第八十八話 「奇跡の白光と、黒脚の霧散」
「はい!分かりました」
僕がそう返すと、ラフラシアン様は静かに頷き、
テーブルに置かれた白布包みのひとつへ歩み寄った。
その仕草だけで、空気が変わる。
部屋が、まるで深呼吸を止めたみたいに静まった。
白布をそっと取り上げる。
包みの中から現れたのは――
(……ハルドさんの右腕だ)
肘から先。
綺麗に保存されているけれど、
その“整いすぎた保存状態”が逆に胸に重くのしかかる。
聖女様は一歩、ハルドさんに近づいた。
「では――始めます」
ただその一言で、
部屋にいた全員の背筋が伸びた。
聖女様は失われていた右腕を、
ベッドに横たわるハルドさんの断面へ、丁寧に合わせ――
「聖なる治癒修復」
詠唱が終わった瞬間だった。
切断面から、白い光の粒が溢れ出した。
はじめは小さな輝き。
だけど、すぐに呼吸するみたいに脈打ち、
断面同士を優しく包み込んでいく。
指先ひとつ動かさず、ただ光が“繋げる”。
まるで、世界が自ら骨・筋・血管を縫っているみたいだった。
「……すごい……!」
ララさんの口から、小さく感嘆が漏れた。
その表情は、同じ回復術師だからこそ分かる“格の違い”に打たれたものだった。
「当たり前ですが……流石、聖女様ですね」
「本当に……信じられませんな」
シルファさんとレオニスさんの声が重なる。
僕とカールアさんも、ただ目を丸くして見守るしかなかった。
やがて白光はゆっくりと収束し、
そこには――何の違和感もなく右腕を取り戻したハルドさんがいた。
ハルドさんは上体を起こし、右手を見つめる。
「……動く、のか……?」
グーパー、グーパー。
指が生きているようにしっかり動く。
「聖女様……本当に、ありがとうございます」
深く頭を下げるその声は震えていた。
その姿を見て、胸の奥がじんと温かくなる。
次は、僕の番だ。
聖女様が静かに宣言する。
「では次は――アイザックさんの脚を治癒してから、“真実”をお伝えします。
皆さん、よろしいですね?」
部屋にいる全員の視線が、一瞬だけ重くなる。
「最悪も想定していましたが……問題ありません」
「私も。異存はありません」
ハルドさんに続き、カールアさんとシルファさんが頷いた。
ララさん、レオニスさん、ミレナさんも同じく肯定する。
(……僕が意識のない間に、何か話し合われていたんだ)
でも、今は聞かない。
まずは脚を取り戻すこと――そして真実を知ることだ。
深く息を吐き、体を横にして身を預ける。
聖女様がテーブルに残った包みのひとつを手に取る。
布を取り払うと――僕の右脚が現れた。
(う……綺麗に保存されてるけど……やっぱり見るものじゃないな)
皮膚の断端。固まった魔力の痕跡。
自分の脚なのに、他人のもののように感じてしまう。
そのときだ。
「アイザックさん。この“黒い右脚”……なくすことはできますか?」
「えっ……」
てっきり聖女様が対処してくれるものだと思っていた僕は、言葉に詰まる。
「いえ……これ、本当に“脚”みたいなんです。
ちゃんと指も動きますし……ほら」
黒い指が、僕の意思に合わせてゆっくり動く。
だけど、どんなに“なくなれ”と念じても、消える気配はなかった。
聖女様は少し困ったように眉を寄せた。
そのタイミングで、シルファさんが一歩前へ出る。
「昨日、カールアとこの右脚を調べた結果……
これは、魔素が高度に凝縮され、魔力となり、さらに形を成したものです。
本来なら意思で解除できるはずなのに……残っている。
そこが……不気味なんです」
室内の空気が固まる。
(……僕の無意識が、脚を作った……?そんなこと、本当に……?)
でも、今は考えるより、やるべきことがある。
黒い右脚を静かに見下ろし、
心の奥底からゆっくり言葉を紡ぐ。
(……今まで僕を支えてくれてありがとう。
ここまで運んでくれたのは、確かに君だ。
だから――もう大丈夫。消えていいよ)
“感謝”と“解除したい”という意志を重ねて強く念じた。
その瞬間、脛から足の甲にかけて、
くすぐったいような、つねられるような感触が走る。
(……え?)
子どもが駄々をこねて甘噛みしてくるみたいな、不思議な痛み。
そして――
黒い脚は、霧が晴れるように静かにほどけていった。
光でも煙でもない、魔力の塊がふわりと浮かんで消え、
僕の右膝から先は、何もない状態に戻る。
完全に霧散する直前、ふと怖くなった。
(……あれ、血とか出ないよね!?)
言おうと口を開いた瞬間――
「え!?」「えっ!?」
皆が同時に驚きの声を上げた。
「な、何かありましたか!?」
聖女様が慌てて僕を覗き込む。
「い、いえ……!なんでもありません……!」
僕は恥ずかしさで顔を赤くして俯く。
痛みも血もない。
ただただ……変なところを見られた気分だった。
「……治療、お願いします」
「はい。任せてください」
ベール越しでも分かる。
聖女様の声は確かに優しく微笑んでいた。
本物の右脚が僕のそばへ置かれる。
断面がどうしても目に入る。
(見たくない……のに、見ちゃう……)
“怖いもの見たさ”というやつだ。
嫌なのに、目が離せなかった。
聖女様は丁寧に脚を合わせ、
静かに詠唱する。
「聖なる治癒修復」
ハルドさんのときより――光が多い。
白い粒が、まるで雪のように舞い、
僕の脚に“命の線”を縫い込むように吸い込まれていく。
失われていた感覚が戻る。
足が“長くなる”ような、不思議な感覚。
そして――
「動く……!」
指が、ちゃんと動いた。
その瞬間、左右から抱きつかれた。
「アイザックくん!!」「本当に……良かった!!」
シルファさんとカールアさんだ。
二人とも、泣きそうなほど喜んでいた。
(……なんで、僕のためにこんな……)
胸が熱くなって、うまく息ができない。
「聖女様、本当に……ありがとうございます!」
抱擁されて埋もれそうになりながらも、なんとかお礼を伝える。
「い、いえ……無事で、本当に良かったです」
聖女様も思わず笑ってしまったらしい。
声が少し柔らかかった。
(……僕は、この世界を“仮の世界”だって思っていた。
前世の記憶が邪魔で、この世界の家族に甘えることもできなかった。
でも……みんな、本気で僕を心配して、喜んでくれてる)
ここに生きているのは――僕だ。
本気で、生きるんだ。
黒い右脚が消えたあとに残った“少しの寂しさ”さえ、
今の気持ちを曇らせることはなかった。
そのとき。
「――では、本題に入ります」
静かな声が、部屋の空気を再び引き締めた。
ラフラシアン様だ。
「アイザックさん。あなたに……“何が起こったのか”。
ここから、真実をお話しします。
皆さん、腰を掛けてください。少し長くなりますので」
ざわり、と空気が揺れる。
僕とハルドさんはベッドに座り直し、
他の皆はテーブル周りのソファへ移動する。
胸の奥が、強く鼓動した。
(真実って……一体、なんなんだ?)
息を呑む音さえ、響きそうな静寂が落ちた。
ここから――“核心”へ踏み込んでいく。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
右脚の治癒が無事に終わり、
物語はいよいよ“真実”へと入っていきます。
少し緊張が続く展開になりますが、
見守っていただけたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。




