたちが悪い」
おそらく魔物は第三支部がすでに抑えているのだろう。ここ数日どんなに探しても見つからなかったらしい。
「直接行くしかないな」
砂川はそう言うと重い腰を上げた。
「俺も行きます」
不安がよぎった俺はそう言った。砂川は「社会勉強になるからいいだろう」と言って承諾した。
その日のうちに俺と砂川は町の東側出口から本国を目指した。ギルドでは交渉のための出張ということで仕事になるとのことだった。
半日歩いて夕方になった頃、本国に入り西の紫苑街区に到着した。砂川は冒険者だけあってか歩き姿が普通とは少し異なる。見ているだけでも足運びが美しく心地がいい。そして早い。並んで歩くのは初めてだったがついていくのがやっとだった。しかし、その歩き方はそばにいるだけで意欲が湧いてくる。こうやって冒険者同士は相乗効果をもって仕事に当たるのだろう。現場で働く男は仕事に没頭すると澄み切った連帯感を感じるが、冒険者は一緒に歩くだけでそれを感じる。
やがて三階建ての第三支部が見えてきた。早速玄関から中に入っていく。受付で支部長への面会を申し出た。道楽から来たことを伝えると受付の事務員が内線で支部長室に繋げる。今なら会うことが可能だという。支部長室に案内された。漢数字の五の部屋だ。ノックをすると「中に入れ」と声がした。
「遥々道楽からご苦労だったな。それで、何の用だ」
支部長の五藤露九戊が奥の机の向こうに座っている。
「これについて聞きたいことがある」
そう言うと砂川は赤短をポケットから取り出して見せた。
「各支部への赤短は本部で厳重に管理されている。内容を参照することはできないはずだ」
「参照してはいない。魔物の被害を本部へ報告しただけだ」
「……」
どうやら赤短の管理部門と裏で繋がりがあるようだ。
「そしてお前たちが遅いから我々が先に捕獲しただけのこと」
「望みは一体何だ。うちのギルドにあんたを満足させるものはない」
「それは俺が決めることだよ。お前は道楽の夜番か?」
「……」
「いや、ちょっと待て」
露九戊が何かに気づいた。
「後ろのお前。まだ若いな。名は何という」
「は? 俺?」
急に呼ばれて戸惑っていると砂川が答えた。
「相葉冬介。見習いだ。この件には関係ない」
「ほう、源力持ちだな。我がギルドへ籍を移せば、第二支部の独立を認めてやろう」
「……断る。こいつはただの見習いだ。第二支部でも登録をしていない」
「取引をするなら相応のものを用意してもらわんといかんな。見習いが相応しくないならお前が来るか?」
「……いいだろう。その代わりうちの赤短には今後一切関わらんでもらいたい」
「砂川さん……!」
果歩はどうするんだ。
「よし、決まりだな。部屋を用意してやろう。芽留、四番を空けておけ」
誰かに向かってそう言った後、露九戊は席を立って隣の部屋へ砂川を案内した。
「砂川さん……」
「すまん、冬介。果歩をしばらく頼む」
そう言って四の部屋へ入っていく砂川の背中だけが見えた。
砂川が引き抜かれてしまった。俺だけ残ったって仕方ないのに。
携帯端末でギルドに連絡すると小豆が出てとりあえず相葉さんだけでも帰還して下さいと言われた。
砂川は俺を庇って囚われてしまった。途方に暮れたまま家路についた。このままでは良くないよな。道楽に着いたのは夜中だった。ギルドに立ち寄ると裏の通用口から中に入り、休憩室に行くと小豆と斉藤政次が待っていてくれた。とりあえず砂川とは携帯端末で連絡が取れる。それで様子を見ることになった。紫苑のギルドでは正体不明の過酷な任務が待っているはずだ。もし何かあったら果歩に申し訳がない。俺は祈るような気持ちでその日は家に帰った。翌日、病棟に昨日あったことを伝えるため果歩に会いにいった。果歩は酷いショックを受け涙を浮かべていた。やっぱりこのままではいけない。
俺は一人、紫苑街区へと向かっていた。あの後、携帯端末で砂川にかけても応答はなかった。代わりに小豆から、赤短が任務達成の印が付いたと連絡が来た。露九戊の仕業だろう。このまま何かあってからでは遅い。ほとんど寝ずに俺は紫苑街区を目指していた。




