99、侘び
夜の大通りは壮観だ。
車も人も歩いていない。
しんとした黒い道がどこまでも伸びている。
所々に街灯があり、真下を照らしている。いくつかの街灯が、俺の影をそれぞれの方向に伸ばしている。
立ち止まって辺りを見渡してみた。
街並みから闇空に向かってぼやーっと黒い靄が湧き上がっているのが見えるような気がした。それは何かの生き物が、天に向かって主を離れていくように見えた。
このときは、俺の錯覚かと思ったが、後になってこれには裏が取れることになる。
恐怖にも似たような感情が湧いてくる。早く通り過ぎよう。
そこで俺は気づいた。
何で俺は夜の大通りを歩いているのだ?
確か猿田とノエルと食堂で食事をしていた。そこでギルドから公示が出たという話になったのだ。それで俺が代わりに取りに行く。そうなったのだった。思い出した。現実離れした光景に見とれて忘れてしまった。
夜のギルドに到着した。受付に少しだけ明かりが灯っていて、そこに事務員が一人だけいる。隣を見るとロビーに数人の冒険者と思われる男女がいて薄暗闇で何か話をしていた。真ん中にいる男だけが黒いシャツ一枚だけで薄着だ。あとは厚着をしている。俺も紺のズボンに水色のシャツ一枚だ。男と目が合った。まだ若い男だ。
俺は受付で新しく発布された公示のことを聞くと一枚の紙を渡された。何て書いてあるのかよく読めない。食堂に行って猿田たちと一緒に見よう。俺は食堂に戻ることにした。
大通りは相変わらずだ。黒い靄を意識すると子どもの頃を思い出す。実体の定まらない恐怖に怯えて夜歩くのが怖かったり、便所に行くのが怖かったりした。
冬の夜道は寒くて人も歩いていない。見方によっては幻想的な風景にも見える。街灯が等間隔に黒い道を照らしている。雪が降ってきそうだ。月は見えない。
こういう夜には街灯の下にどこからかやって来た妖精が地名の書かれた札を持っていて、そこまで連れていってやるとお礼がもらえる。俺はギルド宿舎と書かれた札を掲げる妖精を探す。偶然見つけられればその妖精を肩に担いで宿舎まで運ぶとお礼に金貨を一枚くれる。寂しくもないし怖くもない。そんな幻想を思い浮かべながら歩いていた。もちろん街灯の下には橙色のぼんやりとした明かりがあるだけで何もない。
食堂まで戻ってくると、明かりの元で猿田たちと公示を確認した。それによると。
「自由技能の報酬改定」
内容は次の通りだ。
自由技能の報奨金が大幅に下げられ、代わりにギルドで階級制度が新しく見直された。今までは上級、中級、下級の三つだったが、今度から肩書きに星が付くようになった。星は一個から十個だ。自由技能の登録でその内容により、星が一個あるいは二個付くらしい。
これにより自由技能はギルドでの地位は確保されるが、金銭面では全く役に立たなくなった。自由技能が一般に浸透し過ぎたせいだ。金目当てで危険を犯すことを防ぐためだろう。定型技能は今まで通りの報酬でどんなに覚えても星は付かないという。
新しい制度は来年から施行されるらしい。星より金の方が欲しければ今のうちにということだろう。
来年からは初級と中級は星一つの扱いとなり上級だけが星二つになる。星が四つになればユニーク称号ではなく既存のノーマル称号の中から一つ選んで獲得できるらしい。ユニーク称号とはその冒険者のために与えられた、その個人だけが持つ称号だ。
「なるほど。俺には関係ないな」
俺も関係ない。猿田と同じく自由技能を登録するつもりはないからだ。
猿田は食堂で自由に飲める安っぽい茶を飲んでいた。
「生活の質を落とし、より豊かになる」
「何ですって?」
「いいもの、美味いものというのはそれに慣れてしまうと大変だ。上を見ればきりがない。逆に落とすことが大事だ。質素で安いものに奥深さや楽しさ、味わいの深さを感じとれるようになれば立派な冒険者だ。安いもので満たされた方が得だろう。万が一、高級品にありついたときも大きな差を感じることができる」
「味わうというのはあまり意識したことありませんでした」
「そうか、じゃあ今日から始めろ。美味い茶だ」
俺も湯呑みを借りて茶を汲んできた。ノエルも真似をした。三人で安い茶で座卓を囲んだ。
「早く悪夢が去ってくれるといいですね」
「何が来るかわからないから怖いな」
俺もあれからスキルは働かない。未来が変わって悪魔は襲ってこないということを心で願っている。その可能性も十分あるはずだ。露九戊に未来を告げた老婆はもういないし、俺も夢を見ないのだから。
春が過ぎれば穏やかな暮らしに戻り、猿田も酒が飲める。それを願った。




