98、冬の落日
「約束の大地」、四巻までを読み終えた。
ヨルコが最後に辿り着いた丘は一時待機所だろう。全員が転生せずにそこでヨルコを待っていた。俺の理屈に沿えばそういうことだ。一時待機所で暮らすことも可能なのだろう。全員死んでハッピーエンドにするという盆土外郎の手腕に感心していた。
盆土外郎の小説はその描かれる世界に浸ると何とも言えない趣や心地よさを感じさせる。世界をつくるという、ファンタジー小説の高みだ。
登場人物たちの声が聞こえてくるようだ。
「命は少し、疲れました」
「ヨルコ、ずっとここにいてよ」
「チヨ、新しい命に行きたいか」
「ううん、ここがいい」
「俺たちはどこにいようと精進あるのみだ。剣を取れ、レオン」
日が暮れて今日も裏手の方の食料品店に買い物に来た。店内の雰囲気がよかったからだ。薄暗いが清潔感がある。品物の並べ方も綺麗だ。そして所々に極端に安い品物がある。特売品だろうか。宝探しをしている気分になる。今日はスタンプ二倍の日らしく、薄暗い店内にはたくさんの人が来ていた。穏やかに、つつましく暮らしているとささやかなことでも大きく感じるのだ。レジにはこの前と同じく小林が立っていた。「こんちは」と言いながら笑っている。屈託のない笑い顔だ。俺も冒険者になっていなければ彼のように細々と働いて暮らしていたのだろうか。そう思うと親密な感情が湧いてきた。多分今からでもそういう生活に戻ることは可能だろう。働き口を見つけて細々と生きる。その頃にはきっと果歩も大人だ。猿田もノエルも止めはしないだろう。むしろ心の底では喜ぶだろう。しかしその選択はできない。俺は宿舎に戻ると食堂に行った。
相変わらず、二人がいる。この二人がいるとこの空間はとても落ち着く。
「蕎麦ですか」
「ああ、蕎麦だ」
「酒も飲まないのですね」
「大きい仕事の前は飲まない」
大きい仕事とは多分俺が見た悪夢のことだろう。
猿田が言葉を続ける。
「時期は春とのことだが、誤差でそろそろ来るかもしれない」
「酒やめたら辛くないですか」
「仕事が終わったら飲むよ」
ノエルも今は甘いものを持ち歩いていないようだ。
「男とは忍ぶものだ」
猿田が言う。
この二人を残して自分だけ穏やかな暮らしに戻るわけにはいかない。
季節は冬だ。春までもう少し。
それが過ぎればまた三人で穏やかに暮らせるだろう。




