第7話 誰も助けてくれなかった 1
結局すべては持てる者の気分で決まる。真実になんて何の意味もない。
××先生こと、後藤先生について知っていることはほとんどない。
相手のことを知ると攻めの手がゆるむし、いざ相手を叩き潰す時にもためらいが生まれてしまう。
実際実家のころなんてひどいものだった……。
ふと思い出しかけて喉の奥がキリキリと痛み出す。
あの頃の記憶が滲み出そうになる。
……この話はやめておこう。
だから私があの人について知っていることはほぼすべてあとから噂で知ったことだ。
曰く優しい先生だった。
曰くあの人がいじめなんてしているなんて。
曰くいい先生だったが嫌いな子には厳しく当たるところだけが玉に瑕だった。
曰くああいうことをしていることはうすうす気づいていた。
あの事件のあとそんな互いに矛盾も含むような噂話を集めているうちに週末になっていた。
その間の日々は、靄の中を歩くように曖昧で不確かだった。
教室の机に座り、授業を受ける私の意識の片隅では、常に噂の欠片が組み合わさっては崩れていた。
まとまった時間がないと考えもまとまらないので、週末まではあえて考えないようにしていた。
考えなければいけなかったことはいくつもある。
小船井さんや生沼先輩を守るためとはいえ一人の人間を破滅させるようなことをして、本当によかったのだろうか?
もっと穏便に済ませるべきだったのではないだろうか?
ようやくの休日に床にごろごろと転がったまま、そんなことを延々と考え続けていた。
足の指が冷たく、背中は硬い床の感触を拾い、時計の針だけが容赦なく進んでいく音が耳に刺さる。
こんな奇行をしていると同居人の目が気にならないのかと疑問をもつ向きもあるだろう。
幸いなことに私たちの部屋の中心にはついたてがあり、視線は通らない。
私がどんな奇行をしたところで覗き込まなければ見えはしないのだ。
まあ音とかで何やってんだこいつと思われているかもしれないけれど。
仮にそうだとしてもこちらからはその冷たい視線は見えないので問題はない。
結局のところ問題は私の内面だけなのだから。
そう問題は私の内面だけなのだ。
すでに事件は終わっているといっていい。
私一人だけが納得できずにこうしてぐだぐだと考え続けているだけなのだ。
例えば小船井さんはもう盗難にあったことを気にしてないみたいだし、村尾さんにいたっては最初から動揺している様子すら見せなかった。
生沼先輩はどうだろうか?
その名前が頭に浮かぶと、喉が少し乾いた感覚がした。
「胃が痛いな」
朝から何も食べていないのに、胃の中が重く感じられた。
窓から見える空は、堂々巡りの思考とは対照的に、澄み切った青さだった。
あれからボードゲーム同好会には顔を出していない。
気まずいというのが正直なところだ。
まあでも生沼先輩も宿敵が退場したのだから少しは安心できたのではないだろうか。
すべてが蚊帳の外で起きた事件の結果だということに思うところはあるかも知れないけれど。
「問題はどこまで状況を把握してるかだよなー」
天井に向かって呟いた声は、思ったより弱々しく聞こえた。
表立って起こったことを信じていれば怒ることはないだろうけれど、生沼先輩もあれで結構鋭いところがある。
たぶん違和感を覚えるだろう。
問い詰められようものなら気まずいったらありゃしない。
想像するだけで胃の痛みが強まり、身体が無意識に丸まる。
「そんなわけで逃げ回っているわけなのです」
少なくとも私の中でなにかしらの結論が出るまでは他人に説明することもできそうにない。
頭の中では同じ言葉が何度もループし、思考が堂々巡りを続けていた。
つまり今回の一件で責任をとるべきはだれなのか。
それを私はまだ決め切れていなかった。
情けない話である。




