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ようこそ

 ピンと四肢を硬直させて空へ向けて突き出し、まるでひっくり返った巨大な彫像のようになってしまった汗血馬を横目に見ながら、やっと落ち着きを取り戻し、恐る恐るとりあえずそこここに取り残された人達の救助を急ぐ。

 いや、急ごうとした人々だったが、


「おい、あれ!」


 頭上を仰いだ誰かの声に、全ての行動は一時中断されてしまった。


 空から次々と騎獣が降りてきていたのだ。

 大型の肉食獣に巨大な羽を付けたような騎獣の腹には鞍と繋がったアーマーが取り付けられている。

 銀や黒、茜色の体毛が鋼のように陽の光を弾き、まるでそれぞれの光に包まれているように見えるその獣の姿は、背に騎乗する者は見えなくともその腹のアーマーに描かれた文様が彼らの身分を物語っていた。


 彼らこそが『守護者ガード』、ナナソウやメルカが入学を目指す学園が育て上げた者達であり、この国の人々の憧れでもある。


 巨大な体躯に関わらず、彼らはほとんど音も無く着地すると、素早く散開して周囲への聞き込みを行う者と、拘束されている汗血馬の様子を見る者とに別れた。

 特に相談した風に見えないのは、到着前に話し合いは終わっていたからだろうか?


 その中の一人、甲冑を纏った細身の人物がナナソウとメルカの方へと寄って来た。


「君たちそのクルマはどうしたのかな?」


 その声はくぐもっていて性別や年齢が伺えない。

 尤も二人ともそんな事まで考えられる程余裕もなかった。

 驚きと喜びでガチガチになったまま受け答えをしていたのである。


「はい、ここに突っ込んで動けなくなってしまったみたいで。中の人は怪我をしているみたいですけど意識はあるようです」

「そうか、少し離れてもらえるか?」

「あ、はい!」


 二人は言われた通りにその場から離れる。

 そのまま周囲を見た二人は、既にクルマに閉じ込められた人々の救出や倒れたけが人などの治療が始まっているのに気付いた。

 汗血馬にも新たに何やら術式が施され、運搬用のロープがナナソウの掛けたロープに組み合わされる形で掛けられていく。


「あ、すみません。そのロープ後で返してもらえますか?」


 慌てたナナソウが声を掛けた。

 作業をしていたガードの二人が不思議そうに少年に顔を向ける。


「そのロープ、俺のなんです。なくなると困るんで」

「お?という事はこいつを縛ったのはお前さんか?」

「あ、はい、そうですけど」


 ガードの一人、鎧の上からでもその筋骨逞しい肉体の伺える男が振り向いてナナソウを上から下まで眺める。


「ほう、うん、なるほど、鍛えているようだな」

「あ、はい。でも俺一人じゃ無理でした。彼女が……」


 ナナソウが示した方向にいたはずのメルカは、こっそりとナナソウの背後に移動しつつあった。

 そこで自分に話題が移ったのでびくりとして顔を上げる。


「ん?あ!……お」


 ガードの男はなにか微妙な反応を示すと、姿勢を正し、二人に向かって正規の礼を取った。


「民を救った功労者達に礼も取らずに失礼した。お二方共、守護者の名を持って感謝を」


 そのやたら丁寧な礼にナナソウは思わず背筋を伸ばして「はい!」と返事をしてしまう。

 そのガードの男と一緒に作業をしていた別のガードの人がクスクスと笑っていた。


「ロープについてはこの馬を移送し終わってからになるが、届けさせていただきます。居住場所を教えていただけますか?」

「えっ、居住場所……」


 今から身一つで都の試験に行こうというナナソウに居住場所などあるはずがない。

 どうしたものかと困惑していると相対しているガードの目が少し厳しくなって来た。

 そのままでは協力者から不審者にチェンジしてしまうと思ったのか、その前にメルカが発言する。


「あ、彼は今度の選抜の受験生です。私が身元引受人なのでとりあえず私の家に届けていただいたら良いですよ」

「えっ?」


 身元引受人とか覚えがないんですけど……と口の中で呟いていたナナソウを置いて、メルカはガードの人に自分の住所を教えた。


「ディーテの都の古物通りにあるアパルトメント『路地裏』の3階に住んでいるメルカ・サッカーと申します」


 一瞬、ざわりと空気がざわめいたように感じてナナソウは周囲を見回したが、特に変わった動きをしている人間はいなかった。

 何気なくという風に発言したメルカをちらりと見る程度の動きでしかない。

 だが、ナナソウはそこに何か重いものを感じ取った。


「了承しました。それではこのロープは私、ガードのレイの名において必ず返却いたしましょう」

「あ、よろしくお願いします!」


 理解出来ない事はとりあえず放っておいて、ナナソウはこの親切な申し出に礼を言った。

 そのロープは養父が手ずから綯ってくれた物で他に代えられるような物ではないのだ。

 いつかは使えなくなるものだろうと、使える間は無くしたくはなかったのである。


 レイと言ったガードの男は軽く返礼を返すと、作業を続けた。

 気が付けば、ひっくり返っていたクルマはクルマ溜りの隅に片付けられ、負傷者は手当と聞き取りを終え、汗血馬はなんらかの術で凍ったように動かないまま腹に大きなベルトを巻かれて2頭の騎獣によって空へと運ばれている。

 最初に突っ込んだクルマの中の人も助け出されて担架に固定されていた。


 二人共この事件のあらましを知りたい気持ちはあったが、今のところ目の前の事を処理する以外の道はない。


「えっと、これからどうする?」

「バスは無事みたいだし運行がどうなるか確認してみましょう」


 大勢の人間が動き回るせいで埃っぽい空気を払いながらバスへと戻った二人は、バスがすぐに動く事を知ってホッとした。

 ナナソウにしてみれば、初めて人が大勢住む都会に行くというだけでいっぱいいっぱいなのに、あまりにもイレギュラーな事態が立て続けに起こってぐったりとしていたし、メルカにしてみても、出来たばかりの友人との距離感を掴もうとする間もないバタバタの事態である。

 二人ともいい加減に疲れ果てていたのだ。


 その後のバスの内部は普段とは全く違った様相となっていた。

 あの事件の影響でやたら饒舌となって一塊にガヤガヤと騒ぐ者達と、疲れ果てて長椅子で寝転ぶ者達とにくっきりと二分されたのだ。

 ナナソウとメルカは長椅子に横たわる組である。

 二人は隅の角席で頭を突き合わせて転がったままポツポツと話をした。


「ガード、カッコ良かったな」

「そうね。やっぱり憧れるわよね」

「騎獣の種類ってバラバラなんだね」

「相性があるから、でも鷲頭が一番多いかな」

「そうなん……だ」


 チリリンと、耳元で鈴が鳴るような音でナナソウは飛び起きた。


「うわっ!……?」


 見回して、自分の今いる場所を把握したナナソウは、まだ寝ているメルカを起こさないように体を起こして改めて外を見る。

 いつの間にか眠り込んでいたらしく、外の風景はがらりと変わってしまっていた。


「凄い……」


 バスの周りには他のクルマがびっしりと並んでいて、そのせいで速度がすっかり落ちてしまい、降りて歩いた方が早いのではないか?という程度の進み具合になってしまっている。

 更にはその周辺を荷車や二輪車、徒歩の人々がうごめいていて、なんとなく危なっかしい。

 先ほどナナソウが聞いた鈴の音はそれらの人々を追い払う為に運転手が鳴らしているようだ。

 それらの人々が目指す方向には巨大な城壁があった。

 彼らの乗るバスが縦に5台は並べられるような高さと、横に10台は置けるような広さ、人間の為ではなくまるで巨人か何かの為のような門が大きく口を開いている。


「うわあ」


 もはや驚き過ぎて言葉のないナナソウは、ひたすら目を丸くして周囲を眺めるしかない。


「ディーテの都、私の街へようこそ」


 いつの間にか起きたのか、メルカがそんなナナソウの様子にニコニコと嬉しそうにしながらそう告げた。


「うん、よろしくお願いします」


 そう言ってぺこりと頭を下げたナナソウが頭を上げた先に一瞬きょとんとしたメルカの姿があった。


「えへへ、よろしくされちゃった」


 ちょっと照れたように笑うメルカにナナソウはなぜか自分の顔が赤くなるのを感じる。

 その顔を見たメルカの笑いが照れ笑いからクスクス笑いに変わった。

 ナナソウもなんだか暖かい気持ちのまま、声に出して笑い出す。


 乗り合いバスは微笑ましくも周囲を和ませる少年少女を乗せて、一路都へと入ったのだった。

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