97、グランベル戦記(15)
城の大広間に数人の男たちがいる。六番隊だ。表情が引き締まっている。面構えは正規兵と見分けがつかない。しかし、罪人たちだ。
そのうちの一人が一歩前に出る。
アクセルたちを一人で迎え打つようだ。
「何だ、いっぺんにきてもいいんだけどな」
ルインがそう言いながら様子を見ているとハルカが前に出た。
ロングソードを振りかぶり、切り込んでくる。
振り下ろされる刃はハルカの手前でゆっくりになり、やがて剣が止まる。
「!?」
剣を手放すと、ゴトンと地面に落ちた。何が起きたのかわからない。男は剣を捨て、そのまま殴りかかってきた。ハルカが綺麗にいなす。
男の空振りが続く。敵わないことを理解したようで控えている男たちもロングソードを手にして前に出る。
「どれ、俺もやるか」
それを見てルインも一歩前に出た。右足を引いて身を沈める。
「集れ――」
拳を握り、力を込める。
「ミツバチ!」
ゴ、ゴン
羅閃にも劣らない速度の往復の体当たり、行って帰っての二撃で男二人を弾き飛ばした。
跳躍地点に戻ってくると、両拳をクロスさせ、右足で床を踏み鳴らし、同時に右拳を下に向けて力を解放させた。
「蜂壊」
ドゴオン
オードブルの一撃だ。埃が舞い、床が破壊されて地肌が見える。
「な、何だ」
それを見て構えていた手を全員が下げる。
化け物だ、敵わない――。
「こっちは殺さないように丁寧なさじ加減だ。そっちの手の内は何だ?」
全員が剣を捨てて両手を挙げた。降参だ。
「あ、あんたら、何者だ」
「大したものじゃない。ロイってのはどこだ?」
「バルコニーだ」
そう言って男が指をさす。
「この先だ。僕たちも急ごう」
「そうだな」
六番隊たちに見送られながら広間を抜け、玉座の間に来ると男が一人、うつ伏せで倒れていた。
「あれが何とかってやつか」
「六番隊の隊長だね」
辺りには血の跡が点々と残っている。
そのまま脇を通り、三人は階段を上がる。
バルコニーに出ると日の光が差していた。
冬の終わりだ。微かに春の匂いがした。
南には城下が一望できる。
「あそこだ」
アクセルの向いた方に破壊された水槽が見えた。その少し離れた場所で人が二人倒れていた。
向かい合って寄り添うように死んでいる。
ヨルコとロイだ。
「くそ、間に合わなかった」
「ヨルコさん……」
その場に座り、二人に触ると冷たくなっていた。表情はとても安らかだ。
やっと会えたんだ。同じ場所で死ぬことができた。
こうしてグランベルの内乱は終わりを告げた。
体の弱ったルカーサは宰相を辞して病院に担ぎ込まれた。
皇帝は間もなく死んだ。
オウロラは意識を取り戻すと軍を再編成して臨時の軍団長についた。皇帝には王家の血を引く遠縁の子息が探し出されてなった。神が残したといわれる呪いは受け継いでいなかった。長らく不在だった念願の健康体の皇帝だ。オウロラはただ黙って彼を支えた。
「頭がいてい。あの女」
「旦那。俺たちはどうなるんですかね。牢屋行きですか」
「何を言っている。六番隊は立派な一部隊だ。旦那ではなく隊長と呼べ」
「隊長……」
威果凛のあったバルコニーに縁台を持ち込んでそこから城下を眺めていた。
「俺たちの王は隊長です」
「……」
大切なもの――。
ヨルコの残した言葉だ。
罪人は全てが悪意で生まれるわけじゃない。こいつらにもいつか大切なものができる。
威果凛の痕跡はあとかたも残っていなかった。あの記憶は何だったのだろう。
ここは全ての終わりと始まりの場所――。
暗い暗いトンネルのようだった。何かをさかのぼっているのだろうか。
周囲の暗がりに絵がときどき浮かぶ。これまで見てきた景色のようだった。私は死ぬのだろうか。やがてトンネルを抜け、真っ白い空間に出た。どうやらそこは丘の上のようだった。美しい景色が一望できる。集落もあり、煙が上がっている。ここはどこだろう。天国だろうか。空は真っ白だ。太陽も雲もない。だけど明るい。ときどき空を何かが横切っていく。荷物を引いている動物のようだ。上を見ていると空から何かが落ちてきた。白い花だった。それを拾い上げる。本物の花だ。空を横切る何かが花だったり菓子だったり服だったりを落としているみたいだ。花の匂いを嗅ぐ。いい匂いがする。私は死んだ。下を向いた。しかし、大切な記憶はある。それは――。
「ヨルコ」
不意に名前を呼ばれた。振り向くと。
そこには――。
「おかえりなさい」
ロイがいた。
「ロイ様……」
ロイが笑っている。その後ろには。
「おかえり。ヨルコさん」
皇帝と――。
「姐さん……」
「戦乙女」のイリーナが泣いている。
「ヨルコさん、お久しゅうございます」
グランベルの「大盾」、バルドス。
そして、ディランとレオン。
「お待ちしておりましたよ」
「ヨルコ様」
クライスとアキもいる。
そして――。
「ヨルコさん、おかえりなさい」
「おかえりなさい!」
フォルードとチヨ。
丘の上に死んだ者たちが集まっていた。
どういうことだろう。
やはり、ここは天国なのか。
ヨルコの帰りを待っていた。
――みんな。
「……う、うっ。ごめんなさい。ごめんなさい……」
涙をこぼし始めた。
みんながそれを笑って見守っている。
ごめんなさい。
何も守れなかった。
誰も守れなかった。
私は、駄目な人間なんだ。
「駄目じゃないよ」
ロイが笑う。
「ありがとう、ヨルコ」
全員の言葉だ。
私たちのために、ありがとう――。
丘の上をそよ風が吹き抜けた。長い髪が風に揺れる。
こうしてグランベルでの戦いは幕を下ろしたのだった。




