第六十五話 「ナティア防衛戦 第十一撃 激突の果て」
森の奥から吹きつける冷たい風が、戦場の熱をほんのわずかに冷ます。
だが――その涼しさとは裏腹に、前線の空気は灼けつくように重かった。
僕は灰色の髪の“あいつ”へ向かって走りながら、
その手前で繰り広げられる戦いに、息を呑んだ。
(……ハルドさんのほうは――終わった)
黒髪の男ゼファルは、肩から胸にかけて深々と裂かれ、地へ倒れ伏している。
ハルドさん自身は致命傷こそ免れたが、肩で荒く息をし、震える膝が限界を訴えていた。
「……久しぶりの全力は、正直こたえるな……」
そう呟きながら、彼は隣の戦場へ視線を移す。
その先――
カールアさん、ライラ、セタンの“二対一”の乱戦。
互いに深手を負いながらも、決着はまだつかない。
だが――。
(……カールアさん、雰囲気が……違う)
剣を握る手。
地を踏む重心。
纏う剣気の密度。
そして――その瞳。
覚悟を決めた戦士の、凪いだ光だった。
「これ以上、長引かせられないな。……師匠も弟弟子も頑張ってるんだし」
独り言のように呟き、カールアさんの剣気が――
地脈を震わせるような勢いで一気に膨れ上がる。
次の瞬間、彼女の全身が剣気の光膜に包まれた。
(……全身強化の剣気!?)
さらに。
「気配円――展開」
淡く透明な“輪”が、彼女を中心に直径二メートルへ広がる。
僕の気配円(六メートル)より狭い。
しかし――密度が違う。
(僕の“広域型”とは違う……
カールアさんのは“緻密に読み切る特化型”だ)
その変化に、ライラとセタンが同時に顔色を変えた。
「セタン!! 三段階までエンハンスお願い!!」
「言ったわね!? 文句なんて言わせないわよ!
――《ルーン・エンハンス》!」
瞬時に、ライラの身体へ魔力で構成された鎧が重なり、
さらに炎の装甲が腕と脚に燃え上がる。
「――《ルーン・ブレイズド》!」
烈火が咆哮し、大地が焼ける。
そして――激突。
ライラは強化された腕でカールアの剣撃を受け、蹴り返し、炎を弾けさせる。
対するカールアは、剣気を纏った肘で衝撃を殺し、最小限の動きで攻撃を捌く。
その攻防は、もはや人の目で追えない。
セタンの観察眼は鋭く、そして絶望的だった。
(……互角じゃない……!
ライラの“二重の鎧”が、確実に削られてる……!)
焦ったセタンが土魔法で反撃する。
「《ルーン・バンプドソイル》!」
カールアの足元だけが激しく隆起し、バランスを崩しにかかる。
(遠距離が効かないなら……これで!)
だが。
カールアは地面が盛り上がる“直前”に、その場から姿を消していた。
「――後ろよ」
ライラの背後に現れた瞬間――剣閃が走り、深い傷が刻まれる。
悲鳴が上がるより早く、カールアはもう距離を取っていた。
そして。
「――《フォトンスラッシュ》」
光を“斬撃”へ変換した一線が、ほぼ光速でライラを貫いた。
同時に――
セタンの視界から、カールアの姿が完全に消える。
(どこ――)
腹部へ刺すような痛み。
視界が揺れ、膝が崩れ落ちる。
「っ、かは……!」
カールアの剣は、セタンの回避より速かった。
「まじ……?
なんで……私の全力強化の速度に、あなたが追いついてくるのよ……!」
「やられてばかりじゃ、つまらないしね?」
カールアは微笑んだが、額には汗がにじんでいた。
セタンは倒れ込みながらも、斬られる直前に“遅延回復”を仕込んでいたため辛うじて生きていた。
同時に、間一髪でカールアの腹部へ風刃の反撃を入れていた。
本来なら、とっくに命を落としていたはずだった。
ライラは完全に意識を失い、
セタンは立つことすら困難。
カールアもまた、疲労と痛みで静かに肩を震わせていた。
「……終わった……」
背後から、荒く息を吐きながらハルドさんが歩み寄る。
「すまない……すぐ助けるつもりだったんだが……身体が言うこと聞かなかった」
「いいの。ハルドさんがあの黒髪の子を抑えてくれたから、私は集中できた。
……あとは、あの灰色の髪の化け物だけ」
二人は疲れ切った身体で、それでも前を向いた。
(……すごい……)
純粋にそう思った。
この二人が本気で戦えば――どんな絶望すら切り裂けるのだろう。
僕は駆け寄り、声を張った。
「大丈夫ですか!? カールアさん、ハルドさん!!
ふらふらじゃないですか!」
ララさんがすぐさま回復魔術をかけ始める。
カールアは、わざと明るく言った。
「弟弟子! 私たちなら全然平気よ! ……ねぇ、ハルドさん!」
「ああ……なんとか、だな……。
それよりアイザック、お前こそなんでこんなところまで来たんだ!?
お前……さっきの傷……もう治って……?」
「はい、大丈夫です。
それに――僕もこの街の人間です。
ここで逃げたら、ナティアは終わりです。
戦います。
――僕一人で」
兵士や冒険者たちが、一斉に息を呑んだ。
「おい! 正気か!!」
「無謀にもほどがある!!」
「相手は……“あの灰色の髪の化け物”だぞ!!」
だが――
僕の覚悟は、揺らがなかった。




