102、森羅の暴君
その日も食堂に三人で集まっていた。昼前だ。相変わらず三人で安い茶を飲んでいる。あれから場力の張り合いも殴り合いもしていない。戦いを前に慌てることなく、むしろ毎日の穏やかさを噛みしめるような生活をしている。猿田は何を考えているのだろう。
「街降祭は国元に帰れよ」
こちらの方は見ずに遠くを見て言った。猿田のこの仕草は人を思いやるときのものだ。
「いいんですか?」
「たまには帰った方がいい」
フリル・バンビの生誕祭がもうすぐやってくる。十二月の中旬頃だった。
「お二人の実家は」
「俺は水里町だ。家には誰もいない」
「森羅に育ててくれた司祭がいる」
ノエルも孤児のようだ。森羅で生まれ育った。
「俺もここで過ごしますよ」
俺はそう答えた。
「まあ、お前の好きにしたらいいよ」
砂川と果歩にはいつでも会える。戦い前の束の間の休息だ。こっちの方が大事な気がした。
外は曇り空だった。食堂はストーブを真ん中で焚いているから暖かい。それでも周りはみんな厚着をしている。猿田もノエルも長袖シャツ一枚だった。
突然、携帯の音が鳴る。猿田の携帯のようだ。露九戊からだ。
“至急、ギルドに来い”
それは当然俺たち二人のことも含まれている。部屋に戻り、着替えてギルドに向かった。
三階の露九戊の部屋に三人で集まる。既に制服を着た芽留が中で待っていた。露九戊は机の向こうで珍しく立っていた。
「集まったな。先ほど、本部より連絡があった」
窓の外を見ながら話し始める。表情が険しい。何があったのだろう。その後こちらを向いてその内容を伝えてきた。
「森羅が我が国に対して宣戦布告をした。本日より南側国境にて侵攻が開始されている」
戦争が勃発した。突然のことだった。
「国境には現在、一軍と丙が向かっている。お前たちも後に続くのだ」
冒険者には未開地開拓用の人員と魔物との戦いを得意とする対魔戦力、それに人間相手の対人部隊が分かれている。それぞれを甲、乙、丙という。丙は全員が「賊狩り」の称号持ちだ。丙は本来、魔軍と呼ばれる異国の賊や犯罪者の相手をするためのものだ。戦争は初めてのことだろう。
「参ったな。悪魔どころではなくなったな」
ギルドを出て南門へ向かいながら猿田が言う。
「もしかして春に予想される有事というのはこの戦争のことじゃないのか?」
ノエルが言う。
確かにそうかもしれない。悪魔というのは戦争を象徴していたのかもしれない。
「だったら悩むことはない。戦争を終わらせれば解決だ」
白井の南端は紫苑市水里町だ。初めて来た。青葉と違い、国境には塀がある。国境付近の家も貧しいものが暮らす家ではない。ここは西部とは違い、南国森羅との交易が盛んな町だ。急に戦争になったため、検問所が閉ざされている。俺たちはIDカードを提示して外に出た。南国の商人と思われるもの数名が検問所で衛兵と揉めていた。
南側の門から出ると小さな丘を上ったり下りたりという道が続いた。外地ではないのでその所々には集落があった。春には辺り一面を新緑と花々が咲き誇る緑一色で染まる大地が想像できた。今は茶色い冬の枯れ野だった。
しばらく歩いていくと指示された場所の付近に一軍たちのいる哨戒陣を見つけた。
中には見知った顔と数人の丙と思われる武装した男たちがいた。鉄パイプのような金属の棒を担いでいたり、拳にメリケンサックを嵌めている。閉鎖陣形で弾かれてしまうことにはなるが、拳の損傷を防ぐことができる。おそらくそのためだろう。威力を高めるためではない。紫電も普通に通る。
「お、久しぶり」
筧寿郎がいた。久しぶりに会った。元気そうだ。
「状況はどうなっている」
猿田が尋ねた。
「現在、この先の国境手前の廃ビルに向けて敵は侵攻中だ。空丸が単身で迎え撃つ。連絡があれば援護する」
由瑞が答える。
「隊長、オレンジ色の光を確認しました。若が戦闘状態に入ったようです」
「了解。援護には俺と寿郎が行く。お前たちもここで待機だ」
若とは空丸のことのようだ。俺たちは待機らしい。
「何でまた森羅は戦争なんて起こしたんだ」
「向こうの王様の采配らしいな。賢王と評判の穏やかな王だと聞いていたが」
「オレンジ色、二つ点灯。交戦中のようです」
全員が息を飲む。やはり敵も自由技能持ちだ。森羅の主力部隊は冒険者ではなく、バンビ教のテンプルナイツだ。源力持ちも抱えているようだ。楽はさせてくれそうにない。
しばらくして二つのオレンジ色は消えたと報告された。同時に白い光がその近くで灯った。回復スキルではない。おそらくこちらと同じ灰論で警戒態勢に入ったのだろう。
オレンジ色が消えて、電話に出ないとき、救援に向かう手筈になっている。電話をすると空丸が出た。どうやら負傷したらしい。戦闘は終わったとのことだった。全員が安堵した。
陣に帰還した空丸に寿郎が回復スキルを施した。肩を軽くやられていた。どうやら向こうの隊長が源力の使い手で、ビルは占拠されたようだ。
初戦は様子見のような形で終わった。空が薄暗くなり、陣では火が焚かれた。




