第3話 予想外の才能
この家は本当に家なのか?
先導するイシス嬢を追いながら俺はそんなことを考えていた。
この家はとにかく広いのだ。
そもそも生まれてこの方、家という物に縁のなかった俺は普通の家がどういう物なのか、いまいちよく理解していない。
が、この家が異常なことだけは分かる。
「ここですわ」
あれこれ考えているうちにいつの間にか屋敷の外までやって来ていた。
「おぉ……こりゃまた立派な」
連れてこられたのは高い塀に囲まれた中庭のような造りの修練場。
十数人程度の騎士が訓練しているようだが、全く圧迫感がない圧倒的な広さだ。
「さぁ、セルセト様! 今日の訓練を始めましょう!」
イシス嬢はそう言って胸を張る。
……やる気なのは大変好ましいが、その恰好で訓練なんてしていいのか?
「なぁ、イシス嬢?」
「なんでしょう?」
「その恰好で訓練するのか?」
「はい! 普段とは違う格好で訓練しても、役には立ちませんもの!」
ほう……。
てっきりぶっつけで俺がこの役回りを任されたのかと思っていたが、前から訓練自体はしていたということか。
本番のことを想定した訓練。
確かにそれができるのが一番だが、初心者がそんなことをしようとしたって無駄が増えるのみ。
だが、剣を手に持ったイシス嬢はなかなかどうして様になっていて、それなりに剣を振るっていることが伝わって来た。
「なるほど。じゃあ普段はどんな訓練をしてるんだ?」
「打ち合いですわ!」
「……は? 打ち合い?」
「ええ! いつもはあそこにいらっしゃる騎士の方々と打ち合いの訓練をしておりますわ!」
……おいおい。
さすがに嘘だよな? と思いたいがイシス嬢の目はそれが本当だと語っている。
「つまり……なんだ? もしかして剣術の指南役って……」
「はい! 私の対戦相手になって貰いますわ!」
……なんてこった、ですわ。
俺は平民上がりだがそこそこの傭兵だ。
武器なら一通り使えるし、騎士や貴族でも裕福でない男爵家の三男などと一緒に戦うこともあったため貴族の使う剣術を教えるくらいは訳ないと思っていたが……まさか、対戦相手として呼ばれたとはな。
とはいえ……。
「いや、イシス嬢さすがにそれは……」
「ふふっ、皆さん私と剣を交える前はそうおっしゃいますわ!」
さすがにまずいと言おうとする俺にイシス嬢は自信たっぷりな目で剣を構えてみせた。
………………。
まあ、いいだろう。
世の中を知るという意味でも、少し怖い思いをしてもらった方がいいかもしれない。
こんな良い子相手にこんなこと……さすがの俺もしたくはないが、慢心はいざというときに命を刈りかねない。
「……泣かないでくれよイシス嬢」
「ふふっ、やる気になって貰えたようですわね!」
俺は無造作に壁にかけられていた訓練用の木剣を手に取る。
「どこからでも……って、おおっ!」
俺が剣を取り、イシス嬢の方を振り返った瞬間だった。
鋭い突きが的確に顔を狙って放たれる。
「流石ですわ! 完全に不意を突きましたのに!」
間一髪のところで顔を逸らし、イシス嬢の不意打ちを避ける。
……これは驚いた。
あの細腕のどこにこんなに早い突きを打つ力があるのか。
「イシス嬢こそ、正直危なかった」
「ふふっ、嬉しいですわ!」
表情には笑みを浮かべるのに攻撃の手が緩まることはない。
……これは、あれだな?
正直、訓練中の騎士を見た時点で違和感を覚えていた。
正当な貴族家所属の騎士がいるのに、俺に指南役が任された理由は何なのかと。
しかし、蓋を開けてみればその理由は簡単だ。
イシス嬢は……あそこにいる騎士共よりも強いのだ。
さすがはあの巨漢の娘と言ったところか。
見た目は可憐でも、しっかりその血が流れている。
ふぅっと短く息を吐いて、足に力を入れる。
ここからは相応の相手として、手を抜かずに相手をしなければ。
「じゃあ、いくぞイシス嬢!」
「はいっ!」
………………
………………
………………
「参り、ましたわ」
「おう、イシス嬢も予想外の強さだったぞ」
結果から見れば俺の圧勝だった。
まあ、それはそうだ。
というかここで負けていてはあまりに格好がつかない。
攻勢に出た俺の剣戟をイシス嬢はなんとか逸らし、対応しようとした。
しかし、俺は傭兵。
剣術は体で覚えた自己流だ。
型通りの受け流しでは、俺の剣を止めることは出来ない。
なにせ、俺の仕事相手はそんな騎士剣術を使う相手も多かったからな。
でも、イシス嬢はとてもドレス姿とは思えないほどの鋭い動きをしてくるし、急所への勘については光る物がある。
「それで、私はどうだったでしょうか?」
肩で息をして、呼吸を整えながらイシス嬢はそう聞いてきた。
「いや、本当に予想外の強さだった。まさかその恰好でもあれだけ鋭く動けるとはな」
「……でも、一撃も入れられませんでしたわ」
一矢報いるくらいはできると思っていたのだろうか?
まあ、どうやら騎士相手には負け知らずだったようだし、そう思うのも無理はないか。
「ははっ、そりゃあ俺はそれが仕事だったからな。基本、戦いは一撃貰うだけで敗北。拳での殴り合いならまだしも、刃物を使う場合、浅い傷でも刃に毒が塗られていたらそれでおしまいだ」
「毒……そうですわよね」
イシス嬢は毒と聞いて、驚いたようなショックを受けたような顔をする。
「まあ、貴族様はそういう小手先の戦いは好まないからな。イシス嬢が知らないのも無理はない」
「……」
太陽のようなイシス嬢の顔に影が差した。
……ああ、これはやらかしたか?
「まあ、いいだろ? きっと俺が指南役に選ばれたのはそう言う汚い技術も教えられるからだってことだ。俺は指南役の仕事をこなして、イシス嬢は新しいことを知れた。これでいいんじゃないか?」
「! そう、ですわね!」
俺の言葉を聞いたイシス嬢の顔には、すぐに光が戻る。
ああ、この子は……強い女になるな。
すぐに切り替えて見せるイシス嬢を見て、俺はそう思った。
物理的な力は問題ではない。
訓練すれば、ある程度までは誰もが実力をつけられる。
だが、精神力、切り替えの早さというのは相当な修羅場を駆け抜けでもしない限り、そう易々と鍛えられるものではない。
俺はイシス嬢に近づきその頭にポンと手を乗せた。
「大丈夫だ。イシス嬢は強くなるよ。きっと考えている以上にな」
「……!」
驚きを隠しきれないとでも言うかのような表情を浮かべ、すぐに手で顔を隠す。
この反応はやはり何か理由があるんだな。
正直、イシス嬢の強さは貴族令嬢からしてみれば異常の域だ。
それこそ、戦争に行っても先兵にでもならない限り、相当なことが起きなけらば無事に帰還できるレベルの強さがある。
それでもまだ強さを求め、知らないことがあればショックを受ける貪欲さまで持ち合わせているということは、並々ならぬ理由がありそうだ。
「セルセト様」
「ん?」
「改めて、これからもよろしくお願いいたしますわ。私に戦いの術を、強くなる術を教えてください」
まっすぐと俺を見つめて言い切ると、まるで身分なんて気にしないとでも言わんばかりに、深々と頭を下げた。
「おう、でもそんなに敬わなくてもいいんだぞ?」
そんなまっすぐさがどうしてか気恥しくて、適当に話を逸らす。
しかし……
「いえ、セルセト様は私の先生ですから!」
尚もまっすぐにそう言って、パッと表情を明るくするイシス嬢。
……なんでかな。
ここは戦場でもないって言うのに、俺の心臓はまるであまりに強い光に当てられたかのように強く、熱く鼓動を打っていた。
ここで働くのも悪くない、そんな感情がすでに俺の中に芽生えていた。




