乗り合い大型動力車
修練所自体は目にしないまま、ナナソウはその修練所の為だけにあるという停留所なる場所へと案内された。
そこに時間毎に定期便があるというのである。
「定期便って?」
「乗り合いよ。あなただって乗り合いでここまで来たんでしょう?見たところ自分の駆動体を持っている訳じゃなさそうだし」
「え?駆動体に乗れるの?」
「?当然でしょ?駆動体に乗らないでどうやって都まで帰るの?歩いて帰ったら明日になってしまうわ」
「うおっ!楽しみだな!」
「あなた変な所でテンションが高いわよね」
メルカは呆れたようにそう言いながらもナナソウを森の出口へと誘導し、二人は人が足を踏み入れてないような森の奥からかろうじて山道と言える場所に出てそれを辿り、1時間程で大陸大路に出た。
ナナソウは日々山奥を飛び回っていたので、歩きにもタフさにも自信があったが、意外な事にメルカの方も魔法の特訓を行った後に歩きにくい山道を歩いているとは思えない程の健脚ぶりを見せた。
更には、ナナソウの服装に苦言を呈して、あまつさえ靴を履いてない事に信じられないような顔をしてみせる程の余裕っぷりであったのだ。
「服はおやじが布を適当に切ったり縫ったりして作ったもんだし、靴なんか別に必要ないだろ?素足じゃないと地面の状態を感じ取りにくいじゃないか」
「馬鹿言わないで!まぁ手作りの服はお父様の愛情の品だから今ここで何を言う事もないけど、靴を履いてないのは浮浪児ぐらいよ。いえ、浮浪児だってどっかで拾った靴ぐらい履いているわ。あなたの今の姿は浮浪児以下ね」
「他人にどう見えようと良いだろ?」
「なに言ってるの。さっき言ったでしょ、面接があるの。そんな格好で選ばれるはずがないわ!」
真剣なメルカの言葉にさすがの楽観的なナナソウも不安になって来ていた。
「え?そうなの。それは困ったな。俺、服は似たようなのしかないし、靴なんて持ってないぞ。草履は作れるから自分で作れば良いのかな?」
メルカはふうと息を吐くと、据わった目でナナソウを見た。
「これはあれね、一種の戦いだわ。明らかに私に対する挑戦よね?いいわ、この挑戦受けてあげる。そしてあなたに身だしなみの大事さを思い知らせて参ったと言わせてやるから!」
ナナソウは今まで感じた事のない戦慄を覚えてびくりとメルカから1歩を飛び離れた。
(これは俺の運命を決定付ける戦いになる)
彼はそう感じた。
無意識に女性の服飾に関する情熱を感じ取っていたのだろう。
しかし、着飾る事に対する女性の情熱をまだまだ甘く見ていたと言えるだろう。
ことこの手の戦いにおいて、男は戦う前から女に負けているという事を、今はまだ知らないナナソウではあったのだ。
そんな他愛ないながらも重要な会話を交わしつつ、二人は停留所に辿り着いた。
その停留所は、ちょっとした小屋のような作りで、数人が座れるイスとテーブルがある。
時間帯が人のいる時間ではないのか、今現在そこは無人のようだった。
ナナソウは、大路と停留所を見て、いたく感動したらしく大騒ぎを始める。
「凄い!この道、まっ平らで全部一枚岩みたいじゃないか?どうやったらこうなるんだ?」
「まず石を敷き詰めて、その後溶かしながら均していくらしいわよ。私も専門家じゃないから詳しくは知らないけどね」
「こっちはかなり立派な小屋だけど、本当に狩り小屋とか誰かの家とかじゃないの?」
「よく見なさいよ、扉も無ければ壁が一枚ないじゃない」
という具合に、既にメルカの常識講座状態だ。
そんな二人の横、大陸大路を、滑らかな魚のような形をした物が、泳ぐように通り過ぎた。
「なんだあれ!なんだあれ!」
魔獣などの敵意は感じられず、そもそも生命らしき息吹が皆無だ。
しかし、魔術行使の際に生じる大気のうねりのような物が、そのあやしげな物体を覆うように付き纏っていたのが見て取れる。
「何って、あれは一人乗りの移動用の駆動体の動力車でしょ?というか、まさかナナソウ、あなた本当に今まで駆動体を見たことないの?どんな田舎暮らしよ!」
「だから山奥でおやじと二人で暮らしてたって言ってたじゃないか」
「ほ、本当に本当なのね?驚いたわ、今時そんな話が実際にあるなんて。まるで古代草子から迷い込んだ人みたいね」
メルカの言う古代草子とは広義では古典文学の事だが、狭義では英雄譚のような物の事を指す。
つまりメルカは、昔の物語の中でしか目にした事がないような暮らしだと揶揄していたのである。
「え?本当に?俺、英雄みたい?」
しかし、遠回しな皮肉などナナソウに通じるはずもなく、彼はメルカに褒められたと思って嬉しそうだった。
それを見ている内にメルカの方も呆れから感心に気持ちが変わるのを感じた。
「将来的にはともかく、これから学ぶ人間にとって無垢な事は悪い事じゃないかもれないわ。何しろ、変な固定観念がないし、いちいち物事を噛み砕かなくてもそのまま覚えてしまう事だって出来るんだし」
メルカは拳をぐっと握ると、決意を新たに燃え上がる。
やがて、地平線の向こうから、見えているのか見えていないのか分からない存在が近付いて来るのが分かった。
道路を透かした風景が大きな楕円に歪んで見えるのだ。
「あ、来た。乗り合いの大型動力車よ」
「んん?よく見えないけど」
遠くにある時は空が映り込んで見えにくかったが、近付いて来るとそれははっきりとした形を浮かび上がらせた。
押しつぶしたシャボン玉、単純に説明するとそんな見た目だ。
滑らかな表面はまるで水面に落ちた油のような色合いで、外の景色を映している。
そのせいで遠目だと風景と判別しにくかったのだ。
「おおおおお!すげえ!格好良い!なにこれ?これもマシン?」
「そうよ。本当に見たこと無かったんだ。知らない人と一緒に乗り合わせるんだから騒がないようにね」
停留所の前に止まったバスは表面を覆っていた滑らかな壁を瞬時に消し去る。
すると、そこに現れたのは、木組みで作られた切り取られたラウンジのような物だった。
テーブルやベンチは高級な物ではなく、ラウンジのようなと表現するのは少し抵抗があるかもしれない。
だが、停留所のベンチよりはずっと上等で、ベンチには布が貼ってあり、持ち込みなのか、ところどころにクッションを使っている人もいた。
少なくとも、食事処程度の外食店を思い浮かべればそう違和感もないだろう。
外装を解いた乗り合いバスは、この移動ラウンジのような姿を晒すと、シャボン玉のような外装に持ち上げられていたのであろう床が沈み、高さは道に少しの段差がある程度になった。
そのまま壁の無い入り口から中へと二人は踏み込んだ。
「おお~」
メルカに注意されたからか、ナナソウは大声こそ上げなかったものの好奇心丸出しでキョロキョロと内部を眺めている。
乗り慣れているメルカの方は、ざっと見渡して空き席を探し出すと、テーブルのセットされていない壁際のベンチに腰を下ろした。
ナナソウも慌ててそれに続く。
「あ、料金は大丈夫?」
メルカは乗ってしまってから肝心な事を聞き忘れていた事を思い出した。
とは言え、乗り合いの料金は宿の宿泊費などよりずっと安く、食堂で食べる軽い夕食よりも少し高い程度の料金だ。
どうしてもお金がないのならここはメルカが立て替えれば良いし、面倒を見ると言ったからにはその程度は気にしてはいない彼女だった。
とりあえず確認したにすぎない。
「あーうん、それなんだけど」
しかし、やたら歯切れの悪い返事が帰って来た事にメルカは首を傾げる。
「ん?」
「これ、どう思う?」
ナナソウはこそっと物入れの小袋を指し示してその口を開けて見せた。
それを覗き込んだメルカは「あっ」と声を上げかけて慌てて声を潜める。
「なに、……これ」
そこに入っていたのは数枚の金貨だった。
よく見れば掘られた印章が自国の物とは違うので他国の物だろうが、その重さで価値を量れる金貨はどこの国の物でもある程度使う事が出来る。
その為、国を跨いで商売をする商人などは財貨の移動は金貨で行うのだ。
それは、金が太陽神の涙と言われ、侵されざるモノとして大陸全土で高い価値を持ち続けているせいである。
つまり信用通貨としての安定した価値を持っているという事だ。
ようするに、金貨は大商人が財産の移動に利用するぐらいに高価な貨幣なのである。
間違っても彼らぐらいの年頃の若者が持ち歩いて良い貨幣ではなかった。
「実はさ、おやじはこの国の金を持って無くって、ほら、銅貨とか千切り銭は他国の、特に交流のない国の物は使えないだろ?だからって言ってこれをもたせてくれたんだよ。でもさ、いくら俺がモノ知らずだって言っても、さすがにこれはヤバイって分かる」
「当たり前よ、こんなの出しても運賃を引いたお釣りを支払える乗り合いバスなんて無いわよ。それにこんなとこでこんなの出したら盗人に目を付けられるだけだわ」
「やっぱり、そんな事じゃないかと思った」
「とりあえず今回のバスの運賃は私が立て替えておくから、金貨をどうするかはまたあとで考えましょう」
頭を寄せてひそひそとしばらく話し合っていた二人は、とりあえず方針を纏め、回ってきた切符係にはメルカが纏めて払った。
「まぁ支度金の事とか考えればこのぐらいはあった方が良いと言えば良いわね。選抜試験だけでも宿泊料金とか参加費用とかも必要だし」
「う、かなりの大金だと思ったけど、学園って金掛かるんだな」
「そりゃあ運営がごうつくばりの貴族と豪商よ?ただ、その代わり成績優秀者にはパトロンが付いて生活費や学費、装備なんかも面倒見てくれたりするんだけど」
「パトロンってなに?」
「まぁ簡単に言うと支援者ね。将来出世しそうだと思った学生に投資をする金持ち連中の事よ」
「うわあ、なんか理解出来ない世界だね」
「このお金があればそこまでがっつかなくても良いと思うけど、ともかくそれは大事にしておいた方が良いわ」
「分かった」
話が終わった二人は、揃って顔を上げて周囲を見た。
「おお、これ凄い、風景が動いてる!」
「だから、騒がない、恥ずかしいわね、もう」
外からは風景を反射していた乗り合いバスだが、中からは外の風景が透けて見えていたのだ。
揺れをほとんど感じない室内から外を眺めていると、外の景色の方が流れていくように見えて、ナナソウは新鮮な感動を味わっていたのである。




