第2話 ハメられた
「さて、イシス嬢」
「はい、なんでしょう?」
「とりあえず着替えるから、外に出ててくれねぇか? さすがの俺も、貴族のご令嬢様に裸を見せて首が飛ぶのはごめんだからな」
「はだっ――! んんっ! し、失礼いたしました。でも、急いでくださいね? もう二時間以上の遅刻なんですから」
年相応に可愛らしい反応見せてくれたイシスをなんだか小動物を見るような目で見送ると、さっさと着替えを済ませて外に出る。
……さて、剣術指導係と言われてもなぁ。
というか、レイルの推薦だとは言え、こんなすぐにレティシア家ご息女の護衛なんかが決まるもんなのかね?
俺、この家の当主さんとかに挨拶もしてないんだけど?
そんなことを考えながら廊下の曲がり角まで歩いて行くとイシスがそこで待っていた。
「……殿方の着替えはお早いのですね」
「ん? そうか? 別に普通じゃないか?」
「そうなのですね……私のよく知る殿方はお父様だけなのですが、いつも着替えてくるというとお母様と共に部屋にこもって中々出ていらっしゃらないので……」
oh……
それは何というか……愛妻家……だな。うん。
それにイシス嬢のこの様子だと、時間がかかっている理由に気がついていないな?
「それは……イシス嬢のお父君は大貴族様だからな。俺みたいなただの荒くれ者とは時間のかけ方は違うだろうよ」
「そう言うものなのでしょうか?」
「……ああ、そう言うものだ」
なんだか誤魔化し切れていなさそうな気配もあるが……まあ、あと二、三年もすれば自然に知ることになる。
……そういえば、イシス嬢の年齢も知らないな。
というか、自然とイシス嬢の案内通りに歩いてしまっているが、これはどこに向かってるんだ?
「なあ、イシス嬢」
「なんでしょう?」
「これは今どこに向かってるんだ? 俺の感覚が間違っていなければ屋敷の中心に進んでいるような気がするんだが?」
「え? もちろんそうですよ? 今日の朝に改めてお父様と挨拶をするとお約束したと伺いましたので」
「……」
まずいかもしれない。
いや、いやいやいや。
昨日の俺はマジで何をやってるんだよ!
どんだけ酔ってたらこんなことになっちまうんだ?
俺は腕にこそ自信はあれど、王国の貴族様の名前すらおぼつかないような本物の荒くれだぞ!?
正直今のイシス嬢に対する口調もこれでいいのか内心ちょっと不安だってのに……。
「やっぱ、金払って帰ってもいいか?」
「ダメですわ」
死ですわ……。
きっぱりと否定したイシス嬢は一切歩を緩める素振りもなく、この豪華な屋敷の中でも一層に存在感を放つ両開きの扉の前に到着した。
「お父様、セルセト様をお連れいたしました」
立ちすくむ俺の方を一瞥もせずにイシス嬢が部屋の向こうへ大きく声をかけた。
「……入れ」
いかにも大貴族様と言ったような声。
声だけで、おそらく体躯は自分と同程度で在ろうことは容易に想像がついた。
「お待たせいたしました。お父様はもうご存知かと思いますが、セルセト様です」
部屋に入ったイシス嬢は一歩引いた位置から俺を紹介し、目配せで合図をしてくる。
正面に立つイシス嬢の父君はこちらに背を向けて腕を組んだ状態で立っていた。
「……ご、ご紹介に預かりました? セルセトと申します。本日は定刻を大きく過ぎてしまったようで……大変申し訳ございません」
正直、自分でも何を話しているのか分からない。
敬語ってこんな感じだったよな?
っつーか頭っていつまで下げてりゃいいんだ?
全く慣れない場の空気に柄にもなく緊張してしまう。
「……顔をあげよ」
……どうやら、頭は下げ続けて正解だったみたいだ。
俺は言われた通りに顔を上げる。
「ふむ、どうやら最低限の礼節は弁えているらしいな」
そしてようやくここで初対面……ではなかった。
この顔、どこかで……。
「あの……」
「ガハハハッ。昨日は中々の飲みっぷりではなかったか!! レイルの推薦もあったが、昨日のことで私も君を気に入ってな。少々強引な手を取らせてもらった。優秀な人材を他国へ流出させるわけにはいかないからな!」
俺の目の前に立つ自分と同じくらいの巨躯の男。
この方……いや、あえてこいつと呼ばせてもらおう。
こいつは昨日、酒場で俺に絡んできたごろつきの一人だ!
「……?」
だがそうすると疑問が生まれる。
俺は隣にいるイシス嬢と目の前の巨漢を見比べた。
完全に俺側の人間な巨漢に対し、それはそれは美しく可憐な花のようなイシス嬢。
似ている要素が……皆無だ。
「ふふっ、私、お母様似なのですわ」
そんな俺の思考を透かしたように、イシス嬢が軽く笑って見せた。
「えー、つまり?」
イシス嬢の砕けた様子につられて俺の口調も砕けてしまう。
だが、お父君はそんなことには全く意に介した様子を見せずに続けた。
「要するにセルセト、君は我が愛しのイシスの護衛兼ある程度の窮地からは一人でも抜け出せるような強さと美しさを兼ね備えた淑女になる手伝いをしてもらうというわけだ」
「改めて、よろしくお願いいたしますわ」
……どうやら拒否権はなさそうだ。
「まあ、お約束通り一泊分の働きはさせて頂きますよ」
「? 何を言っているんだ? 君は娘が成人するまでのあと二年、しっかりと契約を結んでいるぞ?」
「え?」
「昨日の報酬、やけに多くはなかったか?」
「……まさか」
すると、お父君は昨日見たようなあの気味の悪いごろつきスマイルを浮かべる。
やられた……。
確かに、普段以上に圧倒的に多い報酬だとは感じたが……レイルにもう一度会うことがあれば、一発喰らわせてやる必要がありそうだ。
「では、今日からよろしく頼むよセルセト。ちなみに私はディアンという。覚えてくれたまえ」
「……はい」
完全に折れた俺を見て満足そうにするとディアンはイシス嬢の頭にポンと手を当てて部屋を出ていった。
「では、私たちも行きましょうか」
「……どちらへ?」
「もちろん修練場です! まあ、なんにせよ、セルセト様は私の護衛なのですからどこへ行こうと私についてくる必要がありますわ」
楽し気にイシス嬢も部屋を出ていく。
そう言えば成人までの残り二年とか言っていたか。
イシス嬢あの小柄さで十六なのか……。
……護身術を覚えさせて、腕の立つ護衛をつけておきたくなるディアンの気持ちも分からないではないな。
「セルセト様ー! 何をしてらっしゃいますのー?」
もう大分離れてしまったところからイシス嬢が俺を呼んでいる。
……この感じで十六。
貴族を知らない俺から見てもだいぶ幼く見える。
それに、護衛の俺に様付けだし……。
「今、行きますよ」
まあ、何でもいいか。
自分の中にどういう変化が起こったのか。
正直自分でもまだ理解ができていない。
だが、戦場と金でしか動かないと思っていた俺が、少なくとも戦場とは離れたこの場所での仕事を楽しんでいるような気がする。
これが大貴族様の持つカリスマとでも言うのだろうか?
それともまた別の何かなのか?
「こんなに静かな日常なんて、俺には似合わねぇと思ってたんだがな……」
そんなことを頭の片隅で考えながら、俺はこちらに手を振っているお嬢様の下へ駆け足で向かうのだった。




