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第6話 罪を犯す 4

 小船井さんが居ると××先生も警戒するだろうという村尾さんの提案で、小船井さんには教室で待機してもらって、職員室には村尾さんと二人で向かった。

 丸山先生が説得できるかが少し心配だけど、村尾さんのことだから、できるというのならできるのだろう。

 村尾さんは優等生なようだから、先生からの覚えがめでたいのだろうか。


 職員室までの道中では特に会話はなかった。

 私たちの足音だけが人気のない廊下に響いていた。

 村尾さんからは特に話しかけてこなかったし、私の方は村尾さんの提案だけでは不安で、何か他にできることがないか考えるので忙しかったのだ。


 職員室に着いても私はろくに口を開かなかった。

 丸山先生との交渉は村尾さんに丸投げした方がいいだろう。

 クラスが違って担当されている授業もなく、顔もろくに覚えてもらえていないだろう私が話してもいい効果があるとは思えなかった。


 丸山先生は四十代後半くらいの男性で、黒縁の眼鏡と整えられた短髪が印象的だった。

 背筋を伸ばした姿勢で椅子に座り、重苦しい声で村尾さんと話し合っている。

 その声には威厳が感じられ、話し方には計算されたゆっくりとしたリズムがあった。


 村尾さんが丸山先生と話している間、なんとはなしに周囲の様子を眺めていた。

 丸山先生の机はきれいに整頓されていて無駄なものがほとんどない。

 教科書と指導書と重要なのかもわからないいくつかの印刷物が目についた。


 そんな中ででふと目を引かれたのはペン立てに置かれた古ぼけた万年筆だった。

 周囲の整然とした物とは不釣り合いな、使い込まれた風合いの万年筆。

 キャップには小さな傷があり、胴体の金属部分は光沢を失っていた。

 特に周囲にインク等もなく現在も使われているものなのかどうか疑問が残る。

 もしかすると小船井さんのぬいぐるみのように何か思い出の品なのかもしれない。


 そうこうしているうちに村尾さんと丸山先生の話はまとまったようだ。

 最終的に丸山先生は言った。


「とにかく話をするのには立ち会おう」


 丸山先生の重い声が静かな職員室に響いた。

 彼は眼鏡を軽く上げ、私たちを注意深く観察している。


「もし本当に君が言ったような展開になったなら××先生の荷物の確認ぐらいは適当だと思う。

 パワハラ扱いされないかが少し心配だけどな」


 その言葉を聞いて、私の中で何かが煮えたぎるのを感じた。

 パワハラも何も、生沼先輩や小船井さんが現にハラスメントにさらされている中で、自分の心配か?

 などと疑問に思う点もあるけれどさすがに口には出さない。

 さすがにこの状況では丸山先生を味方につけた方がいいくらいの判断は私にもできる。

 とりあえず第一関門は突破というわけだ。


 あとは××先生との話し合いだけだ。

 村尾さんに策があるようだけれど、一体どうするつもりなのだろう。

 というかいまさら思ったのだけれど、話し合いをすべて任せるのであれば私が付いてきた意味はあったのだろうか……。

 だがいまは村尾さんに任せるしかなさそうだ。


 丸山先生を先頭にずらずらと××先生のもとに移動する。

 そのまま丸山先生が話しかけた。


「すみません××先生。

 この子たちが話したいことがあるというのですが……」


 ××先生がゆっくりと振り返る。

 その鋭い目が私たちを捉え、私は背筋に冷たいものを感じた。

 村尾さんが前に出る。ちらりと見えた横顔はいつも通りの無表情だ。

 少し安心する。


「すみません××先生、小船井さんはご存じですよね。

 今日××先生に頼まれた用事を済ませる際に化学室に荷物をおいていたところ、私物が盗まれてしまったようなんです」


 直球勝負だ。

 思わず心配になって村尾さんの顔を見るが、大丈夫と目で返される。

 ××先生の反応は落ち着いたものだった。


「勘違いじゃないの?」


 その声には余裕があり、小ばかにするような調子が混じっていた。


「本当に盗まれたのだとして私になにがいいたいんだい。

 まさか私が犯人だとでも言いたいのかな?」


 その言葉には挑戦的な響きがあった。

 少々話が飛んでいる気がするが、まあこうやって乗り込まれた時点で××先生も察しているのだろう。

 村尾さんの反応もまた落ち着いたものだった。


「多分そうだと思うんですよね。

 状況的にあなた以外にはできないはずなんです。

 まあ決定的な証拠はないんですけど」


 ××先生はさすがに驚いた表情を見せた。正直に言えば私も驚いた。

 あまりにも単刀直入がすぎないか?

 その言い方で自分が犯人だと認める人いたら見せてほしい。

 案の定××先生も椅子から半分立ち上がるようにして、怒りを含んだ声を上げた。


「まさか、私が犯人な訳ないじゃないか。生徒相手にそんなことをする教師がどこにいるんだ」


 どの口で言っているのだろうか。

 生沼先輩に自分が何をしているのか忘れたのか?

 思わず一歩前に出て口をはさもうとしたが、村尾さんにまたも目線で制された。

 余計な口出しは無用という事だろう。


 言いたいことは山ほどあるが、おとなしく任せることにする。

 村尾さんは××先生の怒りの前でもまったく動じない様子で、むしろ声を少し柔らかくして言った。


「おとなしく罪を認めてくださいませんか?

 僕も何も先生が罰せられるのを望んでいるわけではありません。

 盗んだものが返ってくればそれでいいんです」


 それでいいわけがあるか罰されろ!

 と思うだけで黙っておく。

 ますます私はなぜここにいるんだという気持ちが強くなってきた。

 ××先生は少し苛立だった様子で反論した。


「だから私ではないと言ってるだろう。証拠もなしに人を疑うのは良くないな」


 その言葉には説教めいた調子があり、明らかに上から目線だった。

 村尾さんの方をじっと見ているが、時折ちらりと私の方も見てくる。

 その視線には警戒心があった。


 視線を気にする素振りも見せずに村尾さんは続ける。


「目撃者がいるんですよ。

 ××先生のクラスの先輩で先生と共謀して生沼先輩に嫌がらせをしていた人です。

 彼によると盗難があったとき誰も化学室には入っていなかったそうです。

 事実として盗難があった以上誰かをかばっているということになる。

 あの先輩がかばうような相手といえば××先生、あなたしか思い当たりません」


 そもそも村尾さんはその先輩に会ってないし、人となりも知らないだろうに。

 そんなこと断言できないだろう。

 はったりであることはわかるけれど、村尾さんの狙いがまだよくわからない。


 ××先生は唇の端をわずかに上げ、嘲るような表情で応じた。


「生沼か。

 あの子が君たちに何を言ったか知らなけど嫌がらせなんてしてもいないことを理由に今回もやっただろうといわれても困るな」


 その言葉は職員室全体に響き、周囲の教師たちの間で小さなざわめきが起こった。

 ××先生はそれに勢いづいたのか、声を大きくしてさらに続けた。


「それに嫌がらせなんていうのはやられる方にも原因があるもんだ。

 生沼も小船井も少し生意気過ぎる。

 誰にやられてるか知らないが、ああいう振る舞いをしているようじゃ嫌がらせをされても当然だ」

「ふざけるな」


 思わず声が出ていた。

 村尾さんが慌てて手を伸ばし、私の袖を掴んで止めようとした。

 しかし、私の怒りはもはや制御不能だった。


「お前がやったことだろうが。

 生沼先輩からも聞いたぞ。

 他の学生に嫌がらせをしたのをかばわれたからってターゲットにしたんだろ。

 それを本人にも責任があるとはどういう言い草だ。

 お前の性格が悪いだけだろうが」


 気が付けば職員室中の視線がこちらに向かっていた。

 数人の教師が立ち上がり、丸山先生も明らかに動揺した表情を見せていた。

 しまった頭に血が上りすぎた。

 私はこういうところが良くない。

 一旦落ち着こうとするが、その前に少し委縮した様子の××先生からの反論が来た。


「教師に向かってなんだその言葉遣いは。

 だいたい生沼のよくわからんゲームも、小船井のぬいぐるみも学校に持ち込むにはふさわしくないものだ。

 手を出されても当然だ」


 まだそんなことを言っているのか。

 落ち着こうとしていたのも忘れて、肺いっぱいに空気を吸い込み、もう一度怒鳴りつけようと息を吸い込んだところで、突然後ろから冷たい手が私の口を覆った。

 村尾さんだ。


 しまった。

 村尾さんに何か考えがあるのだろうから静観してようと思ったのに、頭に血が上って台無しにしてしまった。

 ちょっと血の気が引く。


 これだから私は嫌なのだ。ロボットになりたいと願いながらも常に感情に流される。

 振り返る。


 村尾さんの表情は相変わらず読みにくく、何を考えているのかわからない。

 ただ自分の意図を台無しにされて、愉快な気分ではないだろう。

 私は申し訳なさで目を伏せた。


「すみません」


 声は震えていた。

 大きく息をつく。

 少し落ち着かなくては。


「大丈夫だよ。

 むしろお手柄」


 村尾さんの言葉は意外なものだった。

 その声には珍しく温かさが含まれており、口元にはかすかな微笑みさえ浮かんでいた。


 お手柄?

 今の状況のどこがお手柄だというのだろうか?

 村尾さんは丸山先生の方を振り向くと言った。


「予想外のことはありましたが、一応事前に確認してた通りです。

 犯人でなければ××先生が小船井さんのぬいぐるみが盗まれたことを知っているはずがない。

 これで××先生が犯人であると信じてもらえますね?」


 その言葉に、職員室の空気が一変した。

 静寂の中で、すべての視線が××先生に集中する。

 丸山先生は不機嫌そうにうなると、頷いた。

 そうか、それが狙いだったのか。


 犯人しか知るはずのない情報を言わせること。

 その発言を丸山先生という××先生が従わざるを得ない証人に聞かせること。

 そこまでしてようやく××先生も言い逃れができなくなる。

 村尾さんは勝ち誇るでもなく言った。


「××先生。持ち物を確認させていただけませんか?

 こうなった以上は身の潔白を証明するためにも仕方がないと思います」


 ××先生は椅子に座ったまま、凍りついたように動かなくなった。

 その目には明らかな恐怖が浮かんでいた。


 いまだに不満そうな××先生を丸山先生が抑えている間に村尾さんと二人で××先生の荷物を確認する。

 さっき私が怒鳴ったせいもあり、周りの教師たちの視線が私たちに集中していて少しうっとおしい。


 身の潔白を証明するためとは言ったけれど、例のぬいぐるみを××先生が捨ててしまっていないとも限らない。

 見つかるかどうかは正味半々といったところだろう。

 その上で私か村尾さんかどちらが見つけるのかが問題だ。

 心臓が早鐘を打ち、手のひらに汗をかいているのを感じた。


 村尾さんが鞄の中を、私が机の引き出しをそれぞれ捜索する。

 村尾さんは冷静に、丁寧に鞄の中身を調べていく。

 私は腕の傷跡が疼くのを感じていた。

 さすりたくなるがそんなことをしている場合ではない。


 とはいえそれほど量があるわけでもない。

 すぐに終わった。


 一番下の引き出しを開けたとき、私の目に見覚えのあるものが飛び込んできた。

 茶色の小さなクマのぬいぐるみ。

 小船井さんが大切にしていたそのぬいぐるみは、まるでなにごともなかったかのように、引き出しの隅に置かれていた。

 一瞬の間があり、その後に深い満足感が胸に広がった。


「ありました」


 私の声は予想外に落ち着いていた。

 周囲の教師たちがざわめき、何人かが小さな声で話し始めた。

 ぬいぐるみは机の引き出しの中に隠されるでもなく放置されていた。

 他人が開けるなんて想定していなかったのだろう。


 村尾さんと丸山先生にも確認してもらう。

 村尾さんはわずかに頷いただけだったが、丸山先生は目を大きく見開いた。

 ついでに……。


「あとこれも同じ場所に入っていたんですけど、もしかしたらこれも盗品でしょうか?」


 そういって古ぼけた万年筆を見せた。

 反応は劇的だった。丸山先生はその万年筆をひったくるように私の手から奪い取った。

 その手は明らかに震えていて、顔には怒りと驚きが入り混じっていた。


「これは私の万年筆だ」


 丸山先生の声は低く、怒りを抑えきれずに震えていた。

 彼は万年筆を光にかざすようにして確認すると、ゆっくりと××先生の方を向いた。


「××先生、君は学生の私物に手を出すだけでは飽き足らず、同僚の私物にも手を出しているのかね」

「違います。私はそんなことはしていません。

 無実です」


 ××先生は必死の形相で言い募る。

 しかし、この状況ではさすがに説得力がないだろう。

 丸山先生は万年筆を握りしめながら、一歩、また一歩と××先生に近づいた。

 その姿勢には威圧感があり、まるで裁判官のように見えた。


「嫌がらせは受ける方にも原因があると言っていたな。

 そうすると私はよっぽど君に不愉快な思いをさせていたのかな?」

「だから誤解です。

 私にも何が何だか」


 その声はほとんど聞き取れないほど小さかった。

 しかし次の瞬間、××先生の目に怒りの色が戻った。

 彼は突然私の方を指さした。

 しかし、その指は明らかに震えていた。


「お前だな。お前が私をはめたんだろう」


 ちょっと頭に血が上りそうになった。

 耳の奥で鼓動が早まるのを感じる。

 しかし今度はその波を感じ取り、制御することができた。

 数回深呼吸して気分を落ち着ける。

 できるだけ感情が表に出ないように、冷静な声を心がけて反論する。


「責任転嫁はやめてください。

 その万年筆が盗まれたのがいつどこでなのかは知りませんが、ぬいぐるみの方はわかっていますよね」


 その言葉に××先生は視線を逸らした。

 私は続ける。


「確認してもらってもいいですが、私には盗むことは不可能でした。

 疑わしいのは××先生あなただったはずです。

 さっき自分で犯人でなければ知るはずのないことを知っていることを暴露していましたよね。

 その上で私がはめたというのなら証拠を見せてください」


 この言葉に××先生は顔を青くしていった。

 同情はしない。

 身から出た錆だというべきだろう。


 さてとりあえずぬいぐるみは確保できたけれど、後のことはどうしよう。

 この後××先生の自己弁護にまで付き合わないといけないだろうか?

 助けを求めて村尾さんを見ると、村尾さんはあっさり頷くといった。


「このぬいぐるみを早く小船井さんに返したいので僕たちはこれで戻ってもいいでしょうか?

 今回の件についてまだ訊きたいことがあるようであれば、後日訊いてもらえれば答えますので」


 丸山先生は万年筆を握りしめたまま、××先生を厳しい目で見下ろしていた。

 その視線には明らかな非難と怒りがあった。

 彼はゆっくりと頷くと、重い声で答えた。


「ああ、構わんよ」


その言葉には、これからの××先生の運命を暗示するような重みがあった。

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