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第1話 焦がれた日常 5

 夕方、食事会の時間になった。


 村尾さんに連れられて小船井さんの部屋を尋ねる。


 もうどうにでもしてくれという感じ。




 一階の一〇一号室が小船井さんの部屋らしい。


 目当ての店は近くということで移動は徒歩だ。


 小船井さんと村尾さんが楽しげに会話してる後ろを黙々と歩く。


 三人横に並ぶと邪魔だからね。




 こういう時何を話せばいいのかは困ってしまう。


 まあ二人で盛り上がっているなら無理して喋らなくてもいいか。


 会話なんて好きでやっている人たちに任せておこう。


 話の矛先がこちらに向かってこないように念じながら、二人の話に耳を傾けていた。




 さほど長く歩きはしなかった。


 着いた先は個人経営の大衆食堂のような店で、席に着くとすぐにメニューを持ってきてくれた。


 村尾さんが言う。




「ここはハンバーグがおいしいらしいよ」




 リサーチも万全らしい。


 店選びから何から任せてしまったことを少し申し訳なく思いつつ、せっかくなのでハンバーグを頼むことにする。


 結局全員がハンバーグを頼むことになった。


 料理が運ばれてきてナイフで切り分けていると、小船井さんが「あっ」と声を上げた。


 どうしたのかと思っていると、




「すみません。写真をとってもいいですか?」


「どうぞ」




 私が答えると、小船井さんはスマホを取り出して撮影を始めた。


 写真なんてとっても意味ないと思うのだけど。


 SNSにでも載せたりするのだろうか。


 あまりなじみのない文化なので不思議に思う。




「すみません。


 お待たせしてしまって」




 改めて食事が始まった。


 村尾さんと小船井さんは相変わらず話が弾んでいる。


 私にもたまには話が振られるけど当たり障りのないことしか返さないのですぐに話が途切れてしまう。




 実際何を話せばいいんだ?


 私の中には人前に出せるようなものは何もないぞ。


 そんな私の微妙な反応にもかかわらず、二人は楽しそうに見えた。




 やがて食後のデザートが出てきたところで、小船井さんが口を開いた。




「あの、文さんって普段どんなことをしてるの?」


「読書とかですかね小説をよく読んでいます」


「えっ。小説を読むの。


 ちょっと意外かも。


 もっと硬い本を読んでると思ってた」




 どんなイメージなんだろう。


 いや硬い本だって読まないわけではないけれど。




「どういう小説を読むの?」


「なんでも読みます。推理小説とかが多いでしょうか」




 実際に本当になんでも読むし、別に小説にも限らない。


 昔漫画やライトノベルなんかも読むと言ったらたいそう馬鹿にされて以来、無難に答えるようにしているのだ。


 小船井さんは何やら感心した様子で言った。




「推理小説……。私なんか全然本を読めないからすごいと思う」


「ただの趣味なんで全然すごいとかはないですよ」


「いや、やっぱりすごい」




 小船井さんは眼を輝かせている。こんなにまっすぐほめられるとは思わなかった。


 正直本を読むのはただ好きでやっていることなので。


 困惑してしまう。


 小船井さんはうれしそうに訊いてくる。




「良ければ今度おすすめを教えてよ」


「いいですよ」




 とは言ったものの全然本を読めないというのであれば、おすすめしても楽しんでもらうのは難しいのではないだろうか。


 それとも他人にすすめられた本なら読む気になるというものなのだろうか。


 正直よくわからない感覚だ。




 それからまた村尾さんと小船井さんの間で会話が盛り上がっていた。


 特に話すことも思いつかなかったので、しばらく二人の会話を眺めていた。


 柄にもなくたまにはこういうのもいいか、などとうっかり思ってしまった。


 あとから思えばそれが気のゆるみだったのかもしれない。




 帰り道、小船井さんが話しかけてくる。




「文さんって、結構優しい人だね」


「そうでしょうか?」




 正直、優しいとかいわれても私にとっては誉め言葉とは感じられない。


 私は血も涙もないロボットのようになりたかった。


 感情のコントロールの乱れを指摘されたような気持ちになる。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか小船井さんは続ける。




「うん。初めてあったときはもっと怖い人かと思ってた」




 その認識でいいんだけど。


 心の中で頷きながら外面を取り繕う。




「そうですか……」


「ごめんなさい。


 でも思ってたよりずっと親しみやすかったから、ちょっと安心した」




 親しまれても困る。


 笑う小船井さんの顔を見て、私はなんとなくこの人が苦手かもしれないとかんじた。


 小船井さんが何か悪いわけではない。


 けれど一緒にいるとなんだか劣等感を刺激されるのだ。




 こんな言い方は失礼だし、ただの私の想像にすぎないけれど小船井さんはきっと「普通」の人生を送ってきたのだろう。


 私にはこんな風に素直に振る舞うことはできそうもない。

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