第七話 怪物
イールにを手を引かれ、わたしは真っ赤なバージンロードを出口に向かって歩いて行く。王宮にも離宮にも、もう二度と戻ることはないけれど、未練なんて小指の爪ほども残っていなかった。ついでに家族の顔もこれで見納めだけど、お互いすぐに忘れることでしょう。
さようなら、ただ“血が繋がってるだけ”の人たち。
そうして清々しい気持ちで大聖堂を後にしようとしたわたしたちの背中に、「待て」と声がかかる。
「……なんだ」
イールが振り向いて問う。わたしも小さくため息をついて、声の主である父王を振り返った。
「む、娘を連れて行くなら、この国にかけた呪いを解いていけ!」
魔法で声を奪われていたため、無理やり絞り出した声はひどく嗄れていた。それでもかろうじて威厳のようなものが滲むあたり、さすが、腐っても国王と言うべきか。
「呪い?」
イールがわずかに首を傾げる。
「この国の病のことか」
「そ、そうだ!」
この国に広がる病が西の魔法使いの呪いだと言う話なら、わたしも聞いた。ーーその呪いを解くために、王家がわたしを生贄に捧げるのだと言う噂も、もちろん耳に入っている。
離宮に引きこもっていたわたしには何が真実か分からないけれど、イールがわたしを手に入れるために呪いを広めたと言うのは、どうにもしっくりこない。
ただ、行動原理が占いの人だから、占いの結果次第では絶対にないと言い切れないところが恐ろしい。
不安げな目で彼を見つめると、心のうちが伝わったのか、イールは軽くかぶりを振って「ありえない」と言った。
「この国の病は天災だ。土地が疲弊し、水は滞り、民は斃れる。国王よ、俺は占いの結果を貴殿に伝えたはずだ。そして、姫を妻に迎える見返りに、どんな願いもひとつだけ叶えると誓約した。そのうえで、貴殿が求めたものは何であったか」
父王は言葉に詰まり、魔法使いから目を逸らす。
それで察した。答えなど聞くまでもない。
「……金品ですね」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。もはや彼らには、情など一欠片も残っていなかった。
「そうだ。金があれば民は飢えぬーー王よ、貴殿は確かにそう言った。だが現状はどうだ。土地は痩せ、水は濁り、民は弱り死んでいく」
イールの声音には、怒りも諦観も含まれていない。ただ、そこにある事実だけを淡々と語っている。
「山を伐るな。土を起こすな。岩を砕くな。川を堰き止めるな。医師を集め、発病者は隔離せよ。俺は、被害を最小限に食い止める策を貴殿らに伝えたはずだ。しかし、そのいずれも実行されなかった。実行しないという未来を、貴殿らが選んだからだ」
そして、弱いものから犠牲になった。
イールから受け取ったお金で贅沢の限りを尽くし、疲弊した民から税を巻き上げ、なおも甘い汁を啜ろうとした醜い金の亡者たち。
本当の『怪物』は、一体誰なのか。
「俺は未来を視るが、人の選択までは変えられない。病は天災だが、この惨状は確かに貴殿らが招いた結果である」
「そん、な……」
がくりと膝をついた父王が、ハッと顔をあげ、縋るような目でわたしを見つめた。
「マディナイ! おお、我が娘よ! お前からも魔法使い殿に頼むのだ!」
この期に及んで、まだわたしにとりなしてもらえると思うなんて、どこまで身勝手でおめでたいのかしら。
嫌悪感と軽蔑をベールの裏に隠し、わたしは父であった男から顔を背けた。
「……民のことは、気がかりではあります」
これは間違いなく本心だ。上が無能であるばっかりに、民は要らぬ苦労を強いられている。それは本当に申し訳ないと思う。王族でありながら何も出来ずに手をこまねいていたわたしも、きっと彼らにとっては同罪なのだ。
「……イール様」
胸がずしりと重くなる。自分の無力さや親の不始末を彼に押し付けるのかと思うと、心苦しかった。
けれど、頼れる人は他にいない。
「どうか、皆をお救いいただけないでしょうか」
吸い込まれそうなほどに深く美しい柘榴石の瞳を切実に見つめると、魔法使いは静かに頷いた。
「それがあなたの望みなら、叶えよう」
「……ありがとうございます」
わたしは安堵の息を吐き、胸に手を当てて礼をした。
一方で、この国を、民を良いように貪っていた王侯貴族らがどうなろうと、わたしの知ったことではないのだがーー
「おお、マディナイ! でかした、でかしたぞ! お前は王家の誇りだ!」
何を勘違いしたのか、国王は喜色満面でわたしを褒め称えた。まったく腹の立つ笑顔である。見せかけだけの王家に、誇りなんてどこにあると言うのか。
「……王女として当然のことですもの」
わたしは小首を傾げ、せいぜい健気に見えるよう笑ってみせた。
嘘は言っていない。
わたしが守りたい人たちの中に、彼らが入っていないだけの話だ。
悪い部分は切り捨てるべきよね。
だから、この国は一度、頭を潰してしまえばいい。




