地には花
旅立ちはあっさりとしたものだった。
養父は全く普段と変わらない態度で、いつも狩猟に出る時のように「行って来い」とだけ言って家で作業を続けていた。
「まぁおやじに情緒とか求めるのが間違いだよな」
荷物も少ない。
そもそも家に物があまりないので持って行く物も少ないのだ。
ナイフとランプと水筒と着替えと毛布とロープ、そしてそれを入れるズタ袋のみである。
ちなみにロープは養父が数日掛けて撚った物だ。
やがてナナソウは今まで自分たちが狩場としていた縄張りを抜ける。
そこからは全くの初めての場所だ。
何があるか分からない。
「なんだかワクワクするな」
鼻歌まじりにナナソウは跳躍した。
獣道には通り掛かる獣を狙う虫が多いので、それを避けて木々の間を飛び移りながら進むのだ。
彼らの住んでいた所はかなりの山奥なので人の気配のする場所までは遠い。
ナナソウは沢を見付けるとそこに降りて川伝いに下流へと辿って行く事にした。
人と水は切っても切れない関係だ。
水を辿れば人里に出るだろうという考えだった。
「川沿いは大型の肉食獣が出やすいから気をつけないとな」
その代わりという訳でもないのだろうが、流れる水の岸辺は不浄のモノは出にくい。
まぁ不浄のモノより肉食獣の方が弱いという事もないので良し悪しは測りがたいが、少なくとも守護の法を掛けっぱなしにする必要がないのは楽だった。
早朝に家を出て日が中天に掛かる頃、ナナソウは最初の川を滝で追えなくなり、川の流れが向かった方向に進んで2つ目の山に行き会ってそれを登って下るというなかなかハードな道のりを辿っていた。
しかし下った先の森で一番高い木に登って見渡したところ、南の方に人の作った大きめの道が見えた事もあり、本人としてはなかなか快調な出だしと思えた。
「今度は沢を突っ切る感じか。そ、そう言えばおやじ以外の人間に会うのって10年ぶりか?あれ?俺、大丈夫かな?人と会ったらどうすれば良いんだ?挨拶は分かるとしてその後とか……」
そんな埒もない事を考えていたからだろう。
ナナソウは直前までその気配に気付かなかった。
「お?」
そして気付いた時には遅かった。
ゴウゴウと何かが揺れ動くような音が響いたかと思うと、周囲に光の帯のようなモノが広がり、風景が渦を巻いた。
いや、ナナソウが空中で回転していた。
「おおおおおおおお!?」
声がわんわんと響いて面白い。
そんな事をふと思ったが、すぐにそんな場合じゃないと思い至った。
その突然の竜巻は普通の竜巻と違って移動する事なくその場に球体を作るような感じで渦巻いている。
そのせいでナナソウはひたすら振り回されるだけだった。
「さすがに目が回って来たぞ」
バキバキと木々にぶつかる感触もあり、大怪我しないのが不思議なぐらいだ。
どこかに捕まろうと思って手を伸ばしても、何もかもが吹き飛んでいる状態で何もない。
「これはいわゆる手詰まりって状態かな?参ったな」
仕方ないのでナナソウはその感覚を楽しむ事にした。
目が回る事を除けばそれは新しい感覚だ。
単純に空を飛んでいるのとも違う、自分の力と関係なく振り回される感じ。
「おやじに投げ飛ばされる状態が延々続いてるみたいなもんか」
そう考えるとゆとりも出来る。
しばらく楽しんでいる間に風はふいっと解けた。
自然現象には有り得ない唐突さだ。
「なんか良い匂いがする」
空中に放り出された形のナナソウは、ふと、花の蜜のような香りを感じてその匂いを辿って地上を見た。
「あ?」
そこに大きな花が咲いていた。
白銀の花弁に淡い紅色の花芯を持つ綺麗な花だ。
しかし、すぐにそれが見間違いだと気付く。
それは花などでは無かった。
「あ?」
上空に目を向けて、ナナソウを見付けて目を見開いている少女。
銀の髪に薄紅の可愛らしい服を着た、10年ぶりに出会う養父以外の人間がそこにいたのだ。
お互い驚愕の形に口を開いたまま、ナナソウはその少女に向かって真っ逆さまに落ちた。
「あっ、きゃああああ!!」
少女が驚愕の悲鳴を上げてもまぁ当然だっただろう。
どう考えても少女には重すぎるパスだった。
ドン!という音が響き、少女は目を堅く瞑った。
ぶつかる痛みに身を縮こまらせて頭を守って伏せている。
この場合、受け止めようと努力してくれるのがナナソウにとっては最も嬉しい事ではあったが、無理なのは分かり切っているのでこの少女を責める事は出来ない。
これが逆だったらナナソウは少女を受け止めただろう。
だから彼は少女の脇の地面に片手を付くと、勢いを飛び上がる力に還元して上空で一回転して体勢を立て直して着地した。
「あ、あの」
だが、ここでの問題は無事着地する事ではない。
少女にどう声を掛けるかだ。
銀髪の少女は、まだぎゅっと体を堅くして出来うる限り身を守ろうとしていたが、やがて衝撃が訪れない事と、掛けられた声に気付いてうっすらと目を開けた。
そしてそこに見い出した唐突に現れた少年に首をかしげる。
この人はどうしてここにいるのだろう?
少女の顔は雄弁にそう語っていた。
一方でナナソウは焦り出す。
何かを言わないといけないという事は彼も分かっていた。
「あ、お、こ、こんにちは!いいお天気ですね」
そうして焦った挙句ようやく出たのは挨拶の言葉だ。
ナナソウは自分を褒めた。
いいぞ、ちゃんと挨拶出来た。
そう思って嬉しくなったのだ。
しかしそれは食材を用意したからもう料理が出来上がったと思うぐらいの間違った喜びではあった。
だが、
「ぷっ、あはは、なに?変な人」
それはあながち間違いではなかったようだった。
警戒していた少女は、ナナソウのあまりの場違いさにむしろ安心したのだ。
「あ、俺、ナナソウと言います。よろしく」
「こんにちは、私はメルカって言うの、よろしくね」
そうして、非常識な出会いをした二人は、初めての挨拶を交わしたのだった。
ナナソウとメルカ、共に15才。
きっと運命という物は存在するのだろうと、二人が後々思う事となった出会いだった。




