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最強の傭兵、ハメられて侯爵令嬢の護衛になる  作者: 嵐山田


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第4話 初仕事

 俺がイシス嬢の護衛兼指南役になってから早数週間。

 今日は護衛としての初仕事の日だ。

 正確には外出の際に似たようなことはしているため、完全に初という訳ではないのだが、それはどれもレティシア領内に限った話。

 今回は領外への遠出なのだ。


「では、セルセト、イシスの身辺警護は任せたぞ?」


「はい」


 体躯はほとんど変わらないと言うのにオーラというか風格というか、そう言うもので俺よりもさらに大きく見えるディアン様に肩を叩かれ、俺は気合いを入れた。

 ……でも、こういう護衛ってそれ専用の訓練とかあんじゃねぇのかな?


 なんて、そんな疑問を呈することは俺には許されていない。


「先生ー! そろそろ出発いたしますわ!」


 おっと、どうやらお嬢様がお待ちのようだ。

 ここでぼーっとしてはいられない。


「では、お嬢様の安全はお任せください」


「ああ、くれぐれもよろしく頼む。あの憎たらしいアラゴンの小僧に指一本でも触れさせるな」


 肩に置かれた手に痛いほどの力が入る。


「……最悪の場合払いのけても?」


「無論。本当に最悪ならば殺してしまって構わん」


 そこは構えよ。

 ってか、怖えよ。

 いや、そのくらいの心持ちでということか。


「分かりました。では」


「ああ」


 ディアン様の手が肩から離れ、俺はお嬢様の待つ馬車に乗り込む。

 未婚の貴族令嬢と異性の俺が馬車に同乗というのは、中々に常識はずれな行為なのだが、イシス嬢の両親ともにあまり気にしていないらしい。

 こんなぽっと出の傭兵をよくぞそこまで信頼してくれるものだ。


「お待たせしました、さぁ行きましょうか」


 馬車に乗り込むと向かい側の席で若干ふくれっ面のイシス嬢が待っていた。


「最近、セルセトはお父様や騎士の方々とばかりお話されていてつまらないですわ」


 イシス嬢は年齢に対して小柄で童顔なため、普段から子ども扱いをされることが多いそうなのだが、おそらくその扱いの理由の半分はこういう仕草のせいだと思う。


「仕事ですからね」


「むぅ、その口調もですわ! 初日はもっと砕けた感じでしたのに」


 ガタガタと小さな音をたてながら馬車が動き出した。

 どうやらお嬢様は退屈な馬車の道のりを俺への不満で乗り切るつもりらしい。


「さすがに傭兵時代の粗野な口調ではお嬢様は良くても、外聞は悪いですから」


「今は外聞もないではないですかっ!」


 ……まあ、それは確かにイシス嬢の言う通りだ。

 つい一月前くらいまでは戦場で悪鬼羅刹と恐れられていた俺はこの数週間で大分丸くなったと思う。

 昔から色んな所を転がり回るような人生だったせいもあってか、俺は環境に溶け込むのがどうにも得意らしい。

 それにこのレティシア家の人々はほぼ奴隷と変わらないような身分の俺にも普通に接してくれるのが大きいのだろう。

 とは言え、堅苦しさを感じないか? と聞かれればそれは違う。


「じゃあ……こんな感じでいいか?」


「……! はいっ! 今後もその感じでお願いしますわ!」


 そういう訳にもいかないのだが……そんなに嬉しそうな顔をされると断れないのだからこのお嬢様はすごい。

 今までは貴族なんて金持ちのいけすかねぇ奴らだと思っていたんだが、こういう本物を目の当たりにすると貴族たる人物ってのは存在するんだなとまざまざ思い知らされた。


「それで、先ほどはお父様とどんなお話をされていたのですか?」


「いや、そんな大した話じゃないさ。気合い入れて仕事しろよって言われただけで」


「……本当ですか?」


 ジトっとした目でこちらを見つめるイシス嬢。

 こういう時の女の勘ってのは本当にすさまじいものがある。

 嘘や誤魔化し専用の嗅覚でもついてるのかね? なんて馬鹿な冗談を真に受けそうになるくらいにはすぐに見抜かれる。

 ……俺が隠し事下手ってことは……ないだろう。


「本当さ。まあ、いつもよりディアン様に力が入ってたけどな」


 先ほどまで手を置かれていた肩をこれ見よがしに回して見せれば、追及の視線は止んだ。


「そうですか……」


 ディアン様の様子を聞いたイシス嬢の視線が斜め下に落ちる。

 ふむ、どうやら今回の催しにはあまり乗り気ではないらしい。


 今日のイシス嬢といえば、思わず天使と見間違いそうなほどには可憐な装いをしている。

 小柄で幼いイメージとは違って、どこか儚げで美しい印象を抱かせる恰好は今日の行先がそれだけのものであることを明示している。

 かく言う俺も今日はいつもの適当な恰好ではなく、レティシア家の従者服を着させられていた。

 慣れないパンツスーツスタイルで動きにくいったらありゃしないが、まあ、こうでもしないと相応しくないということらしい。


 ゆっくりと街中を進む馬車。

 一番の賑わいを見せる通りでは外から歩く足音も聞こえてくる。

 そんな足音を聞きながら、俺は少し今回の件について触れてみることにした。

 

「そういえばイシス嬢。今回の誕生日パーティーは大勢が集まるんだったよな?」


「ええ、何と言ってもアラゴン公爵家のルデロ様の成人記念ですから。学生同士、同年代だけのカジュアルなパーティーと言っても国中から集まりますわ」


 公爵家、レティシア家の侯爵よりさらに一段上に位置する大貴族だ。

 確かこの国にも公爵を名乗れる貴族は二家しかなかったはず。

 ともすれば、それだけの大規模なものになるのも納得だ。


 まあ、そんなことより……。


「なるほど、それでイシス嬢はそのルデロ様とやらがお嫌いなんですね?」


 俺がわざと丁寧な口調でそう言うと斜め下に下げたままだった視線を戻し、驚いた表情で俺と目を合わせてからさらに下へと視線を逸らせるイシス嬢。

 どうやら図星のようだな。


「……分かってしまいますか?」


 一気にいくつもトーンダウンした声でイシス嬢が聞いてくる。

 

「まあ、流石に。まだ短いけど、あれだけ剣を打ち合わせていればなんとなくわかってくるさ」

 

「ふふっ、ではどうして私がルデロ様を好ましく思わないかもわかりますか?」


 力なく微笑みを携えてそう口にするイシス嬢。

 楽しくない話を何とか楽しくしようとしているのだろうか?

 ふむ、この嫌い方はどうやら相当のようだな。


 イシス嬢はやたらめったらに人を嫌うような性格ではない。

 自分よりも剣の腕が立たない情けのない騎士たちにも、身分の低い俺なんかにも丁寧な言葉遣いで話し、笑いかけてくれるような人格者だ。


 だとすれば……この幼い身体に下心むき出しの下卑た視線を向けてくる変態か?

 いや、冗談抜きでそのくらいしか思い当たる節がない。


「……いや、分からないな。イシス嬢が人を嫌う所が想像できねぇ」


「ふふっ、そんなことはないですよ。私も聖人君子ではありませんので。嫌いな人もいれば苦手な方もいますわ」


 窓の外から流れていくレティシアの街並みのさらに遠くを見つめてそう言うイシス嬢。

 こういう時の顔はなかなかどうして大人びていて、知られざるイシス嬢の魅力を感じさせられた。


「それで、肝心の理由は何なんだ?」


 そんなイシス嬢の意外な一面を見ながら俺は理由を聞いた。

 流石に純真無垢なイシス嬢に変態の話をするのには気が引けたので、先ほど考えついたルデロの人物像については話さないことにして。


「……しつこく婚約を迫られているのです。もう十年ほど」


 だが、どうやら当たらずとも遠からずな話だったらしい。

 いや、十年前からで相手も今年が成人の歳となると健全な婚約と言えなくもないが、イシス嬢のこの表情を見ればそう簡単な問題ではないことは誰にでも分かるだろう。


「そりゃあ……めげないお方だな、そのルデロ様ってのも。でも、それだけでイシス嬢に嫌われるとは思えないんだが、まだ何かあるんじゃないか?」


 俺がそう聞くと、嫌なことを思いだすようにイシス嬢が顔を歪める。

 そして、悔しさや恥ずかしさ、悲しさなど複雑な感情を噛み締めるように唇を噛んだイシス嬢が重々しく口を開いた。


「……これを聞いても私を見損なわずにいて頂けますか?」


 彼女の口からこぼれたのはそんな弱々しい言葉だった。

 いつも明るく、可愛らしい彼女からは想像できない程に深い傷を思わせる口調。


「それはもちろんだが、無理に言わなくてもいいぞ?」


「ふふっ、ありがとうございます。セルセトは優しいですね。でも、大丈夫です。きっとセルセトが突然私の護衛にされてしまったのも、このことが原因だと思いますので」


 ……?

 俺がイシス嬢の護衛になった原因? レイルの野郎とディアン様が結託したんじゃなかったのか?

 そう思ったが、イシス嬢の言葉を遮らないように疑問を飲み込んでイシス嬢が言葉を続けるのを待つ。


 会話をしているうちに馬車は進み、気が付けば街を出て街道に入っていた。

 街中とは違って整備のされ切らない道に馬車の揺れが少し強くなる。

 だが、イシス嬢の話はまだ始まったばかりだ。

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