第六十六話 「ナティア防衛戦 第十二撃 怒りが臨界を越える時」
僕の言葉――「僕一人で戦います」
その一言が、戦場の空気を一瞬で凍らせた。
ララさん、カールアさん、ハルドさん。
後ろに続いていた兵士や冒険者までもが息を呑む。
「お、おい……正気か!?」
「頭を打ったんじゃねぇのか!?」
「お前さっきまで死にかけてたんだぞ!」
怒号と困惑が渦巻く。
だが、その声には“僕の無謀”を責めるよりも――
“死なせたくない”という恐怖が滲んでいた。
カールアさんが叫ぶ。
「弟弟子! あれだけは……灰色の髪のあいつだけは、他の三人とは別格よ!」
ハルドさんも唇をかみしめながら続ける。
「そうだ……! 三人で当たれば時間稼ぎくらいはできる……!
王都から援軍が来るはずだし、シルファも戻ってくる……!」
ララさんは震える声で言葉を漏らした。
「アイザック君……お願いだから……!」
僕はゆっくりと首を振った。
「……僕、この街が……
ナティアが、この世界で出会ったみんなが……大好きなんです」
言いながら、胸の奥が熱くなった。
守りたい顔が、次々と浮かんでくる。
パトロール・ファング。
ガルドさん、ダイナスさん。
それに、道端で笑ってくれた人。
風灯り亭のみんな。
ララさん。
ハルドさん。
カールアさん。
「皆さんも命を張ってるんです。
僕だけが何もしないなんて、……そんなこと、できません」
その表情はもう――十三歳の少年のものではなかった。
戦場に立つ“覚悟を決めたひとりの戦士”だった。
兵士も冒険者も、言葉を失い、ただ僕を見つめた。
「ララさん。二人の回復をお願いします」
そう言って前へ踏み出した瞬間――。
「ま、待てアイザ――!」
カールアさんが僕の肩を掴もうとした、その刹那だった。
――ザシュ。
耳元を、見えない斬撃が通り抜けた。
一瞬遅れて、轟音。
ナティアの城壁が――
“ひび割れ”ではなく、縦に真っ二つに割れた。
「……もういいか?」
灰髪の化け物が、退屈そうに腕を下ろした。
「最期だから少しは待ってやったんだが……長すぎだ。
それに――二日前、この街から離れた“絶対的な強者”がいたな。
援軍とやらだろう? 任務もあるし、これ以上つきあってやる義理はない」
その声を聞いた瞬間、僕の全身が凍りついた。
(……やばい……!)
怖い。
けれど――歩き出す足は止まらない。
「お前……二頭のウィンドウルフを撃退したのは……お前だな?」
「……なんで、知って……」
灰髪の化け物は笑った。
「私が今回の戦争を仕掛けた張本人だ。知らぬわけがない」
怒り。
恐怖。
心臓が握り潰されそうな圧。
けれど、怒りのほうが大きかった。
「だが……おかしいな。
二頭を追い払った時の“気迫”が、今は感じられん。
仲間を守ると言っていたが……今のお前では、何も守れんぞ?」
その言葉が、胸の奥を刺すように痛んだ。
次の瞬間――影が揺れた。
気づいた時には、
灰髪の化け物がララさん、ハルドさん、カールアさんの目の前に立っていた。
「――ッ!?」
ハルドさんとカールアさんが咄嗟にララさんの前に飛び出し、剣を構える。
だが。
紫色の魔素を凝縮した剣が、
化け物の右手にいつの間にか“形成”されていた。
その一太刀で――。
ハルドさんの右腕が、宙を舞った。
鮮やかな血の線を描きながら。
カールアさんの両腕には、骨に届くほどの深い傷が走った。
ララさんが悲鳴を上げる。
灰髪の化け物は淡々とつぶやいた。
「……やはり、なかなかやるな人間の女」
その表情は、愉悦と残酷さが入り混じったものだった。
胸の奥が、ぐつぐつと煮えたぎるように熱くなる。
そして――
(……殺される!!)
二人に二撃目が迫った瞬間。
――ガキィンッ!!
乾いた金属音とともに、大気が震えた。
「……やれば、できるじゃないか」
灰髪の化け物がニヤリと笑う。
その剣を――僕が止めていた。
あの化け物の“上下の一太刀”を、
十三歳の僕が押し返していた。
表情は冷たく。
瞳は燃えるように怒っていた。
「やっぱり……お前か。
この戦を狂わせた《イレギュラー》は」
「――黙れ」
僕は灰髪の化け物の剣を流し、その体勢が一瞬だけ崩れた隙に、
右脚で顔面を蹴り飛ばした。
魔人族のその身体が、戦場の後方へと大きく弾き飛ぶ。
「……助かった……」
ハルドさんが、かすれる声でつぶやく。
「弟弟子……強くなったね……ありがとう……」
カールアさんは涙をこぼしながら微笑んだ。
弱さを悔やむような表情で、それでも誇らしげだった。
僕は小さな笑みを返す。
「……行ってきます」
その言葉を残し、完全に気配を消して跳び去った。
ララさんは呆然としながらも、すぐに二人の治療を再開する。
――三秒後。
すでに前線では、
灰髪の化け物と僕の剣戟と体術が激突し始めていた。
「おいおい……待て待て。
こうでもしなければ、本気にならなかっただろ?
むしろ感謝してほしいくらいだがな」
ゼールが言う。
「……はい。感謝してますよ」
言葉は冷静だが、
僕の攻撃は容赦がなかった。
ゼールの動きすら上回る速度で、猛攻が重ねられる。
(このガキ……!
私があの二人に斬りかかった瞬間から……
魔力も、剣気も、オーラも……跳ね上がっている……!)
ゼールが低くうなった。
「お前が魔族だったなら……八魔席に名を連ねられただろうな」
「そんなの、どうでもいい」
「――《フレイム・バース》!!」
白い熱光がゼールを飲み込む。
「《ルーン・リヴァノイン》」
分厚い氷壁が瞬時に形成され、炎を遮断した。
「フレイム・バース……?
よくて中位魔術程度だろう。
我々の魔法とは“質”が違うはずだが……」
だが――ゼールは気づいていた。
(……あれは魔術ではない。
純粋な“魔力の焼却”……!
魔法の体系外か……?)
その戦いを――ナティア側も見ていた。
パトロール・ファング。
ガルド、ダイナス。
ミゼス、ティーネ、レント、ロッカ。
全員が動きを止めていた。
「お、おい……あれ……
俺ら全快でも勝てるか……?」
ガルドの問いに、誰も答えられなかった。
ダイナスが静かに言った。
「カールアさん、ハルドさんが相手してた三人のうち……
一人なら勝負になるでしょう。
でも――あれは無理です。絶対に」
「……アイザック君って、あんなに……?」
ミゼスの声が震える。
ティーネがつぶやく。
「修行とか……そんな次元じゃないよね……」
レントが言う。
「……あんな強さ、普通は出ねぇよ」
ロッカが苦笑する。
「Eランクなんて……ランク詐称だろ。
王都なら禁固刑だぞ?」
「いや、禁固じゃすまねぇ。
バケモンだろ、あれ」
ガルドが突っ込む。
少し離れた場所で――
ララ、ハルド、カールアもまた、戦況を見つめていた。
ハルドが呟く。
「なぁ……カールア。どんな修行したんだ……?」
カールアは首を振った。
「違う。知らないよ。
強い子だとは思ってた。
だから特別選抜試験の申請書も渡した。
でも……“あれ”は違う。
……いつもの弟弟子じゃない」
ララも震える声で言う。
「城壁の上で治療してた時より……
顔つきが、ぜんぜん違う……鋭いです……」
三人はただ、祈るように、戦場を見つめた。
「……援軍が来る前に……終わるかもしれない……」
カールアのつぶやきは、風に消えた。




