天秤の采配
なぜ人は人を殺すのだろう?
そんな問いは無意味かもしれない。
なぜなら理由は様々で決まった答えなど無いだろうからだ。
しかし、一つの場面、一つの理由なら問いに答えが返る事もある。
「混沌の蛇という言葉を知っているか?」
落ち着いたナナソウは養父に答えを求めた。
知らないでもがき苦しむよりも、知って苦しむ方が良い。
それが決してやさしくない答えでも、知りたいと、ナナソウは養父にそう言ったのだ。
「いや、聞いたこともない……ん?いや待てよ。おやじが前に教えてくれた歴史の中になんかそんな言葉が出て来たよな」
「ほう、覚えていたか。俺の考えるよりお前のおつむは上等のようだぞ。喜べ」
「喜べるか!俺がどんだけ馬鹿だと思ってんだよ」
曰く、世に争いが尽きぬのは混沌を司る蛇神の思し召し。
確か古代の滅びた王国の石碑かなんかにそんな言葉が刻まれていたとか。
他にもある。
蛇は循環の象徴にして永遠の印、その蛇を主神に頂いた宗派があるという話だ。
「つまり偉い神様の事なのかな?」
「偉そうに言った割には大雑把な答えだな」
義父のニヤニヤ笑いにむっとした顔を向けて、ナナソウは「違うのかよ」と、開き直った。
「違いはしないが、ここで言う混沌の蛇とはとある組織の事だな」
「組織?」
「ああ、永遠に続く世界の為に絶え間なく戦を起こす連中の事さ」
「永遠に続く世界?なんでそれが戦と関係あるんだよ」
「お前、今までなんの話をして来たと思ってたんだ?混沌の蛇は世界を永遠に巡らせる為に争いを求めるんだよ」
「ずっと争ってたらどんどん人が減って滅びちまうんじゃないか?その連中って馬鹿じゃね?全然訳が分からないぞ」
ふ、と養父が笑ったのを見て、ナナソウは「なんだよ」と抗議した。
「いや、お前ってやつはいい加減に育てたのにずいぶんとまともに育ったなと思ってな」
「いい加減に育てたのかよ!」
ニヤニヤと笑っていた顔をいつもの飄々とした顔に戻し、養父は続けた。
「まぁともかく、その連中がお前の仇という訳だ。理由はちょっと考えれば分かるだろう。調停者の一族なんて連中にとってみれば邪魔なだけだからな」
「……知ってたんだ。おやじ」
ナナソウは死んだ自分の家族や一族の事を養父に語った事がない。
養父の方も聞くことは無かった。
しかし、養父は知っていた。
それはナナソウにとっては嫌な憶測に繋がってしまう。
そう、ナナソウの一族は調停者と言われていた。
世界の均衡を保つ使命を神から与えられたと聞かされていたが、幼かったナナソウはそれがどんな神様だったのかは知らない。
ただ、自分や親族達が持っていた不思議な力はその為のものだと聞かされていただけだ。
もっとも、当時のナナソウからしてみればその力は誰もが持っていて当たり前のものであり、一族以外の人は持っていないという事の方が理解出来ない事だったのだが。
「昔はお前たちの一族はどちらかといえば疎ましがられていた。だから連中も気にしていなかったんだな。だが、近年、国々は自分達を戦に導くなにかしらの思惑が裏で動いている事に気付き、そこでお前たちの一族に目を付けた。その天秤の采配が事の真偽を計るのに役立つから、という訳だ。しかしそうなると今度は混沌の蛇の連中は使命をうまく果たせなくなる。それでお前たちは襲われたんだ」
ナナソウは絶句した。
そんな事が、あんな殺戮の理由になるのか?
人が人を殺す理由が、単に邪魔だからと草を払うように刈り取っただけだと言うのだろうか?
彼には到底理解の及ぶ考えではなかった。
そんな困惑したナナソウに養父は畳み掛ける。
「それにしてもお前、今までどうして俺にその力を使わなかった?」
養父はそう唐突にそう聞いた。
ナナソウは首をかしげる。
「そんなの、おやじにわかんの?」
彼らの力は使っただけでは他人に気取られるようなものではない。
例えば人が風景全体見ているのか、その中の一箇所だけを注視しているのか、他人が判別出来るだろうか?彼らの能力もそんな風なものなのだ。
「分かるさ。お前だって殺気やら探るような視線やらは分かるだろう?」
そう言われてみれば確かに分かるかもしれないとナナソウも思う。
「だって、むやみに人に使うなって教わっていたし」
それに怖かったのだ。
調停者の一族の力『天秤の采配』、それは真偽を見抜く力である。
視線を向け、知ろうと思えば、相手の言葉の真偽が分かるのだ。
ナナソウには、それは傾斜のように感じられる。
言葉の傾き具合で本当か嘘かが分かるのだ。
もし養父が本当は自分に対して悪意を抱いていたら?
そこまでいかなくとも愛情などカケラもなかったら?
ナナソウがようやく自分を保っている支えが崩れてしまう。
だからナナソウは養父の言葉の真偽を知ろうとしないし、考えないのだ。
「ふ~ん」
それを分かっているのかいないのか、養父はただそれだけで話を打ち切ると、話題を変えた。
「それはそうと、お前、明日には旅立て」
「へ?ええっ!?」
その不意打ちのような言葉にナナソウは叫んだ。
当然と言えば当然だろう。
直前まで全くそんな話はしていなかったのだ。
「なに言ってるの?おっさん」
「おっさんじゃねえだろひよっこ、収穫祭が終わったら学園で選抜試験があるんだ。それを受けろ」
「いや、全然意味が分からないんだけど。学園ってなにさ?」
「説明したろ。お前の仇は戦を望んでいる。お前はやつらに復讐したくねぇのか?」
「えっ?」
言われて、ナナソウは今まで堰き止めていた血の流れが噴き出すように胸をたぎらせるのを感じた。
恨んでない、憎んでないはずがない。
彼らの一族は平和に暮らしていた。
なにしろ互いの間に嘘がないのだ。
そこはほんの小さい集落に過ぎなかったが、何もかもあけっぴろげで、十全な信頼と親しみに満ちた里だった。
あんな風にズタズタに壊されるいわれなど何もあるはずもなかったのだ。
国が彼らの力を利用しようとしていたからといって、彼ら自身のあずかり知らぬ話ではないか。
だが、一方でナナソウは怖かった。
殺戮者達、彼らの言葉にもまた嘘は何もなかったのだ。
何の迷いもなく、人をバラバラにして殺すことを楽しむような連中をナナソウは理解出来ない。
理解出来ない相手とどう戦えば良いのか、全く分からなかったのだ。
「何も復讐ってのは相手を殺す事だけじゃないだろう。相手にとって最も辛い事を成す事こそが復讐になる。そう、やつらが恐れていた事を現実にしてみせれば良いんじゃないか?お前たちのやった事は無駄どころか却ってお前たちの恐れたことを引き起こしただけだったとな」
養父の言葉にナナソウは驚くと同時に、自分の中にまだあの時がずっと居座り続けていた事にも気付いた。
そう、あの時、自分は連中と戦いたかった。
戦わなければならないと感じていたのだ。
理屈ではない。
まだ5歳だった自分が決して連中に敵わないのは分かり切っていたとしても、戦うべきだったとずっとずっと心の奥底で思い続けていたのだ。
少なくとも、戦いもせずに誰よりも最後まで生き残るべきではなかった。
ようやくナナソウは、目を反らし続けていた自分の本心をそうやって認める事が出来た。
「普通さ、復讐なんかするなとか止めねぇ?父親ならさ」
「それが虚しい事なら止めるさ。だけど、俺はお前を知っている。お前は決して虚しい復讐なんかしねえよ。きっとお前は自らも相手をも満たす事が出来るような復讐をやり遂げるだろうさ」
「意味わかんねえよ。そんな復讐とかねえし」
養父の無骨で堅くて大きな手がナナソウの頭を掴んだ。
「やってみろよ。巡る戦の輪を止めてみせろ。俺に人の可能性を見せてくれよ」
「ばっかだな、おやじ。俺なんて小心者のひよっこだぜ?」
「だが、俺の息子だ」
ナナソウははっと息を呑んだ。
この10年、ずっと一緒に暮らしてきたが、養父が彼を息子と呼んだ事は一度たりともなかった。
「あんた親ばか過ぎ」
だから、決意した。
『父』が望むなら、やってやろうと。
虚しくない、多くの人を満たすような復讐を。




