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第7話 誰も助けてくれなかった 2

 そんなことをぼんやりと考えているとついたての向こうから声がかかった。


 村尾さんだ。




「今日のお昼何がいい?」




 いつもの昼食の確認だった。


 そういえば腕の傷もそろそろ治ってきたことだし、いつまでも村尾さんに頼りっぱなしなのもよくない気がする。


 そのうちに当番制を提案しようなどと思った。




 昼食に何を食べたいかか。


 正直にいって食欲は全くない。


 ストレスをかけるとてきめんに胃腸にくるタイプなのだ。




 朝から続く胃の鈍痛は、今や鉛の塊のようになって腹の中を押さえつけている。


 正直言って何も食べずに済ませたいところなのだがそれもよくないだろう。


 とりあえず寝転がったまま返答する。


 ちょっと今は起き上がる気力もない。




「食欲がないので何か軽いものがいいです。


 うどんか何かなら入るかな……」




 声が想像以上に弱々しく、かすれていることに自分でも驚いた。




 了解、とだけ返事が返ってくる。


 ただ村尾さんの気配はついたての向こうから去らなかった。


 珍しい。




 だいたい用件だけで済むのがこの人との関係の楽なところなのに。


 とするとなにか用事があるのだろうか。


 それにしても直球で聞いてくるのではなく、ためらう様子なのは珍しいことだ。


 結局質問されるまでにはかなりの間があった。




「体調悪そうだけど大丈夫?」


「まあ悪いですけど、そのうち治ります」




 時間は平等にあらゆるものを風化させる。


 窓から差し込む光の中に漂う埃のように、記憶はいつか消えていく。




 生きている限り続くだろう家族との争いとは違って、今回の一件についての私の悩みなんて将来的には大したことではなくなるのだろう。


 だからこそ、決して風化していない今結論を出す必要がある。


 なあなあですますことを自分に許す気はない。


 はじまりは他人の問題だったとしても、これは私の事件なのだから。




「体が弱いんでなにかあるとこうなるんですよねー」




 あはは、などと似合わない愛想笑いをしてごまかそうとしたものの、村尾さんはまったくごまかされてはくれなかった。




「それでこの前のぬいぐるみの件で落ち込んでいるわけ?


 ボードゲーム同好会の方にも顔出さなかったから生沼先輩も心配してたよ」




 直球で踏み込んできた。


 それにしても生沼先輩が心配か……。


 どの程度のところまで気が付いているんだろうな。


 村尾さんは続けて言う。




「そんなに悩むぐらいならやらなければよかったのにと思うのは僕が事情を把握できていないからなのかな?


 それにしたって、体調を崩すほど悩むのならやらないほうがいいと思うんだけど」


「私がなにをしたっていうんですか?


 ただ村尾さんのあとをついて行って邪魔してただけじゃないですか」




 白々しくとぼけてみるが、自分の声に説得力がないことは自分でもわかる。


 口の端が引きつるのを感じる。


 さすがにこれは通らないだろう。




 ついたてがきしむ音がする。


 どうやらついたてを背もたれ代わりに座って長期戦の構えをとったようだ。


 そのまましらけたように訊いてくる。




「じゃあはっきりさせておこうか」




 村尾さんの声が、いつもの淡々とした調子から、わずかに鋭さを増す。


 部屋の空気が凍りつくような感覚に、息が止まりそうになる。




「後藤先生が盗んだことになっているあの万年筆を入れたのは瀬島さんだよね?」




 そのとおりであるが、何とか言い逃れはできないだろうか?


 言い訳をいろいろ考えて見るのだけれど、結局面倒くさくなった。


 まあやらかしたのは私だし、村尾さんにここで断罪されるというのならそれも悪くないだろう。


 宙ぶらりんのままでいるのが精神衛生上よくなかったというのもある。




「その通りですよ」




 言葉が喉から出た瞬間、不思議な軽さを感じた。


 肩の力が抜ける。


 声は自分で思ったより落ち着いていた。




「村尾さんと丸山先生が話しているときに目についたので盗って、そのまま後藤先生の鞄から見つけたふりをしました」


「ずいぶん無茶をしたよね。


 丸山先生が不審に思ったらおしまいでしょ?」


「まあでもあのまま放置してうまくいくとも思えなかったので……。


 ちょっとしたギャンブルでしたけど、まあうまくいってよかったです」




 実際にばれていたとしても状況はそんなに変わらなかったと思っている。


 せいぜい私の信用が失われるくらいだろうし、そんなものはどうでもいい。


 あんな人たちに信用されたいとは特に思っていないのだ。




「で、それがなんでしょうか。


 断罪してくれるというのならわりと歓迎しますけど……」




 正直に言って早く楽になりたい気持ちはある。


 ただ断罪されたところで楽になれるかはわからないのも確かだ。


 村尾さんはにべもなかった。


 私の告白を聞いても、その声色は一切変わらない。




「断罪にはあんまり興味がないんだけど、気になるところがあってね。瀬島さんはどうしてわざわざあんなことをしたの?」




 その問いかけはシンプルだったが、単なる好奇心とは違う何かが含まれていた。


 まるで私の行動の奥にある動機こそが、村尾さんにとっての本当の関心事であるかのように。




「後藤先生に罪をきせるため……、では納得してくれないんですか?」


「そもそもあんなことをしなくてもぬいぐるみは出てきたよね。


 逆にぬいぐるみが出てこなかったら万年筆の小細工を信じてもらえたとは思えない。


 僕にはわざわざやる価値がある小細工だとは思えないんだよ」




 小細工とはずいぶんな言われようだ。


 単純な理由なのだけれど、村尾さんには本当にわからないのだろうか?


 いつもは鋭いくせに。


 ついたての向こうで、村尾さんが姿勢を正すような気配がした。


 村尾さんは続けて言う。




「生沼先輩はなにか知っている風だったけれど、さすがに本人に訊くのが筋かとおもってね。


 それで、おしえてくれるかな」


「ちょっと待ってください。


 生沼先輩は気づいてたんですか?」




 その言葉を発しながら、私は思わず上体を起こし、ついたてに向かって身を乗り出していた。


 それは悪いニュースだ。


 ただでさえ重い気がさらに重くなるのを感じる。


 村尾さんは容赦なく言った。




「そうだね。なにか知っている風だった」


「怒ってましたか?」




 おそるおそる訊く。声を発する前に、唾を飲み込む音が自分の耳に響いた。




「怒ってはいないと思うけど、なにか言いたいことはあるみたいだったね。


 ボードゲーム同好会を休んだのも逃げたと思っているみたいだった」




「逃げた」という言葉が耳に刺さる。


 それはそれは。


 ますます行きたくなくなってきた。




 生沼先輩の顔を見る勇気がない。


 でもいつかは怒られないといけないだろう。


 しでかしてしまったことの責任はとらないといけないのだ。




 だいぶ気がそがれてしまったが村尾さんの質問に返事もしなければいけない。




「それでなんでしたっけ? 


 なんで万年筆を盗ったかでしたか?」


「露骨にやる気をなくさないで」




 ついたて越しでも、村尾さんの息が小さく漏れる音が聞こえた。


 苦笑されたようだ。


 こちらの気にもなってほしい。




 今回の件について生沼先輩には負い目があるといってもいいだろう。


 生沼先輩を助けたつもりにはなっているけれど、責められる理由があるのは間違いない。




 とはいえまずは村尾さんの疑問に答えないといけないだろう。




「なんであんなことをしたのか理由は簡単です。


 単純にあのまま放置していたら後藤先生に罰が下される可能性は低いと思っていたからです」




 その言葉には、自分でも驚くほど確信が込められていた。


 この判断は感情的なものではなく、これまでの経験から導き出された冷静な結論だったのだ。




「目の前でぬいぐるみが発見されたとしても?」


「されたとしてもです。


 そもそも生沼先輩が学校のハラスメント相談窓口とやらに相談して駄目だったって話は聞いていますよね?」




 村尾さんは頷いたようだ。


 その反応は見えなかったが、ついたてが揺れるに小さな動きがあった。


 私ですら聞いているような話なので村尾さんが知っていることには特に違和感はない。




「なら学校側はそもそも後藤先生による生徒への嫌がらせの存在を知っていた。


 それが新たに一件増えたところで大差ないと思うんですが……」




 しいて言うなら私たちの目の前で見つかったことは特別かもしれない。


 ただこれまでも後藤先生が犯人だとわかる嫌がらせはあったはずなのだ。


 なにせハラスメント相談窓口とやらも不適切な行為があったこと自体は認めている。


 そして対処はしないとも堂々と宣言したのだ。


 それに……、




「今回の事件のあとおかしいと思いませんでしたか?


 やけに速やかに後藤先生の余罪が追及されていましたよね。


 あれが学校側がすでに後藤先生がやっていたことを把握して、その上で無視してきていた証拠だと思います。


 彼らはずっと知っていたんです。ただ動かなかっただけなんです」




「つまり余罪も後藤先生に万年筆を盗んだという濡れ衣を着せたことで追及されることになったってこと?」


「私はそう思っています。


 実際にそうしなかった場合にどうなったのはわかりません」




 わからないが私は確信している。


 どうせなんやかんや理由をつけて処分をさけただろう。


 あの程度のことで罰せられる様ならそもそも学校をやめた人が出た時点できちんと対応されているはずなのだ。




 村尾さんはまだ納得が行かない様子だ。


 さっきからこの人にしては物分かりが悪いように感じる。


 普段は私の思考の先を行く村尾さんが、なぜこの単純な道理を理解しないのだろう。


 以前も言っていたが人の内心の問題は不得手なのだろうか?




「それにしてもよくわからないな。


 ぬいぐるみの場合と万年筆の場合でなにが違うのかな」


「結局自分のケツに火がつかないと動かないっていうことですよ」




 思いがけず声が上ずった。


 胸の奥に溜まっていた怒りが、一気に言葉となって溢れ出す。




「学生なんかになにをしたところでどうせ三年もすればいなくなるし、最悪学校をやめたところで問題はなかった。


 でも教員に対してまで危害を加える相手は許せなかった。それだけの話です」




 それに……、




「なんでも丸山先生は教職員の中でも発言力があるほうだったそうじゃないですか。


 そういう人に手を出したことになったら大変なことになったわけですね」




 皮肉をこめて言う。


 完全にお笑い種だった。


 保身と怠惰にまみれて動かなかった連中が自分たちに手を出されるとすぐこれだ。


 お前たちの仕事はなんだったのかと言いたくもなる。




 その対応の早さがあれば学校をやめたりする学生が出る前に対応できたはずだろうに。


 自分の保身ためにしかその力を使えないのか?


 転校したという先輩は、もう戻ってこない。


 二度と取り戻せない時間と機会を失った。




 そんなことを考えているとまたイライラしてきた。


 胃がキリキリと痛み、拳が無意識のうちに握りしめられる。


 なにかしらを殴りつけたい衝動にかられるが、仮にも村尾さんとの会話の途中だ。


 深呼吸して、意識的に拳の力をゆるめる。




 その間、村尾さんは何も言わなかった。


 まるで私の感情の嵐が過ぎ去るのを待っているように。


 彼女はきっとこちらの心の動きを察しているのだろう。




「なるほどね……。


 それで瀬島さんは怒っているわけだ。


 でもそこまで怒っていると体に悪くないかな」


「おちつければそうするんですけどね。


 結局そいつらが責任を果たさなかったせいで、私があんなことをする羽目になったと思うと腹も立ちます」




 この状況にはだれが責任をとるべきだったんだ?


 まずはハラスメント相談窓口とやら第一だろう。


 専門の窓口でありながら学生がやめているような状況で対応をしなかった。


 じゃあ他の教師は無罪だったのかというとそうも思えない。


 誰も気が付いていなかったとは思えないのだ。




 生徒たちについても同様だろう。


 気が付いていなかったとは思えないし、なんなら積極的に嫌がらせに参加した人さえいたようだ。


 思わず愚痴が口からもれる。




「なんで私がこんなことをやらなきゃいけなったんですかね」




 思わず漏れた弱音だったけれど、村尾さんの返答は真剣な色を帯びていた。




「僕もちょうどそれが知りたかったんだよね」




 ちょっと考えるような間をおいて続ける。




「瀬島さんには見過ごすこともできた。


 見過ごすといっても小船井さんの手助けをしてぬいぐるみを探した時点でルールの範囲内では十分対応していたとも言える。


 それさえしない人も多いと思うし。


 でも瀬島さんはルールの範囲を超えてまで後藤先生をあの場で排除しようとした。


 瀬島さんはわりとルールにはうるさい方だと思ってたから少し意外だったよ」




 確かに私はルールを守りたがるところがある。


 というより気まぐれで暴れまわるような奴らと生活させられていたので、きちんとルールが定まっていないと落ち着かないのだ。




「私の時は誰も助けてくれなかったから……」




 口からこぼれたのはそんな言葉だった。




「私の時だって状況を知っている人はいくらでもいたはずです。


 でも誰も助けてくれなかった。指をさして笑ってくる人さえいた。


 だから同じように追い詰めらている人を見て、黙って見てはいられなかった。


 それだけですよ」




 誰もが少しだけ人に優しくなって責任をはたしていればそもそも今回のような問題は起きなかったはずだ。


 そもそも嫌がらせをしていい人を選ぶようなこともなくなるだろうし、仮に問題が起きたとしても小さな内に対処できたはずだ。




 だけど私の時も今回もそうはならなかった。


 誰も責任を取らなかった。


 だから私が手を汚す羽目になった。


 それだけの話だ。




「なるほど。


 責任ね。


 まあ小船井さんと生沼先輩は瀬島さんがいてくれて運がよかったってことになるのかな」




 その言葉は不思議と胸に落ちた。


 生まれや育ちを選べない以上、人生の大半は運で決まる。


 私の不運はどうしようもないけれど、私は誰にとっての幸運になりたかったのだと思う。


 思わず村尾さんに訊ねてしまう。




「本当にそう思いますか。


 小船井さんと生沼先輩にとっては幸運だったと……」


「そう思うよ。


 今回の件が瀬島さんのいたずらがなかった時にどういう結末を迎えたかはわからないけど、まあここまでスムーズに片付かなかったんじゃないかな」




 その代償として後藤先生は社会的に破滅したわけだが……。


 そのことについて思うところはあるけれど、私が責任を取れる範囲ではないだろう。


 それを止めることができたのはもっと早い段階で事態を把握していた人たちだ。


 ここまで嫌がらせを続ける前に駄目だと言える人間がいたはずなのだから。




 とはいえ私の犯罪行為が正当化されるわけでもないけれど。




「そうですか。


 じゃあそれについてはよかったです。


 ただ結局私がやったのは対症療法であって、根本的な解決ではないんですよね。


 先生たちやほかの生徒たちが同じ態度のままだったらどうせ遠からず同じことが起きるでしょう」




 当然ながら一人の人間の手の届く範囲には限りがある。


 一人一人がその範囲の中で責任を果たせばいいだろうにそうしないのはなぜなのだろうか。




 それに自分は人間的に優れていると主張したがる人間ほど他人を見下し、人の不幸を見て笑うのが私には信じられない。


 そんな人間的優秀さなどになんの価値があるのだろうか。


 そんなことをつらつらと考えていると村尾さんの声がした。




「それでどうする?」


「どうするとはどういうことですか。私にはこれ以上何もできませんよ」




 この学校の現状について私にできることがあるのだろうか。


 私の力なんて大したものではない。


 今回うまくいったのもたまたまタイミングがよかっただけのことだ。


 幸運なんて私の人生にはないものだと思っていたけれど、今回ばかりは幸運に恵まれていた。




 村尾さんは言う。




「今回みたいなことを続けていけばいいんじゃないかな?


 自分の信じる生き方を貫き通して、同じようにしている人とぶつかって感化したりされたりする。


 手の届くところで頑張るっていううのはそういうものじゃないかな。


 まあこの学校には相手してくれる人は少なそうだけど……」




 それはいうほど簡単なものじゃない。


 利益を求める人とは対立することもあるだろうし、馬鹿なことをしていると指をさして笑われるだろう。


 今回ほどの幸運がそうそうあるとも思えない。




 現実に負けることもあるだろうし、行きつく先は幸福とはほど遠い人生かもしれない。


 でも私にだってどうやらプライドいうものがあるらしい。


 結局はただの曳かれ者の小唄にしか過ぎないのけれど。


 だけどそんなの……、




「最初からそのつもりでしたよ。


 言われるまでもないです」


「そうだよね。


 野暮だった」




 その言葉には謝罪ではなく、むしろ私の反応に満足しているような響きがあった。


 まるで、期待通りの答えを引き出せたことを密かに喜んでいるかのように。


 そのまま続けて訊いてくる。




「それにしても水臭いね。


 こういうことをするならするで事前に相談してくれたらよかったのに。


 一人で勝手にやって、一人で落ち込むのは正直どうかと思うよ」


「それは……。私のやったことは立派な犯罪です。


 言えば止められたかもしれませんし……」




 それに他人に犯罪の片棒を担がせることになる。


 ばれてしまった時のリスクも考えると私一人でやったほうが都合がよかった。




「自分一人で責任を取ればよかったって?


 そう考える気持ちはわからなくはないんだけどさ……。


 生沼先輩に言ったらしいじゃない。


 一人で責任を取る必要はない。


 私も一緒にやるって。


 かっこいいことを。


 私や先輩ぐらいには相談してくれてもよかったんじゃないかな。


 あまりにも水臭いよ」




 そこを突かれると弱い。


 自分で言ったことを軽々と破って単独行動しているのだから言い訳のしようはない。


 ただあの時はそうするしかなかったのだ。


 目の前に転がってきたチャンスをみすみす逃すわけには行かなかった。


 私が言葉に詰まっている間に村尾さんは続ける。




「とりあえず早めにボードゲーム同好会には顔を出してもらった方がいいね。


 生沼先輩はきっと言いたいことがあるはずだから。


 あとは次にこういうことがあったら相談してよ。


 別に僕だって問題を解決したいのは一緒なんだし、協力くらいはするよ」


「……はい。


 わかりました」




 とはいえどうだろうか。


 次また同じようなことが必要な事態が起きたなら、私はまた同じことをするだろう。


 その時に他人を巻き込みたくはないのも同じだ。


 相談なんて面倒くさいし、何より自分以外の人に責任を押し付けることはできない。


 たぶん次があっても私は変わらないのだろう。




「たぶんいま相談なんて面倒くさいみたいなことを思っているんだろうけど……」




 ……心を読まないでほしい。




「結局今回は目の前でやってることを見逃した僕のミスでもあるからね。


 次は見逃さないよ。


 そして見つけたらおとなしく相談しておいたらよかったと思うような目に遭わせてやる」




 思わずため息が出た。


 村尾さんが目端が聞くことはよく知っている。


 今回はたまたまやり過ごせたが、毎回やり過ごせる自信はない。


 思わず両手を上げて降参のポーズを取るが、相手はついたての向こう側なので間抜けなだけだった。


 そのまま訊く。




「なんか前にも同じことを聞いた気がするんですけど、どうしてそこまでしてくれるんですか?」


「前と同じ答えになるけど瀬島さんが面白いからだね」




 相変わらずよくわからない答えだ。


 思わず問い返そうとしたが、村尾さんの次の言葉の方が早かった。




「でもその面白い瀬島さんの行動原理は瀬島さん自身の負担になっているように見える。


 まあ自分の身を顧みてないんだから当然だけど。


 だから面白い瀬島さんが続くように協力させてほしい」


「私なんかがそんなに面白いんですか?」




「面白いよ。


 その強烈な意志で当たって砕けていく感じ。


 嫌いじゃない。


 前にも言ったけど僕にはやりたいことがないからそういう意志をもった生き方にはあこがれるな」




 砕けるのにあこがれられても困る。


 というか私だって砕けたくてやっているわけじゃないのだ。




「わかりましたよ。


 約束はできないですけど、できるだけ相談するようにします。


 絶対とは言いませんが」


「とりあえずはそれでいいよ。


 ただ僕は絶対見逃さないぞとだけ言っておく」




 絶対見逃さないだなんて強い言葉を平気だ使うんだなと少し面白く思った。


 ついたて越しに村尾さんの方を見る。


 もう腕の傷も腕の傷も随分と治ってきたし、村尾さんとならついたて無しでもやっていけるかもなどと柄にもないことを思った。


 もちろん口には出さないけれど。




 なんとなく座りなおすとついたてに背中を預ける。


 逆側で村尾さんが同じようにしているので、私程度の重さではついたてはびくともしなかった。


 存外に心強かった。

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