初めての共同作業
「マジでいいのか?」
「もう今さらじゃないの」
部屋の入り口で少女は招き、少年は恥ずかしげに確認した。
そして少女は頷く。
― ◇ ―
よそ者を威圧するような巨大な大通りを横切り、複雑な市場通りの案内をしてもらいながら、ナナソウはメルカの買い物を手伝い、更に迷路のような路地を通り抜けて、二人はメルカの住んでいるというアパルトメント『路地裏』に辿り着いた。
それは石組み作りの立派な建物で、壁面に並んでいる窓を見た所、どうやら2階建てのようだった。
その壁面は石の色そのままで、灰色やら黄土色やら茶色やらがまるで河原に巣作りをする鳥の卵の殻の模様のように素朴ながら独特の味わいを醸し出していたが、並んだ窓板はそれぞれカラフルに塗られていて、青やら黄色やらオレンジやら賑やかだ。
窓枠に余裕を持たせて、そこに花の鉢植えや小さな置物などが飾られていて、それも窓際の明るい雰囲気に一役買っている。
名前の通り、狭い路地裏に壁面があるので、この建物の下の方の階にはほとんど陽が差さないであろう事は明白だったが、それでもそれらの彩りが雰囲気を明るく見せていた。
ナナソウはそれを見て、「良い所だな」と呟いた。
メルカはそのままナナソウを連れて外階段を上ると、外扉を開けて廊下へと導き、何やら色々転がっている狭いのか広いのか分からない廊下を少し進み、並んだ扉の中で黄色く塗られている扉の前で立ち止まった。
そして首に下げたメダルを扉の凹んだ所に合わせる。
カチリと音がして扉が開き、彼女は先に入ってナナソウを招いた。
そこで最初の会話となったのだ。
ナナソウとしては、出会ったばかりである少女の住まいに自分が踏み込んで良いのかと、いまさらながらに不安になった次第ではあった。
まさにいまさらである。
それでもナナソウはためらった。
なぜなら同じ屋根の下で暮らすという事は運命を共にする事だと教わって来たからだ。
しかし、
「早く、開けっ放しにしてると近所の子供が飛び込んで来たりするから困るの」
と、重ねて言われてしまっては入って扉を閉めるしかない。
ナナソウは緊張しながら部屋に入って扉を閉じた。
(いや、俺の認識が間違っているだけで、若い男女が狭い部屋に一緒にいても別に問題がないのが常識なのかもしれない)
その相手にいきなり抱きついた前科がある癖に、ここに来て及び腰になっているナナソウの心情は他人が知ればお笑いだろうが、本人からしてみれば、喜びの抱擁と、男女が一緒に暮らすというのは意味が違う。
あまり自分の常識に自信がないナナソウは、ともかく落ち着く事にした。
しかし、その目線を戻して部屋を見ると、視線の大半を占める空間にベッドがあるではないか。
「無理だ!」
思わず叫んで体ごと視線を戻し、今入ってきたばかりの扉を見つめる。
扉の取っ手は木製で、焦げ茶の素の色のまま、長細い葉っぱの形に彫刻されていた。
扉の色もそうだが、このアパルトメントの管理人はかなりしゃれたセンスの持ち主らしい。
「何が無理なのよ。ナナくんはしばらくここに住む事になるのよ」
一方のメルカの方は、既に抱き付き事件以来ナナソウにはそういう情動は無いのだろうと勝手に思い込んでしまっていた。
その為すっかり気分は田舎から出て来たモノ知らずの弟を指導するお姉さんである。
「ふ、ええっ?ってナナって?」
「ナナソウって名前ちょっと呼びにくいから縮めてみました。駄目?」
「いや、それは構わないけど」
構わなくないのは住む事だろう。
ここってこの部屋だろうか?とナナソウは考え、いやまさかと自分自身で否定した。
いくらナナソウが常識知らずでも若い男女が一つ屋根の下に暮らすというのは特別な意味を持つことぐらい知っている。
彼が知っていてメルカが知らないはずがない。
「ここって、このアパルトメントの事?部屋を貸して貰えるって意味だよね?」
「そうねぇ、ここなら安い賃貸しだからあれだけの資金があれば借りてもそう負担にはならないと思うわ。一節が30リンだから」
「ええっと、30リンってどのくらい?」
「銅貨で30枚よ」
ここへ来て、ナナソウは絶望的な事に気付いた。
彼はお金の相場が分からないのだ。
「ごめん、ちょっと教えて、金貨って銅貨何枚分?」
「なかなか難しい計算が来たわね。ええっとね……」
それでもメルカは手早く指で空を切って少し不思議な仕草をしてみせる。
ナナソウはそれが仮想の計算機を使った暗算だと見て取った。
彼の家にも古い計算機があり、養父はいい加減ではあったが最低限の計算を教えてくれていたのだ。
「ええっと、10800枚分かな?あ、でもナナの金貨って外国のだからちょっと違うかもしれないけど」
「……とりあえず足りる事は理解った」
「でも今日はもう何も出来ないし、うちに泊まってね」
「う、ええっ!やっぱりそうなるのか!」
そこには出だしに戻った二人がいた。
実際にやってみると大した事ではない事もある。
この二人の場合もそうだった。
「じゃあ私野菜洗って来るから」
「あ、理解った。なんか手伝う?」
「お茶を沸かしておいてくれる?お茶分かる?」
「ええっと、水瓶がこれでストーブがこれで、これ、がポット?」
ナナソウは自宅では大きなカップのようなポットを使っていたのだが、この家にあるポットらしき物は金属ではない手触りで、しかも綺麗な絵が描かれていた。
「そそ、お茶はこれね」
あまりにも綺麗なそれはナナソウからしてみれば何か凄い芸術のように見えるのだが、これはどうやら日常使いの品のようだった。
同じ世界に暮らして来たのに文化が違い過ぎる二人ではある。
水道と大きな洗い場はこのアパルトメントでは共同になるので、洗い物や水汲みは外で行う。
それでメルカは野菜を外に洗いに行ったのだ。
ナナソウの場合は水場でやっていたので、建物の中にあるだけそれよりはずっと楽そうだったのであえてそちらを手伝うとは言わなかった。
そんな日常の仕事を、二人は即席の割り振りで手分けして行ったのだが、それはやってみるととても楽だった。
寝る場所や着替える場所に洗濯ロープと余ったシーツを利用して仕切りを作ってしまえば、メルカもナナソウもそれで納得してお互いを意識しなくなってしまったのである。
見えなければ良いのか?そんな事ないだろ!?
ここに第三者がいたら、おそらくそう叫んでいただろう。
「ちょっと手狭になったけど二人だと仕事が早いわね」
「他の部屋のおばちゃん達がすごくかまって来たけどね」
「でもおやつ貰って得しちゃったね」
「うん、これ美味しいな」
新顔の少年を見付けたおばちゃん達は賑やかに構い倒した挙句、二人で食べるようにとふんわりとしたお菓子を持って来てくれた。
丸く焼かれたそれはパンに似ているがもっと柔らかく、中に果物が入っている。
「おばちゃん達が忙しくて私の手が空いている時には小さい子供達の面倒を見ているの。お小遣いも貰えるからお得なんだけど、それよりおやつやおかずを貰えるのが嬉しいんだ。アダンおばさんとかすっごく美味しいおやつや料理を作るのよ」
「へー」
「あ、お風呂行くでしょ?」
「お風呂って?」
「お金払ってお湯で体を洗ったり、お湯に打たれて病気の予防をしたりするの」
「面白そうだな!」
風呂屋まで行く間、ナナソウはメルカから風呂屋のしきたりを習った。
風呂桶はチケット当番にチケットを売ってもらって、貸出し桶を借りる事。
石鹸も必要なら借りる。
体を乾かすのはタオルより風の間の方が安い事。
「風の間って?」
「足元がすのこになっていて、人が入ると暖かい風が吹いてくるの。それで体を乾かすのよ。タオルは布代と洗濯の手間が掛かるから雑に乾かすのが嫌な人が使うぐらいかな」
「へー」
ナナソウにとって知らない事ばかりだ。
まるで新しい遊びでもしているようなワクワク感を感じながら、ナナソウはその夜を過ごしたのだった。




