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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
ナティア防衛戦編

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第六十九話 「ナティア防衛戦 第十四撃 覚醒という序曲はすぐに絶望というフィナーレを迎える」

さっきまでゼールに対して燃え盛っていた激情が、嘘みたいに冷え切っていた。

胸の奥で渦巻いていた怒りは、いまや極寒の大地の空気みたいに、ひりつくほど冷たく澄んでいる。


それでも、僕の身体は止まらない。

青白い剣気が、全身から立ちのぼる。

黒い魔素が、鎖みたいに腕と脚に絡みつき、皮膚のすぐ下でざわついている。


「――ッ!」


踏み込む。

ゼールとの距離が、一瞬でゼロになる。


「ははっ、速――っ!」


ゼールが笑おうとした口元めがけて、僕の剣が振り下ろされた。

金属同士がぶつかる甲高い音が、大気を裂く。

そこからは、もう数える余裕なんてなかった。


上段から。

足元から。


横薙ぎ、斜め、突き、返し――。


自分でも、何をしているのか分からないくらいに、ただひたすら「斬る」だけを繰り返していた。

名前も効果も知らない魔術が、反射みたいにこぼれ出る。

胸の“核”から噴き上がった魔素を、青白い光に凝縮させては――そのまま叩きつける。


「《――ッ!》」


言葉にならない衝撃音が、何度も何度も森の奥へと響いていく。

剣を振るたび、拳を突き出すたび、蹴りを放つたび――大気そのものが震えた。


地面が沈む。


森の木々が、風ではなく“衝撃”で根元から折れていく。

土が跳ね上がり、石が砕け、抉られた大地が波みたいに歪んだ。


「おいおいおい、待て待て……なんなんだ、お前は!」


ゼールが笑いながらも、剣を必死に振るっているのが分かる。

紫がかった魔力の軌跡が、僕の剣筋を受け止めるたび、火花が白く弾けた。


(……押してる。僕が――あの化け物を、押してる……!)


その実感が、逆に怖かった。

怖いのに、身体は止まらない。


「まだ強くなるかと思って煽ってみたら……これは何だ?」


ゼールの視線が、僕を測るように鋭くなる。

剣と剣が噛み合った、その一瞬。


「八魔席どころじゃないな。

 ”この”力、この潜在――魔王様にすら届きうる。

 ……人間、お前をここまでの怪物にしたのは、何だ?」


答える余裕なんてない。


そもそも、自分でも分からない。

ただ――守りたい顔を守りたくて。

もう、何も奪われたくなくて。


それだけだ。


「うおおおおおおおッ!!」


喉が裂けるほど叫んで、さらに踏み込む。

青白い剣気が一層濃くなり、黒い魔素が渦を巻く。


だが――その瞬間だった。


ゼールの気配が、ぐっと沈んだ。


底なしの井戸を覗き込むみたいな悪寒が、全身の皮膚を内側から撫で回す。


(……なに、これ)


ゼールは、僕の猛攻を受けながら、薄く笑った。


そして――周囲の空気が、ぐにゃりと歪む。


「……充分だ。

 ここまで引き出してくれた礼に――

 ”本気”を見せてやろう」


ゼールの足元から、黒紫の魔素が噴き上がった。

森に満ちていたありとあらゆる魔素が、まるで洗い流されるように彼のもとへ吸い込まれていく。


「中位魔紋昇華解放《リ・アベセラシオン・デル・シヒロ・デモニアーコ:メディアナ》」


低く、冷たい詠唱。


次の瞬間――ゼールの額に、黒紫の魔紋ルーンが浮かんだ。


それはまだ“完全な紋章”ではなく、ところどころ欠けた円と、重なり合う線で構成された、不吉な文様だった。


髪の先端が煤けて黒く染まり、肩甲骨のあたりから、刃みたいな突起が生える。


その周囲から、魔素――いや、それより濃い“魔力の煙”が立ち上っていた。


「ここからが“真の戦い”だ、人間」


笑みの質が、変わった。

遊んでいた獣が、ようやく獲物を認識したときの――残酷な笑み。


次の瞬間。


世界が、ひっくり返った。



「――っぐぉ……ッ!!」


視界が空の色で埋まる。


何が起こったか理解するより早く、身体が斜め上に吹き飛ばされていた。


(え……? 今の、一太刀……?)


さっきまで、押していたはずだった。

青白い剣気で、ゼールの懐に入り込み、何度も何度も斬り込んでいた。


それなのに――今は、逆だった。


剣が重い。

腕が痺れる。


体に纏っていたはずの剣気が、ボロボロと剥がれ落ちていくのが分かる。


「おいおい、どうした。さっきまでの勢いはどうした?」


ゼールの声が、耳元で響く。


反射的に剣を掲げる。


ガキィンッ!!


受けたはずなのに、身体が地面に叩きつけられる。

肺から空気が全部抜け、視界が一瞬真っ白になった。


「っ……がはっ……!」


体のあちこちが、鋭く焼けるように痛む。


見下ろせば、軽鎧も服も、まるで獣に引き裂かれたみたいにずたずたになっていた。


皮膚には斬撃と打撃の痕が重なり合い、血が火山の噴火みたいに噴き出している。


(速い……! さっきまでのゼールなんかじゃない……!)


剣を構えなおす前に、視界が揺れる。

水平だった世界が、ぐにゃりと傾いた。


「……っ!?」


頬に冷たい土の感触。

気づいたときには、僕の身体は地面を転がっていた。


追撃が来る。


反射で、青白い剣気を無理やり立ち上げて受け止める。

再び、甲高い金属音。


でも――剣が、悲鳴を上げている。


「さっき私の顔を蹴り飛ばしていた罰だ」


ゼールの足音が、すぐ近くにあった。


紫色の魔力を纏った剣が、ゆっくりと、僕の視界に入る。


その軌道は――右脚。


(……あ、)


振り下ろされた瞬間の衝撃は、ほとんどなかった。


ただ、自分の身体の一部が“なくなった”という感覚だけが、はっきりとあった。


――ドチャッ。


どこかで、肉の塊が地面に落ちる湿った音がした。


「……え?」


踏み込もうとして、右脚に力を込める。


だが、何も感覚がない。


そこには――膝から下が、もうなかった。


真っ赤な血が、噴水みたいに噴き上がる。

視界の端で、自分の右脚が転がっているのが見えた。


(……ああ。これ、僕の、足……)


理解が追いついていない脳の代わりに、身体だけが咄嗟に動いた。


胸の“核”から魔素が溢れ、切断面へ流れ込む。


「……止まれ、止まれ……!」


傷の悪化を抑えるように、必死で魔素を流す。


右脚を再生させるなんて真似はとてもできない。


それでも、出血だけは――今ここで死ぬわけには――。


だが、ゼールは待ってはくれなかった。


「どうだ、アイザック。

 貴様に“やられた”魔物たちの苦しみが、少しは分かるか?」


声が降ってくる。


「貴様だけではない。

 今お前が味わっているものより、他の人間たちからもっとむごい蹂躙を私たちは受けてきた。

 恨むなら――人間に生まれたことを恨め。

 この時代、この地に生を受けたことを、呪うがいい」


言葉と一緒に、斬撃が降ってくる。


肩が裂ける。


腹を貫かれる。


背中を打ち抜かれる。


一撃ごとに、骨が軋み、神経が悲鳴を上げた。


(……痛い。痛い痛い痛い痛い――!!)


叫びたいのに、声が出ない。


何度も地面を転がされ、そのたびに世界がぐるぐると回った。



「――や、やめてぇええええええっ!!!!」


ララの悲鳴が上がった。


その視線の先には――右脚を失い、血だらけになって一方的に打ち据えられるアイザックの姿。


「アイザック君!! もうやめて、やめて……!」


震える両手で口を押さえながらも、涙が止まらない。


治療している手元が揺れて、思わず隣の兵士に叱られる。


「ララさん、集中を――! ここを離したら、あいつの頑張りが無駄になる!」


「分かって……ます……! でも……!」


ララの視界は、にじみっぱなしだった。


少し離れた場所では、パトロール・ファングとダイナスたちが、戦場の中心を食い入るように見つめていた。


「きゃああああああっ!!」


ララの悲鳴に続くように、別の冒険者たちも声を上げる。


そのたびに、城壁の上の空気がざわめいた。


「くそっ……! 行かなきゃ……! 弟弟子が、あんな……!」


カールアが震える膝に力を込める。


涙でぐしゃぐしゃになった顔に、それでも“戦士”の決意が宿っていた。


「落ち着け、カールア!!」


ハルドがその肩を掴む。


自分も今にも飛び出したいくせに、必死で押しとどめていた。


「今の俺たちじゃ、何もできない!

 あそこに踏み込んだら……ただの餌だ!」


「でも――でもッ!!」


カールアの足元に、涙の雫がいくつも落ちる。


「くそっ、何も……何もできねぇのかよ!!」


レントが拳で城壁を殴る。


ロッカも、歯を食いしばって地面を蹴った。


「ほんっと、冗談じゃねぇぞ……!

 あいつ、まだ、十三なんだぞ……!」


ダイナス、ガルド、ミゼス、ティーネ――。


全員が無言のまま、ただ祈るような表情で戦場を見つめていた。

それでも、誰一人として、目を逸らすことはなかった。


カールアは、滲む視界の中で、二つの“期待”を握り締めていた。


一つは――シルファと、王都ファズラエルからの援軍。

時間的にみても、これが一番現実的で、起こり得ると信じたい希望。


そして、もう一つは――。


(アイザック……あんたが、あの化け物を倒してくれる)


そんな、現実から見ればほとんど“あり得ない”期待。

シルファの一人目の弟子としては、二人目の弟弟子に望むには、あまりにも他力本願で、情けない願い。


分かっている。


分かっているのに――。


(それでも……それでも、縋らずには、いられないんだよ……!)


胸の奥で、叫びがこだました。



(……立て。立て、立て、立て……!)


右脚の痛みが、だんだんと遠くなっていく。


それは楽になっているわけじゃない。


ただ、感覚が“壊れかけている”だけだ。

僕は左足に魔素を集中させ、無理やり地面を蹴った。


体が浮く。


ゼールの斬撃を一太刀だけ躱す。


「ほう? まだ動けるか」


楽しげな声と共に、次の一撃が来る。

かわす前に、胸を抉られた。


「がっ……!」


息ができない。

肺の中に冷たい空気と熱い血が混ざり、咳と一緒に溢れ出す。


「どうしたアイザック。貴様は守るために剣を振るうのだろう?」


ゼールの声が、遠い。


「守れぬ剣に意味はない。

 守れぬ意志に価値はない。

 だから今まで、我々は奪ってきた。

 奪われる弱者が悪い」


そのたびに、斬撃が振り下ろされる。


肩。

腹。

背。

腕。

頬。


切り裂かれた箇所から、血が止まらない。


魔素の流れも、もう制御できない。


(……体、動かない……)


ゼールの気配が、ぐっと近づく。


顔を上げることもできない。


「さぁ――どうした。守りたいのだろう?」


嘲るような声。

それでも。


(……そうだ。僕は――)


震える指先に、かすかに力が戻る。

僕は、崩れかけた体勢のまま、前に手を伸ばした。


地面を掴む。


爪が剥がれても、指の皮が裂けても、構わない。


地べたを這う。


そう――芋虫みたいに、みっともなく。


「……まだ、来るのか」


ゼールの足元が、視界の端に映る。

喉の奥から、獣みたいな声が漏れた。


「……まだ、終わって……ない……!」


涙が、頬を伝って土に落ちる。

歯を食いしばる。

嚙み締め過ぎて、血の味が口の中に広がった。


(絶対に……諦めない……!)


ナティアのみんなの顔が、脳裏に浮かぶ。


ラナさん。

リオ。

エマさん。

ミーナさん。

ミリエルちゃん。

ガルドさん。

レントさん。

ロッカさん。

ミゼスさん。

ティーネさん。

ディノさん。

ガナンさん。

ララさん。

ハルドさん。

カールアさん。


お父さん。

お母さん。


(全部……全部、守るって決めたんだ……!)


だから――。


「――う、ぁ……っ」


意志とは裏腹に、力が抜けていく。


指先が重い。

腕が持ち上がらない。

もう、左足にも力が入らない。


「もういい。よく、耐えた」


ゼールの声が、すぐそばで聞こえた。


「だが、ここまでだ」


視界の端で、紫色の刃が振り上げられる。


(……ああ)


世界が、暗くなり始める。

視界という灯りが、少しずつ、少しずつ閉じていく。

最後に見えたのは――。


あざ笑うような。

それでいて、ほんの少しだけ“憂い”を含んだ、ゼールの横顔だった。


そこで、すべてが――闇に塗りつぶされた。

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