93、グランベル戦記(11)
レオンは死んだ。
夕闇が東の空から段々と這い上がってきている。
手負いの状態でディランはそれを確認した。
包帯を腹に巻いたが血がなかなか止まらない。
「ディラン様、横になって下さい」
「ああ」
レナはレオンの亡骸に縋り泣いている。
傷を癒すため借りている民家に入ろうとした、そのとき。
「待て」
後ろで一人の男が呼び止めた。
無精髭を生やした中年の男だが、風体は若々しい。戦闘服を着て黒檀を手にしている。
「フォルード……。何の用だ」
グランベルの五番隊隊長だ。
「何の用だはないだろう。主命に従い反乱軍を討伐する」
「……」
「フォルード! 貴様ルカーサにつく気か!」
クリスが黒檀を構える。
「俺は軍人だ。誰が主だろうと従うだけだ」
右手の拳をこちらに向け、黒檀を目の前で水平に持ち上げた。
「さあ、構えろ。ディラン」
ディランが振り返り、一歩前に出る。
「ディラン様。ここは私が!」
「いや、お前は下がっていろ」
「しかし、手負いの体では!」
「問題ない」
力むと血が滲む。早々に決着をつける必要がある。
辺りは薄暗くなってきた。
「いくぞ」
黒檀を構えた。
開幕はディランの羅閃だった。振り下ろしを黒檀で受け止める。力は互角だ。しかしフォルードの黒檀だけが僅かに欠けた。神技の二つ名を持つディランは五隊で唯一、黒檀で斬撃が放てる。二人は再び間合いを取った。
血が滲む。痛みと出血で朦朧としてきた。全力の羅閃が放てるのはおそらく次が最後だろう。八相の構えから突きの体勢を取った。そしてその構えを右からゆっくりと下、それから左に動かした。突きの羅閃だ。防御は不可能のはずだ。両者が身を沈め、場が静から動に転じる。
ガキン
ディランの突きをもろに受けてフォルードは後方に吹き飛んだ。家屋の壁にぶつかり、止まった。手応えがおかしい。貫通しない。
よく見るとフォルードは戦闘着の下に鎖を巻いていた。
「やはり最後は突きできたか」
「く、なら今一度!」
そのとき。ディランは膝が折れ、その場に崩れるように倒れた。
意識が――。
そこに被せるようにフォルードの黒檀が襲いかかる。
「ディラン様!」
クリスの叫びも虚しく黒檀はディランの頭蓋に命中した。ディランは額から血を流し、倒れた。上からフォルードがそれを見下ろす。
「最後にいいことを教えてやろう。ヨルコが戻ってきたぞ」
「……」
遠くなっていた意識の中で確かにそれを聞いた。
「一番隊のバルドスは城門前の街道でイリーナに破れ、イリーナはオウロラに殺された。オウロラを倒せるのはもはやヨルコだけだろう」
ディランは黙って聞いていた。ヨルコは戻ってきた。それだけ聞ければ十分だった。
「しっかり弔ってやれ」
クリスとレナにそう告げるとフォルードはその場を去った。
ヨルコが戻ってきた。
ヨルコがやってきてから軍は活気づいた。戦乱とは無縁になったが、軍の士気は高く、誰もが競い合って技を磨いた。ヨルコの指南する戦術は誰が聞いても目から鱗だった。技は心。そう言って心構えから教えられた。大事な誰かを思う。そのとき力がみなぎる。よく聞くありそうな話だったが、誰も実践したことはなかった。実際に行うとその通りになった。通常では信じ難い動きもできる。それが羅閃だ。多くの兵にとってヨルコは羅気の象徴になった。
ディランは羅気を放たない。素の状態で羅閃が放てる。ヨルコとは剣技において互角だった。模擬戦では五分五分だった。少し遅れて張り合えるのがレオンだった。自分が全力を出せる唯一の相手だ。上官でもあり、剣術の友だった。親しみと面白みを込めて呼ぶ。「ヨルコ様」。国の未来や王家にはあまり興味がない。ただ、あの頃の軍人生活が楽しかった。
「……たのしかったですよ」
そう言うと、ディランの目からはゆっくりと光が消えていった。




