(5)
ぶっかけうどんの具も天かすとネギに決まり、いよいよ夏祭り前日になった。
おばあちゃんの容態は安定しているけれど、ずっと眠ったまま。
もしかしたらおばあちゃんは、天国にいるおじいちゃんに早く会いたいのかもしれない。おばあちゃんがそれを望んでいるのだとしたら、目を開けてはくれないかもしれない。どうしたら、おばあちゃんが「まだ生きていたい」と思ってくれるだろう。
「人間の一生は短いのに、どうして満足できるんじゃと思っていたんじゃが、時間の長さは関係ないかもしれないのう」
私の話を聞いたヒノが、しみじみとつぶやいた。
屋台を出すのはお祭り二日目のあさってからだけど、荷物の搬入は今日終わらせてしまうらしい。町内会長さんが、毎年使っているコンロや冷蔵庫などを出店スペースに運んでくれたので、私たちは実際にその場で作る練習をしている。
みんなは見えないように作業をする練習で、ヒノは人間の姿のまま料理する練習だ。この前の仙人のようなおじいちゃんだと目立ってしまうため、髭は剃らせてもらった。すっかり、上品なおじいちゃんだ。
Tシャツにエプロンがミスマッチだけど、イケメンに化けられて目立つよりはいいだろう。
「時間の長さは関係ない?」
聞き返すと、ヒノは白玉だんごを鍋から引き揚げながらうなずいた。うん、見た感じ、茹で具合はバッチリだ。
「うむ。どれだけその人が満足できる人生を歩んできたか、じゃ。長く生きていても不満そうなあやかしはいるし、ソウセキの猫の人生なんて十二年じゃが、ずいぶん幸せそうじゃったろ」
「確かに……そうだけど」
私より短い時間しか生きていないけれど、ソウセキは日暮さんと、人間の一生分くらいの時間を過ごしたと思う。それはわかるのだけれど、ヒノの言葉にうなずいてしまったら、悲しい事実を認めてしまうことになる。
「じゃあ、満足しちゃったらもう、生きてはくれないの?」
私が泣きそうな声を出してしまったから、ヒノはぽんぽんと頭を撫でてくれた。狐の前脚みたいにふわふわじゃないけれど、しわくちゃな手のあたたかさはいつもと変わらなかった。
「そんなことはない。新しい楽しみを見つければいいんじゃ。カガミが泳ぐ楽しみを見つけたように、夏芽が皐月さんの新しい楽しみになればいいんじゃ」
「私が?」
「孫の成長を見るのが一番の楽しみだと、よく聞くからのう。夏祭りを成功させて、それを皐月さんにわからせてやるんじゃ」
「うん……!」
マイナス思考を断ち切るように、思いっきり元気よく返事をした。
枕元で、たくさん話を聞かせてあげよう。どれだけみんなが頑張ってくれたかも、いっしょに。
「本当は、恋人でも連れてきたら一発な気がするんじゃがのう」
「えっ」
ヒノの唐突な発言に、びっくりして文字通り飛び上がってしまった。よく考えたら、私が天狗さまを好きなことは知らないはずなんだから、こんなに驚くことはなかったんだけど。
「早くひ孫の顔が見たい、と言って、すぐに目を覚ますかもしれん」
「な、な、何言ってるの。そんなの、まだ先のことだよ」
「むう、ひと昔前は夏芽くらいの歳で結婚していたものじゃがのう」
いったい、いつの時代の話をしているんだろう。
「なになに、恋バナっ!?」
ミヅキが大きな声を出すものだから、他のみんなもわらわらと近くに集まってきてしまった。
「ち、違うってば! もう、ヒノが変なこと言うから……!」
「はて、何のことかのう」
ヒノはもしかして、私に好きな人がいることに気付いているのだろうか。
たまに神さまだということを忘れて、気のいいおじいちゃんのような感覚で接してしまっているけれど、ヒノは本当に油断ならない。
そして、お盆と夏祭りが始まった。
一日目は出店がないので、お母さんとお墓詣りをしておじいちゃんを迎えに行った。今年はおばあちゃんがいないから、家に帰ってきたおじいちゃんも心配しているだろうと思う。
夕方には、ソウセキたちと天狗行列を見に行った。山の上の神社から町まで下りてきて、さらに商店街の中を練り歩くので、暑い中時間がかかって大変そうだ。私たちは、商店街の時間だけ見に行った。
天狗の中には人が入っているとわかっているけれど、やっぱりドキッとしてしまった。彼もどこかで、この行列を見ているのだろうか。
夏祭り二日目。いよいよ出店一日目だ。昼間は小雨がぱらついていたけれど、夕方にはすっかり上がっていた。
この雨も天狗さまが降らせていたのかなと思うと、胸がくるしくなってしまう。不器用で優しいあの人は、いつだって町のことを心配している。
そう、私が特別じゃないんだ。
「夏芽、どうしたニャン? 緊張してるニャン?」
出店スペースのカウンターに待機していると、ソウセキがうしろから声をかけてきた。
お祭りが混み始めるのは七時くらいからだけど、日の沈む前からちらほら歩いている人は見かける。
「大丈夫だよ、ありがとう。今日はがんばろうね」
「みんなついてるから、安心するニャン! そうだ、あれやりたいニャン、人間がよくやってる、えいえいおーって手を合わせるやつニャン」
「もしかして円陣かな?」
私、老人に化けたヒノ、ソウセキ、カガミ、ミヅキ、ミモリで円になる。私とヒノは腰をかがめて、みんなで片手と前脚を重ねた。
色とりどりのちいさな手。ふわふわのものも、つるつるのものもある。真鍋町に来てから知り合ったあやかしや神さまたち。出会った頃は、こうしてみんなで一緒に何かをするなんて思っていなかったな。そうしみじみと考えると、胸が熱くなってきた。
「これから、どうするニャン?」
「かけ声をかけるんじゃなかったかのう」
円陣を作ったまま先に進まずにいると、ソウセキとヒノが相談し始めた。
「夏芽が号令をかけてくれニャン」
「え、わ、私?」
「夏芽以外におらんじゃろう」
急に言われたから、あたふたしてしまった。こういうのは得意じゃないんだけど、みんなが期待のこもった目を向けてくるから、しどろもどろになりながら必死で言葉を絞り出した。
「ええと、じゃあ、夏祭りの成功を願って、頑張るぞー!」
「おーっ!」
みんなの声がそろって、余韻を残しながら消えていく。
外から見たら、おじいちゃんと女子高生がなぜか小さくなって円陣を組んでいる奇妙な光景だと思ったら、おかしくなってきた。
「夏芽、やっと笑顔になったニャン」
「え?」
「なんでもないニャン。あ、お客さんが来たかもニャン!」
「えっ、嘘。あっ、ほんとだ!」
記念すべき一組目のお客さまを皮切りに、歩行者天国となった商店街にはどんどん人が増えていく。暗くなっていくと同時に、まわりの屋台からもおいしそうな匂いが漂ってきた。
「夏芽、ひやしあめふたつニャン!」
「こっちは、きゅうり三本じゃ!」
夏祭りの屋台なんだから、並んだとしても二、三人だよね、と高をくくっていたのが甘かった。
食堂が屋台を出している、という意外性なのか、メニューが多いという話題性なのかわからないが、完全に夜になった頃にはお客さまの列が道路の端から端まで続いていた。これだと間を通る歩行者が困ってしまうので、中間地点で折り返してもらうように、ヒノにお客さまを案内してもらう。
「いやあ、すごい行列じゃのう」
戻ってきたヒノはすぐにお湯を沸かし始めてくれた。
「ありがとう、ヒノ。白玉とうどん、二人前ずつお願いします」
いちおうノートを用意してきて良かった。注文を受けた順に内容と値段を書き込んでいるから、渡す順番を間違えることもない。
「了解じゃ。並んでいる人間たちの話し声が聞こえてきたんじゃがの、みんなほたる亭のことは知っているみたいじゃったのう。昔よく飲みに行っていて懐かしいという老人や、幼子なんかも、子ども会の行事で宴会料理を食べたことがあるみたいじゃった」
「そうなんだ……。ありがたいね」
ちいさな町のちいさな食堂だけど、その食堂すら少ないこの町では、ほたる亭はいろいろな場面で町の人たちの胃袋を満たしてきたのかもしれない。
あやかしや神さまだけじゃなくて、町の人たちにとっても、ほたる亭はなくてはならない存在なんだ。
もしこのままおばあちゃんが目を覚まさなかったら、ほたる亭も……。
嫌な想像が頭をかすめ、ぶるぶるっと首を振った。
私が信じないで、頑張らないでどうするの。みんなが協力してくれて、助けてくれているのに、私が弱気じゃいけない。
「わあ、このぜんざいのあんこ、おいしいね!」
「白玉も、もちもちだよ~」
旅館のイートインスペースに座った、浴衣の女の子たちの会話が聞こえてくる。身を乗り出して覗いてみると、ほたる亭の出店メニューを持ったお客さまたちが、みんなにこにこ笑顔で手と口を動かしていた。
急にむくむくと力がわいてきて、無心で給仕に専念する。
それから、どれだけたくさんの注文を受けてきたのだろう。どのくらい時間がたったのかもわからないくらいだったが、ふうっと息をついて汗をぬぐう私に、ソウセキがひやしあめを持ってきてくれた。
「あ、ありがとう、ソウセキ」
「夏芽、行列がだんだん捌けてきたわい。もう少し頑張るのじゃぞ」
ヒノも力強い声をかけてくれる。
ピークを越えたのか、提供がスムーズにいったのかわからないが、一時期どうなるのだろうと思った行列の人数も落ちついてきた。
「もうすぐひやしあめがなくなりそうニャンだけど、お祭りって何時までなのニャ?」
「きゅうりも残り少ないぞ」
「何時なんだろう……。町内会長さんには、他の屋台が引き揚げ始めたら店じまいにしていいって言われてるんだけど」
たぶん、山車がそれぞれの地区の集会場に戻ったらお祭りも終わりで、その頃には来ている人たちも少なくなっているのだと思うけれど、それまでに材料が持つだろうか。
ひやひやしていたのだけれど、ちょうどひやしあめときゅうりが切れる頃には周りの屋台の店じまいも始まった。
「完売おめでとうニャン!」
「きゅうりも大人気だったぞ!」
カラになったひやしあめの鍋ときゅうりの浅漬けが入っていたタルを覗き込みながら、みんなが嬉しそうな顔をしている。
「きりがいいところで終わって良かったわね。茹でる前のうどんと白玉はともかく、ひやしあめときゅうりは余ったやつを明日売るわけじゃないから、もったいないでしょ」
「ほんと良かった~。でも明日は一番盛り上がるし、余ったらみんなで打ち上げするときに食べればいいから、今日よりは多めに用意しておこうかな」
「それがいいかもしれないわね」
片付けが終わる最後まで、周りの様子を気にかけていたのだけど、天狗さまらしき人は見当たらなかった。




