第3話 正反対の人間 2
このところ放課後は生沼先輩に勉強を教えてもらうことが多い。
単純に内容を理解している人から習う方が効率が良いというのもあるし、生沼先輩の周辺でトラブルが起きたときに対処するためというのもある。
さいわいなことに他人の眼があるところで嫌がらせをするのは気が引けるのか、最近は大きなトラブルは起こっていないようだ。
もしほんの少しでも効果があったのなら勉強会をしている意味があったというものだ。
ただ、生沼先輩が用事があるとかで今日の勉強会はお休みということになっている。
とはいえ習慣づけるのは大事だ。
放課後しばらくは勉強の時間にしよう、と図書室に向かおうかというところで担任に呼び止められた。
この担任は比較的若い教師で、どうやらクラス担任というのも初めてらしい。
どことなく落ち着かない様子で話しかけてきた。
「瀬島さん、最近三年生の生沼さんに勉強を教わってるんだって?」
「はい。
それがなにか」
担任はしばらく考えるような様子を見せると言った。
「あまり先輩に迷惑をかけちゃいけないよ。
相手は三年生で受験も近いんだからほどほどにしなさい」
もっともな意見だ。
ただ、なんとなく本心からの言葉では無いように感じられた。
上手くは言えないのだけど声色とか視線の泳ぎ方とか。
警戒しながら答える。
「その辺は本人と話が付いています。
他人と一緒に勉強した方が自分も勉強時間が確保できるから歓迎すると言ってくれました。
教わっているといってもたまにわからないところを聞くぐらいです」
「そんなのは気を使っているだけに決まっているじゃないか。
本心では迷惑しているはずだよ」
そうだろうか。
そうかもしれない。
生沼先輩のことだから気を使っているということは十分にありうるだろう。
ただ、それを第三者に言われるのは気に食わない。
頭に血が上り始めるのを感じる。
だめだ。
落ち着かなくては。
「そうかもしれませんね。
でも私としては歓迎すると言ってくれた生沼先輩の言葉を信じたいです」
答える一方で考える。
この人は何が目的なのだろうか。
言葉通り生沼先輩のことを思っての話だとは私には思えなかった。
だって生沼先輩のことを思うのならば……、もっと他にしなければならないことがあるはずなのだ。
まさかこの人は生沼先輩の状況を知らないというのだろうか。
……というところで思い至った、我ながら少々気が付くのが遅かったかもしれない。
つまりこの人がだれの身を案じているかが問題だ。
「それとも何ですか、生沼先輩にかかわっていたら私に何か悪いことでも起こるとでもいうんですか」
急すぎる話題の切り替えに先生は驚いたようだった。
ただその驚き方は図星を刺されたもののように感じた。
腕の傷が熱を持ち始めるのを感じる。
あの日々を思い出させる感覚。
誰も助けてくれなかった記憶が鮮明に蘇る。
続けて言う。
「要するに生沼先輩が抱えているトラブルについて先生は知っているわけですね。
それで私が巻き込まれないように先輩と距離を置かせようとしている。
違いますか」
先生は目を白黒させていた。
けれど……、少しの間を置いてうなずいた。
「瀬島さんが心配なんだよ。
あの子と関わっていたらどんなトラブルに巻き込まれるか……。
わかるでしょう」
「わかりたくないですよ。
そんなこと。
それに先生が心配すべきなのは私じゃなくて生沼先輩のことでしょう。
もしそうじゃなくて私と生沼先輩が関わらなくなれば解決すると思っているのなら……」
ちょっと言葉がすぎるかもしれない。
ただ言うべきだと思った。
「先生が心配しているのは私じゃなくてご自分の立場でしょう。
そうでないというのなら生沼先輩を助ける方法をもっと真剣に考えるべきです」
気に入らなかった。
気に入らなかった。
気に入らなかった。
トラブルの渦中にいる人間には関わらなければいい。
確かにそれが賢いのだろう。
ただそれは私が実家で暮らしていた時に周囲から受けていた扱いと変わらない。
その賢さとやらは私を助けてくれなかった。
だったら私は愚かでいい。
いや、愚かであるべきだと思う。
通じるはずもないけれど、一応言葉にする。
「私のことを心配する必要はありません。
何があっても自業自得です。
もし自分の立場のために私を止めたいというのでしたら正直にそう言ってください。
少しは考えます」
まあ考えるだけだろうけど。
先生は眼を閉じ、少し考えていた。
それから眼を開くと言った。
「言いたいことはわかった。
私もどうするべきか、少し考え直してみるよ。
でも瀬島さんも危ないことだけはしないでね」
……まさか通じたのだろうか。
拒絶される前提で話をしていたので、思わず言葉に詰まってしまった。
右腕をさすりながら、成功した会話の珍しさに少し困惑する。
これまでなら傷を増やすだけで終わっていたはずなのに。
なんとなく気まずい空気が流れる中、先生が話題を切り替えるように言った。
「そういえばもうすぐゴールデンウイークだけど瀬島さんは帰省とかするの」
「……いえ、しません」
実家になんて二度と近づきたくない。
適当な理由をでっち上げようかと思ったところでふと気が変わった。
周囲を見回す。
そこまで大声を出したつもりはなかったけれど、ちょっともめていたのでこちらに注意を向けている人は何人かいた。
けれど別に聞かれて困る相手はいなかった。思い切って言う。
「家族仲が悪いので、実家にはできればもう二度と帰りたくはないですね」




