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そして、出店二日目。お祭りは三日目に入り、『山車引き廻し』という四つの山車が一度に出現する目玉の日だ。この日が一番出店も人も多い。
商店街を四つの地区に分けて、それぞれが毎年工夫を凝らした山車を用意している。毎年時代劇の飾りを載せる地区や、子ども向けのかわいいキャラクター路線の地区、流行りもので固める地区など、コンセプトが違っていて楽しい。
出店の前の道も山車が通ることになっているから、今日は店番をしながらでもお祭り気分が味わえるかも。昨日は慌ただしくて、お祭りを楽しむどころじゃなかったし。
……と思っていたのだが。
「夏芽、ぜんざいの注文が多すぎて白玉がなくなりそうじゃ」
「ええっ、本当!? 白玉粉はまだあるよね。奥でこねてくるから、とりあえず注文を受けるのはヒノに交替してもらっていいかな」
「了解した。ぜんざいのお客さまには、時間がかかることを伝えたほうがいいかの?」
「そうだね、お願いします!」
昨日と比べものにならない、予想以上の混雑っぷりだった。
「それにしてもすごい行列だニャン」
「なんで今日はこんなに人が多いんじゃ?」
「く、口コミかもしれないんだな」
みんなも、なんだか目を回しているようだった。
「みんな、大丈夫? ちょっと休憩する?」
「あたいたちのことは気にしなくて大丈夫。昨日より今日のほうが混むなんて、夏芽の料理がおいしかった証拠じゃない」
気を遣って声をかけたのだが、ミヅキに嬉しい言葉をもらってしまった。
「ありがとう。今日で終わりだし、頑張るね」
おばあちゃんに報告するためにも、しっかりやりきって幕を閉じたい。
注文を取って、みんなに伝えて。お釣りの計算をして、渡して。みんなが疲れたときの補助に回って。やっていることがシンプルなぶん、気を抜いたときにどっと疲れが出る。
何度目かの追加の白玉をこねていると、自分が汗びっしょりなことに気付いた。
今まで学校が苦手だったし、学校行事にもこんなに真剣に打ち込んだことがなかった。いつも『早く終わらないかな』ということばかり考えていたし、運動会なんて『雨で中止になればいいのに』って毎年願っていた。
頭が真っ白になるまで、汗だくになるまで何かひとつのことをしたのって、初めてかもしれない。
一生懸命になるのって、誰かのために動くのって、とても気持ちがいいことなんだなとわかった。
もう少し早く知りたかった。それとも、今からでも間に合うのかな。
最後の白玉粉の袋が、カラになる。
「もう、白玉粉もなくなっちゃった」
焦りながらみんなに報告すると、
「うどんももう少しじゃ」
「あんこも残りわずかよ」
「きゅうりもじゃ」
「ひやしあめもニャン!」
と返事が返ってきた。
「もう祭りのほうも終わりの頃じゃし、この行列が終わったら店じまいかの」
「そうだね、並んでる最後のお客さんで終わり……っ」
首を伸ばして最後尾を見ると、見慣れた背の高い姿があった。
紺色に縦縞の浴衣、猫のお面、底の高い下駄を履いた、天狗さま――。
「いらっ、いらっしゃいませ。ごちゅ、ご注文をどうぞ」
天狗さまを確認した瞬間、動揺してお客さまの前で台詞を噛んでしまった。顔は赤くなるし、お客さまにはくすくす笑われるし、このまま透明になってしまいたい気持ちでいっぱいだ。
「まだ高校生くらい? えらいね、おじいちゃんと頑張ってて」
私が縮こまっていると、お客さまが声をかけてくれた。うちのお母さんくらいの年代の、ふだん着にエプロンの女の人。たぶん、近所の人なのだろう。
「は、はい。高校生です」
「ほたる亭って、おばあちゃんが経営してると思ったけど」
「この間から入院してて……」
「あら、そうだったの。大変だわねえ……」
お客さまは、心底心配した様子で眉尻を下げた。社交辞令じゃないって、私でもわかる。
「昨日お祭りに行った娘から、ここの出店がおいしかったって聞いて来てみたのよ。なくなる前で良かったわ」
「あ……。ありがとうございます!」
ぜんざいとうどんを渡すとき、「入院しているおばあちゃんにもよろしくね。頑張ってね」と言ってくれた。
「夏芽、良かったのう」
「……うん」
こんな私のことも褒めてくれたのが嬉しかった。頑張っていたら誰かが見てくれるんだってことが、やっと重さを伴って胸の中にすとんと落ちてきた。
たくさんの人に向けて作る料理も、けして一方方向じゃなく、ひとりひとりと繋がっている。料理を渡していると思っていたけれど、私のほうがたくさんのものを受け取っていたんだ。
夏祭りで、ううん、この夏で感じたいろんなことを、ちゃんとおばあちゃんに伝えたい。
ひとり、ひとりと行列の人数が減って、天狗さまが近づいてくる。長髪の成人男性がお面をかぶって不思議な下駄を履いているので、最初はみんなじろじろ見ていたが、やがて誰も気にしなくなった。
どんな事情の人がお祭りに来たっていいじゃない。町の人たちが、そんな大らかな気持ちで天狗さまを見てくれていることがとても嬉しかった。
「こ、こんばんは。来てくださったんですね」
とうとう、天狗さまが目の前に来た。正体を実感してからの初めての対面なので、とても緊張してしまう。
「ご、ご注文はどうしますか」
天狗さまは、少し迷ったあとはっきりした声でこう言った。
「ぜんぶひとつずつ」
「ぜ、ぜんぶですか? ちょっと待ってくださいね」
「ちょうどぜんぶ、最後のひとつだニャン!」
品切れのものがないか確認しようとすると、奥からソウセキが叫んでくれた。
「良かった。作るので、少々お待ちください」
そう伝えると、彼は浴衣の懐からがま口を出した。一生懸命何かを数えているようだが、もしかして小銭?
天狗さまってお金を持っていたんだ。もしかしてお賽銭かしら、と想像してしまったが、さすがに神さまからお金をいただくわけにはいかない。
「あ、あの。今日はお祭りだし、ごちそうさせてください。この前いただいた木の実も山菜も、とってもおいしかったし」
彼は戸惑っている様子だったが、私が「ここは引かないぞ」という態度でいると、
「……ありがとう」
と言ってくれた。
「うどんの盛り付け、終わったんだな」
「ぜんざいもできたわよ!」
みんなが続々と、最後の注文を私のところに持ってきてくれる。どうせここにはもう天狗さまと私たちしかいないんだし、奥から出てきてしまっても関係ない。
「お待たせしました。ひやしあめと、きゅうりと……」
注文をひとつずつ彼に渡していくうちに、はたと気付いた。
この量って、ひとりで持てないんじゃ?
「夏芽。店じまいの札はかけておくから、少し一緒に祭りを歩いてきたらどうじゃ」
私の様子に気付いて、ヒノがそんな提案をしてくれる。
「で、でも」
「ひとりでは持てないんだし、のう?」
ヒノが天狗さまに目配せすると、彼は素直にうなずいた。
「頼む」
「は、はい……」
直接頼まれて、断れるわけがない。
「じゃあみんな、戻るまでよろしくお願いね」
三角巾やエプロンを外して出てきたが、よく考えたら今の自分って、けっこうみすぼらしい恰好かも。
何の変哲もないTシャツは汗でびしょびしょだし、ひとつにまとめただけの髪の毛もぼさぼさだし、こんな姿で彼の隣に立つのが恥ずかしい。
蓋をして袋に入れたうどんとぜんざいを持ったまま、旅館の入り口に立ち尽くしてしまう。
彼はそんな私をじっと見つめていたが、つかつかと近寄ってきたと思うと、きゅうりとひやしあめをひとつ手にまとめて、私の手を掴んだ。
「えっ」
「おいで」
きゃーっという、ミヅキの興奮した声が聞こえる。
彼がそのまま歩き出してしまうので、手を引かれたままついていく恰好になった。
手をつないだまま夏祭りを歩くなんて、こんなの、こんなの、デートみたい。初めての経験に、どうしていいのかわからなかった。ただ黙って彼に合わせて歩くことしかできない。……でも。
着ているものも釣り合っていないし、天狗さまの姿は目を引くのに、不思議と人目が気にならなかった。守られている安心感があるからだろうか。いっぱいいっぱいで、それどころじゃないだけかもしれないけれど。




