第3話 正反対の人間 5
さてここは推理小説の犯人よろしくごまかすべきなのだろうか。
正直面倒くさい。
ただ何かばれるようなことをやらかしていたとしたらそれは確認しておくべきだろう。
「まあそれであってるんですけど、どうしてそう思いました?」
「完全に勝手に内心を想像しているから不愉快かもしれないけど、瀬島さんってたとえ先生にだって家族のことを話すタイプじゃないと思うんだよね」
「まあその通りだと思います。
だれが望んであんな奴らの話をするかって感じですね」
「それにあんなに絡まれている相手がいるならなおさら。
なにか必要があって話すにしても最低でも周囲に聞かれて問題がある人がいないことは確認すると思った。
だから逆なんじゃないかって。
起こりそうにないことが起こっているってことは瀬島さんが何らかの意図をもって自分から篠原さんに聞かせたじゃないかって思った」
まあ納得できる推論ではあるかな。
それにこの理由なら付き合いが浅い篠原さんやクラスの人たちにばれる可能性はそこまでなさそうだ。
一安心。
とはいえついでに聞いておくべきことはある。
「じゃあその意図ってなんなんですか?
私にとって損ばかりじゃないですか。
家族のことは知られるし、それをネタにしてまた馬鹿にされる。
ついでにストレスでお腹が痛くなるし。
どこに得があるっていうんですか」
「だから現状が答えだと思う。
瀬島さんはだいぶ不愉快な思いをしたし、それがデメリットなのは間違いない。
ただそのかわりにこれから篠原さんと喧嘩する格好の大義名分を得たわけだね。
僕も経験があるんだけど、あの手の人ってあんまり自分が他人に嫌がられてる自覚がないから、相手にすると面倒なんだよね。
今の状況なら相手も嫌われているって遅まきながらながら自覚しただろうし、周りから横やりが入っても十分に距離をおく言い訳ができる。
そういうことだと思うんだけど、どうかな?」
「まあだいたいその通りですね」
まったくもって嫌われるようなことをしている自覚がない相手というのは厄介なものなのだ。
他人を露骨に見下して来るくせに、なぜか好かれるとでも思っているように見える。
よっぽど自分に自信があるのだろうか。うらやましいことだ。
そのくせ拒絶されるとこちらに責任を押し付けるのだ。
これまでも何度もこういうことがあった。
これからもあるだろう。
明確に敵対関係を演出するというのはああいう相手に対する私なりの防衛策なのだった。
「とはいえ村尾さんだってああいう相手に閉口したことはあるでしょう。
今回の私が取った手段にだって文句はつけられないはずです」
「文句をつける気は元からないんだけどね。
でも僕がああいう人に困ったことがあるかって言うと特にないなー」
「そうなんですか」
それはなかなか健康的な精神をお持ちだ。
私なんていちいち腹が立って仕方がないのに。
「うらやましいですね。
それは」
「そうかな。
ああいうこと言われても特に何も感じないし、前にも言ったけど特にやりたいこともない。
つまるところ僕はあの人たちが言うところの個性のないロボットなんじゃないかと思ったこともあるよ」
「それは……、本当に羨ましいです」
思わず羨望が口から出てしまったが、これは明らかに失言だった。
村尾さんがそんな自分自身を好んでないことが言葉の端々から感じられたからだ。
ただ村尾さんは特に気にした様子もなく続ける。
「こう言われると不愉快かもしれないけど、僕からしたら瀬島さんの方が羨ましいよ」
その言葉は実際に不愉快だったが先に失言をしたのはこちらだ。
黙って受け入れるしかない。
ただ内容については少し気になった。
訊く。
「私が羨ましいってどういうことですか?」
羨ましいと思われるような覚えはない。
村尾さんの前では右往左往してばかりで恥ずかしいところばかり見せている気さえする。
村尾さんのような冷静な対応ができれば良かったのにと思うことばかりだ。
私のそんな疑問の言葉にももちろん村尾さん冷静だ。
相変わらず顔色ひとつ変えることなく答える。
「結局のところ瀬島さんには強い動機があるんだと思う。
感情が行動の原動力になっている。
僕にはそれがないんだ。
羨ましいよ。
瀬島さんには取り戻したいもの、正したいものがある。
僕にはない。
ただ流されているだけ」
夕暮れの光が村尾さんの横顔を照らしている。
その表情には羨ましいという言葉に反してなんの揺らぎもない。
「それが僕たちの決定的な違いなんだろうし、瀬島さんの方が人間として正しいと思うよ」
強い動機……。
そんなものが私にあるのだろうか。
取り戻したいものは確かにある。
実家での無駄な時間を取り戻さないと私の人生は始まってすらいないと思うくらいに。
無意識に右腕を左手でつかんでいた。
ただそんなものはマイナスからゼロに戻ろうとしているだけだ。
そんな動機なんて最初から無かった方がいいだろう。
村尾さんには言わなかったが、そう思う。
「そう考えるのも瀬島さんらしいね」
村尾さんの言葉に少し驚く。
こちらの内心が読まれたようで少し不気味だった。
「でも、奪われた物を取り戻そうとするのも、それはそれで立派な動機だよ。
僕には明確なスタート地点さえない。
だからどこに向かって進めばいいのかわからない」
村尾さんの表情はいつも通り読みづらい。
けれど、その言葉には確かに羨望の色が混じっているように感じた。
「……私の場合は取り戻そうとすることがすべてで積極的な方向性なんてないですけどね」
「取り戻そうとすることがすべてじゃないでしょう。
瀬島さんは生沼先輩の件でも、自分のことだけにこだわるんじゃなくて、生沼先輩のためにも怒っていた。
それは瀬島さんが前に進むための力を持っているからだと思う」
村尾さんの言葉に返す言葉が見つからない。
自分でも気づいていなかった側面を指摘されたような気がした。
私は本当に何かを前に進めようとしていたのだろうか。
村尾さんは続けて言った。
「まあ、お互い足りないものがあるということだね。
僕は瀬島さんからもっと学びたいと思ってるよ」
言い終わると村尾さんはまた歩き出した。
私はその背中を見ながら、少し考え混んでいた。
今はマイナスからゼロに戻ろうとするだけだけれど、いつかは何か目指すものが見つけられるのだろうか。
今の時点では答えはまだ出せそうになかった。




