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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第一節 幼少期篇

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第六話 「風はなぜ、止むのか」

村の空気が――不気味なほど静まり返っていた。


いつもなら朝から吹いているはずの風が、その日だけはまったく流れていない。

木々は揺れず、畑の草さえ沈黙し、世界そのものが息を潜めているようだった。


「……今日も、風がない」


丘の上で木剣を握りしめながら呟く。

胸の奥には、理由の分からないざわつきが渦を巻いていた。


(前にも……こういう日があった)


あの夜、世界は息を潜めて僕らを見つめていた。


そう――ヴァシュトと出会った、あの夜だ。

白い毛並みの、不思議な小さな獣。

誰にも言えないその名を、僕は自然と口にしていた。


あれ以来、ヴァシュトは時々村のそばに現れ、気配だけを寄せてくる。

姿を見せるときもあるが、いつも慎重で、近づきすぎない。


今日も、どこかで僕を見ている気がした。


「ヴァシュト……そこにいるんだろ?」


呼びかけると、空気がわずかに揺れた。

草むらが小さく沈み、白い影が顔をのぞかせる。


「……イザーク……」


かすれた、小さな声。

魔物の鳴き声ではない。確かに“言葉”だった。


白い毛並みを揺らしながら、ヴァシュトがゆっくり近づいてくる。

狐とも狼とも違う、どこか神秘的な姿。


胸の奥が自然と温かくなる――はずだった。

だが今日のヴァシュトは、どこか表情が暗い。


「どうしたんだ? 傷が痛むのか?」


ゆっくり首を横に振る。

しかし何も言わない。その曖昧な仕草が、かえって不安を煽った。


「ヴァシュト……?」


揺れる白い瞳が、僕の手にそっと触れる。


(……いやな感じだ)


理由のない不安。胸の奥のどこかが冷えていくような感覚。


その時だった。


村の遠くで、鈍い音が響いた。


「……え?」


鐘。

緊急時にしか鳴らされない、低く重い音。


丘を駆け下りようとした瞬間、ヴァシュトが僕の服を噛んで引き止めた。


「どうした? 行かないと……!」

「……いか、ないで……」


あまりに弱い声に、思わず足が止まる。


「行かないで……って、どうして?」


白い瞳が震えていた。

慎重で臆病なヴァシュトが、ここまで怯えるのは初めてだった。


「……かぜ……とまった……から」


「風が?」


ヴァシュトは弱々しく首を振り、足元の草を踏みしめながら続けた。


「……“あれ”……くる……」


胸の奥がざわめく。

意味が分かるはずなのに、言葉としては理解できない奇妙な感覚。


そのとき――


「村に……魔獣がッ!!」


叫び声が風の止んだ村に響いた。


僕が振り返ると、森の影が大きく揺れ、黒い影が飛び出してきた。


風狼ウィンドウルフ”。

人の三倍ほどの体躯を持つ、獣型の魔獣。


だが目に映ったそれは――


「……風を纏ってない?」


本来の風狼は、周囲の風をまといながら走る。

しかし現れた個体は風をまとうどころか、黒い霧のようなものを漏らしていた。


(おかしい……これは絶対におかしい)


風が止まっている理由が、嫌でも理解できてしまった。


「イザーク……にげて……」


ヴァシュトが震える声で告げる。


しかし僕は首を振った。


「逃げない! 村の人が危ない!」

「……だめ……ボク……いられない……」

「ヴァシュト?」


白い瞳が、苦しげに歪む。


「……よばれてる……ボク……“かえらないと”……」


呼ばれている?

どこに?

誰に?


疑問が溢れるのに、胸のざわつきが答えを拒むようだった。


ヴァシュトは僕から一歩退いた。

風が無いはずなのに、彼の周囲の空気だけがふわりと揺れる。


「イザーク……ごめん……」

「なんで謝るんだよ……どこに行くんだよ!」


「……ボク……ここに……いちゃ……いけない……」


その言葉が胸に突き刺さる。


「そんなわけないだろ……!」


声が震え、視界が滲む。


「ヴァシュトがいちゃいけない場所なんて、あるはずない!」


ヴァシュトはゆっくり目を閉じた。


「……ほんとうは……ボク……“こんな姿……じゃない”」


空気が震えた。


白い毛並みが淡く光り、輪郭が揺らぎ始める。

胸の奥がざわつき、あの日の闇の声が脳裏をよぎる。


――選定外、要審査。


(……あの日の気配だ)


ヴァシュトは目を開け、かすかに笑った。


「ねぇ……イザーク」

「……なに」

「ボクに……“なまえ”……つけてくれたよね……?」

「ヴァシュトのことか?」

「……うん……」


小さく頷く。


「でもね……ボクには……もともと“なまえ”があったんだ」

「名前……?」


光に溶けかけた身体が、揺らめいた。


「……いまだけ……おしえてあげる……」


胸が締めつけられる。


(嫌だ……そんな終わりみたいな言い方するなよ……)


ヴァシュトは僕に歩み寄り、顔をそっと押しつけた。


「……ボクの……ほんとうの……なまえは――」


「――レーヴェ」


その名は、懐かしさと異質さを同時に孕んでいた。


「レーヴェ……? どういうことだよ……!」

「……イザーク……たすけてくれて……ありがとう……」

「……それとね……イザークのこと……すごく……すき……だよ……」

「待って……行くな!!」


伸ばした手は、届くはずの距離にあった。

いつもなら、触れられたはずの距離だ。


しかし今日は――なぜか届く気がしなかった。


光に包まれた白い獣は、風のない空気の中へゆっくりと溶けていく。


「レーヴェ!! 戻ってこい……!!」


叫び声だけが静寂の村に響いた。


返事はなかった。

ただ最後に、確かに聞こえた。


――ありがとう、イザーク。


その囁きだけが耳に残り、

僕の世界は再び静寂に沈んだ。

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