第1話 焦がれた日常 4
翌日の午前中、洗濯のために共用の洗濯機に向かうと小船井さんと遭遇した。
幸いこちらが先に気が付いたので思わず逃げ帰ろうかと思ったけれど、なんか困っている様子だったので思いとどまる。
洗濯機がうまく動かせないようなのだ。
何回か使ってみて気が付いたのだが、瓶内荘の洗濯機は古くなって蓋の建付けが悪いようで、上から少し押さえつけてやらないとエラーを起こすのだ。
まあ蓋が開いたままで動いてしまうと危ないからある程度は仕方がない。
近くには重し用と思われる水が入ったペットボトルが置かれていて、これを載せて蓋を押し付けて使えということなのだろう。
誰か教えてくれればいいのに。
私にはだれも教えてくれなかったから小船井さんも自分で頑張ってくれ、というわけにも行かないだろう。
仕方がないので話しかけて動かし方のコツを説明した。
ペットボトルを載せて、正常に動いていることを確認しながら口を開く。
「ところで今日の晩なんですけど」
「はい。
蒔苗さんから聞いた?」
いつの間にか名前呼びになっている。
距離の詰め方が早すぎないか。
「はい。どこに行くかはもう決めてますか?」
「まだ決まってなくて、あとで蒔苗さんと相談するつもり」
それから少し言い淀んで、
「あの迷惑じゃなかった?」
「なんのことですか?」
「文さんはこういうのはあまり好きではなさそうと聞いたので……」
いつの間にか私のことまで名前呼びになってる。
そういう文化の人なのかもしれない。
とはいえ迷惑じゃなかったか、か……。
仮にそう思っていても直接言えるわけなくない?
村尾さんも余計なことを言ったものだ。
さすがに迷惑とまでは言わないけれど、歓迎しているわけでもない。
適当にごまかしておこう。
「私は基本的に面倒くさがりですからね。
でもさすがに顔合わせの食事会くらいはちゃんと出ますよ」
「面倒くさがり……。
いえそうではなくやりたいこととやらなくてはいけないことが多すぎて人付き合いをする余裕がなさそう、と言ってました」
「村尾さん、そんなこと言ってたんですか。
誤解です。
ただ面倒くさがりなだけ」
実際はどうだろう?
結構図星を突かれている気もする。
真面目に考えたことはなかったけど、人と関わる暇があれば本を読んだり、勉強したいと思っていることはそういう言い方もできるのか。
だいぶ好意的な見方な気はするけれど。
ただ自分のいないところで自分の話をされているのはむず痒い。
それが図星を突いたものならばなおさらだ。
まあ、悪口じゃなかっただけよしとするべきか。
少し動揺している私を尻目に小船井さんは続けた。
「そうなの?
村尾さんとは仲が良さそうだったからてっきり……」
「それこそ誤解です。
私は村尾さんのことをほとんど知りませんし、向こうも同じでしょう。
まだ出会ってから一週間ですし、仲良くなるもならないもこれからの話です」
「これからの話……。
そうですね。
手始めに今日の夜はいろいろ話しましょう」
話をごまかそうとしたが、藪蛇だったようだ。
小船井さんは続けていった。
「気になってたんだけど……同級生だし、敬語はやめない?
もっと砕けた感じで話そうよ」
「私としてはこの方が話しやすいので。
まあ仲良くなったらまた変わるかもしれません」
それだけ言って退散することにした。
どのみち洗濯機は一台しかないので、小船井さんの洗濯が終わるまではこちらは洗濯できないのだ。
さっきの話ではないけれど、その時間があればできることはいくらでもある。
部屋に戻りながら考える。
小船井さんにとって砕けた方が話しやすいというのなら、やはり敬語は維持すべきだろう。
あまり距離を詰められると正直困ってしまう。
人間関係を維持する労力は可能な限り減らしておきたい。
部屋に戻ると村尾さんが本を読んでいた。
ただいまとだけ言って私も本を読み始めた。




