第3話 正反対の人間 6
蛇足を少し。
帰宅して予定通りふて寝を敢行した。
ストレスがてきめんに胃腸に負担をかける体質なので、すでに胃の奥がじわりと痛み始めていた。
苦しくなる前に一度寝て気分をリセットするに限るのだ。
カーテン越しに差し込む午後の柔らかな光の中、布団に横になり枕を抱きしめる。
枕に顔を埋めると、洗剤の微かな香りが鼻をくすぐった。
頭の中で篠原さんとの言い争いを反芻しそうになるのを押しとどめ、意識が遠のいていくのを待つ。
ついたてがノックされたのはそんな時だ。
村尾さんだろう。
「何か用ですか?」
眠気で少し掠れた声が自分の口から漏れる。
「ちょっと確認したいことがあって……」
何だろう。
体を起こすのも面倒で、布団の中で小さく身じろぎする。
面倒くさくないことならいいけれど。
「さっき僕は全部瀬島さんの思い通りになって篠原さんと喧嘩になったって言ったけど、よく考えたらそれは違うんじゃないかって……」
「んー」
それか。
眠いので上手く言葉が出てこない。
言われるがままに任せることにしよう。
「たぶんこの結末も予想の一つではあったんだろうけど、瀬島さんは本当は家族のことを知った篠原さんが態度を変えることを期待してたんじゃないの?」
家族のことを知って、私がなんのために勉強しているかを知って、篠原さんが態度を変えることを期待した。
もしかしたら友達になれるかも……、なんて。
確かにその通りだった。
私はここで言うべきなのだろうか。
ついたての向こう側にいる誰かさんがあまりにもあっさりと私の家族のことを受け入れてくれたから、もしかした他の人も……、なんてうっかり思ってしまったことを。
そんなことあるわけがないのに。
だれもがロボットのように生きられるわけではないのだ。
もちろんそんなことを言えるわけがない。
私にだって羞恥心くらいある。
だから嘘をついた。
「そんなことありません。
考えすぎですよ」
「そう……」
村尾さんの返事は一言だけ。
その一語に何が込められているのか、読み取ることはできない。
ついたての向こうからは、紙をめくる小さな音だけが聞こえてきた。
信じてもらえたかどうかは自信がない。
まあ他人の内心なんてわかるわけがないわけで……、どちらでも大差ないだろう。
そう自分に言い聞かせながら、再び枕に頭を沈めた。
窓の外では、夕暮れの橙色の光が少しずつ薄れていた。




