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第5話 不運について 1

現実的であれ。変えられないものを受け入れるのが大人というものだ。

 黄昏時の斜光が窓から差し込む教室で、私はふと考えていた。

 よくある質問として、人生やり直せるなら何歳に戻ってやりなおしたい?

 と言うものがあるが、私にとっての答えは決まっている。


 生まれる前に戻って、生まれなかったことにしたい。

 両親からもよく「お前なんかに生まれて来てほしくなかった」などと言われるのでウィンウィンだろう。

 指先で触れた卓上の古びたカードが、ほんのわずかにざらついた感触を返してくる。

 目の前に広げられた手作りのゲームが、こんな暗い思考の源だった。


 ボードゲーム同好会は昨年度生沼先輩以外会員がいなかったため,ほとんど開店休業状態だったようだ。

 そんな中唯一と言ってもいい活動はボードゲームを作ることぐらいだった。

 そんなふうに作るだけ作って遊ばれないまま放置されていたゲームがいくつもある。

 それらはまるで、誰からも選ばれなかった可能性の残骸のようだった。


 今、私の前に広げられているのは、そんな放置されていたゲームの一つ。

 手書きのカードには「誕生」「就職」「結婚」などの人生の節目が丁寧な文字で記されている。

「生まれてから死ぬまでの間にいかに幸福点を稼げるかで勝負が決まるんだ」と生沼先輩は少し照れくさそうに説明した。


 思わず「人生ゲーム」と名付けたくなるが、有名作と丸かぶりになるからか、名前はまだ決まっていないらしい。

 カードの角は既に少し丸くなっており、一人で遊んだ形跡が見て取れた。


 窓の外では下校する生徒たちの声が遠くに聞こえる。

 陽が傾き始め、教室に落ちる影が少しずつ長くなってきた。

 私はカードを手に取りながら尋ねた。


「ちなみに何点稼いだら勝ちなんですか?」


 生沼先輩は少し考え込むように天井を見上げ、指でカードの束を軽く叩きながら答えた。


「今のところ二十点を超えた人が勝ちってしてる。でも実際に他の人と遊んだことはないから要調整かな」

「……要調整」


 その言葉に込められた孤独を感じつつも、私は内心で溜息をついた。

 つまりそれが今日の本題である。

 のこのことボードゲーム同好会に現れた私は、あえなく生沼先輩につかまり、テストプレイの手伝いをさせられているというわけだ。


 木製の椅子が軋む音が教室に響く。

 もうひとりの会員である村尾さんは今日は来ていない。

 なんでも他の部活動もちょっとのぞいてみたいのだとか。

 その行動力は真似できないなと思う。

 いや、別に真似したいとも思わないのだけど。

 団体行動には関わりたくない私にとって、それは遠い世界の話だった。


「それでテストプレイってどういう手順でやりますか?」


 生沼先輩は机に両肘をつき、身を乗り出すようにして答えた。

 瞳に小さな期待の光が宿っている。


「口で説明するだけだとあんまりわからないだろうから、とりあえず軽くルールを説明して、まずは一回試しにやってみようか。

 後は普通に何回か遊んでみつつ、バランスがおかしそうな所があったら適宜修正するって感じで。

なにか思ったことがあったらどんどん言ってね」 

「了解です」


 それにしてもとふと思った。

 生沼先輩は他の人とこのゲームで遊んだことはないと言っていたが、同好会には人がいなくても同好会外の人を誘えばよかったのではないのだろうか。

 それとも先輩も友達がいないタイプなのか。

 イメージとは違うけれど、ちょっと親近感がわく。


 そんなことを考えている間に、生沼先輩は箱の中のカードを二つの束に分けた。

 カードの端は使い込まれて少し擦れており、それぞれに異なる色のマーカーで文字が書かれている。

 先輩の指先は器用に束を揃え、テーブルの中央に置いた。


「こっちの青い束がイベントカード」と先輩は一方の束を軽く叩き、「自分の順番の最初に一枚引いてその指示に従うの。こっちの緑の束がチャレンジカード。ゲーム開始時に五枚引いて、その後は自分の番ごとに一枚引いて、その後一枚使うか捨てるかする」

「使うのはカードだけですか」


「うん」と先輩は答え、小さなメモ帳を取り出した。


「あと幸福点の他に能力点、健康点、金銭点の三種類の得点があって、自分の番ごとに一点を幸福点以外の三種類のどれかに割り振るんだ」


 先輩はペンを手にメモ帳に線を引きながら続けた。


「専用のコマでもあれば良かったんだけど、今回はメモで進めるね」


 その声には少しの物足りなさが混じっていた。

 頭の中でルールが複雑に絡み合い、 なかなかややこしくなってきた。


「四つの得点はさっきの二種類のカードでも変動するよ」と先輩は続け、指でカードの山を示した。


「チャレンジカードは能力点や金銭点が足りないと使えなかったり、イベントカードは悪いことが起こって得点が減ったりするものもある。

 言い忘れてたけど健康点はマイナスにもなることがあってマイナス五点を下回ると死ぬよ」

「……死ぬんですね」


 私は思わず眉をひそめた。


「うん。死ぬ」


 先輩はあっさりと答え、何かを思い出すように窓の外を見つめた。

 意外と過激なゲームだ。

 天井の蛍光灯が一瞬ちらつき、教室に影が揺れる。


 死はひとまず置いておいて、要するにチャレンジカードの使用条件を満たすように得点を割り振りながら、イベントカードに人生を左右されればいいのだろう。

 なんとなく言いたいことはわからなくもない。

 つまり人生ではいろいろな状況変化の中でのリソース管理が大事だというのが生沼先輩の考えなのだろう。

 なんとなく人柄が感じられて面白い気がする。


「雰囲気はわかった気がします」と私は言い、カードの山に手を伸ばした。

「とりあえず一回やってみましょう」


 木製の机の上でカードがこすれる音が小さく響く。

 ゲームは序盤から生沼先輩が優位に進んだ。

 合間合間に先輩からアドバイスは受けたもののやはり製作者と初心者では理解度がまったく違う。

 先輩の指先が素早くカードを選び、盤面を操る様子には慣れた確かさがあった


「このカードを使って能力点を上げると、次のターンでこのチャレンジが可能になるんだ」と先輩は説明しながら、着実に自分の立場を強化していく。 。


 先輩が高めた能力点から大仕事をこなし、金銭点を得たり、資産の購入や結婚で幸福点を稼ぐのをながめながら、なるほどああいうふうにプレイすると効率が良いのか、次はがんばろうと思っていたところで状況が変わった。


 生沼先輩がイベントカード「大病」を引いたのだ。

 このカードは健康点がマイナス五点されるという恐るべき効果となっている。

 健康点の数値を余裕をもって管理していないと即死しかねない。


 死にこそしなかったものの健康点がマイナスまで落ち込んだ生沼先輩はその後動きづらそうにしていた。

 このゲームでは意図的な行動はチャレンジカードで行うのだが、大きな成果を得ようとすると健康点の減少がつきものなのだ。

 結局私に逆転を許すことになってしまった。


「どうだった。実際にやってみて」


 ほぼ勝っていた状況から不運で逆転されたにもかかわらず、生沼先輩は特に悔しさも見せずに訊いてくる。


「これク……、運ゲーでは?」

「たまたまだよ。

 実際あそこまでひどいカードはそんなにないよ。

 あれともう一枚だったかな」


 ……下手すると即死するようなカードがまだ他にもあるのか。

 いや人生が運ゲーであるというのは私の思想と合致するところであるのだけれど、こういうのはちょっと違う気がする。

 先輩はとまどう私を気にせずに続けた。


「僕からするとこの枚数に二、三枚くらいこのぐらいの不運がまぎれている方がリアルな気がするんだよね」


 その言葉を口にするとき、先輩の瞳に一瞬だけ遠くを見るような光が宿った。

 何かを思い出しているようだ。

 しかし、すぐに私に向き直り、「他に何か気になるところとかあったかな?」と尋ねた。

 机上に散らばったカードの影が、まるで誰かの人生の断片のように見えてくる。


 リアリティーを求めすぎて、ゲームバランスがおかしくなってはないだろうか。

 まあパーティーゲームだと思えばそのくらいの事故要素もありなのかもしれない。

 けれど先輩の言う「リアル」という言葉に、単なるゲームバランス以上の何かが込められているようにも感じられた。


 他に気になる点……。

 私はカードを一枚一枚確認しながら考えた。

 傾いた夕日の名残りが、カードの端に赤い光を落としている。

 一番気になったのは結婚と子供の扱いだ。


 結婚するのも子供を作るのも条件を満たしてチャレンジカードを使うことで成立する。

 それはいい。

 気になるのはそれらが幸福点としてのみ扱われていることだ。


 指で「結婚」と書かれたカードをそっとなぞり、思わずため息が漏れた。

 このゲームの中においては不幸な家族は存在しない。

 結婚しなかった方が良かった夫婦も、生まれてこなかった方が良かった子供も存在せず、全ての家族は自動的に幸福なものとして扱われる。


 生沼先輩の中で不幸な家族というものが大病を患うことよりもリアリティーがないことに少しの寂しさを憶えたものの、それを強弁したところでゲームが良くなるわけでははない。

 私は喉の奥に沈んだ言葉を飲み込み、別の点について話すことにした。


「チャレンジカードが条件を満たしていると自動的に成功になるのがちょっと気になりますね。

 チャレンジっていうくらいだからたとえばサイコロとかで成否を決めてもいいんじゃないかと思いました」


 生沼先輩は首を少し傾げ、考えるような仕草を見せた。


「私も最初はそうしようかと思ったんだよ。

 対応する得点次第で必要なサイコロの目も変えたりとかもね。

 でもそこまでやってしまうとややこしくなりすぎる気がして、取りあえず今の形にしてる」


 まあ確かに二種類のカードを使う上にさらにランダム要素を付け加えるとややこしくなりすぎるかもしれない。


「とりあえず思いついたのはそのくらいですね。

 何回かやればまた思いつくかもしれません」


 さすがに今回は「大病」カードが印象的過ぎた。

 バランスが悪いように思えたけれど、滅多に起こらないことかもしれない。

 何回か試さなければ判断することはできないだろう。

 本物の人生じゃあるまいし、一回だけでクソゲーと判断するのは適当ではない。

 ついでに訊いてみる。


「一応訊いておきますけど、なんか定石とかありますか?

 バランスを確かめるためのテストプレイなら最低限知っておきたいです」

「といってもそんなにないかな。

 いちおうまず能力点を高めて、チャレンジカードを使って金銭点を稼ぐのが想定している順番だね。

 でも能力点がいくつ必要かはカードによって違うし、引いたカードによっては金銭点を先に上げた方が効率がいい場合もあるよ。

 金銭点で能力点を買うカードもあるし」


 すべては引いたカード次第というわけか。

 散らばったカードの束から一枚を無造作に引き、その文字を眺める。

 まあ人生とはそういう物だと言われたとしても、私にはそんなに異論はない。

 むしろ肯定せざるを得ない経験ばかりだった。


 とりあえず気になったことは聞けたので次のゲームを始めることにした。

 二ゲーム目は私がツイていた。

 実際の人生もこうだったら良かったのに。

 引くカード引くカードがその場で必要なカードであり、順番に出していくだけで効率よく得点が稼げていく。

 生沼先輩もプレイにそつは無く、充分に効率的にプレイしていたものの、結局運の差で私の勝ちとなった。


「なんか順調すぎて実際の人生もこうだったら良かったのにって感じです」


 率直な感想を述べる、その言葉が思ったより重く響いた。

 生沼先輩は少し首を傾げ、苦さの混じった笑みを浮かべながら言った。

 その目は何か遠くを見ているようだった。


「何か嫌なことでもあるの?」


 山ほどありました、とも言えない。


「いえ、何もないです。

 ただの感想です」


 言葉を選びながら次のゲームの準備をする。


 今のゲームではバランスそのものに特に不満は無かった。

 私の引きが良すぎたせいで一方的な展開になってしまったが、ランダム性を含んだボードゲームとなればそういうこともあるだろう。

 運だけでゲームが決まってしまうような展開が頻発するかが問題だ。

 とりあえずある程度数をこなさなければ調整にならない。


「じゃあもうひと勝負、行こうか」

「はい。よろしくお願いします」


 私はカードを受け取り、その質感を確かめるように指先でなぞった。

 次は運だけで勝つのではなく、少しぐらい上手いプレイをしたいなと思った。

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