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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
第一章 第一節 幼少期篇

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第五話 「風の縫い目」

白い獣──まだ名も知らないその子と暮らし始めて、三日が経った。


世話をしているのは、家の裏に建つ古い物置小屋だ。

父アレンが昔、農具をしまっていた場所で、今はほとんど使われていない。


朝は水を汲んで傷を確かめ、藁を交換する。

昼は畑仕事の合間に様子を見に行き、

夜になるとこっそり抜け出して、小さな体のそばで眠った。


そんな日々が、静かに続いていた。


(……情が移るのは、仕方ないよな)


獣は僕を見ると、ふわりと尻尾を揺らす。

笑うみたいに細めるその瞳に、胸の奥がじんわり温かくなる。


けれど同時に、その温かさの裏側に薄い痛みがあった。


(……いつか、離れなきゃいけない)


魔物を家族として置くことはできない。

村人に知られれば恐れられるし、父や母もどう接するべきか困るはずだ。


だからこれは、一時だけ。

“治るまでの間だけ”──そう言い聞かせていた。


しかし。


「イザークー! ご飯できてるよー!」


母セリアの声が家から響くと、

白い獣はびくりと肩を跳ねさせた。


「大丈夫、大丈夫。母さんにはバレてないよ」


小声でそう言うと、獣はこてんと首を傾げた。

あまりに可愛らしくて、思わず口元が緩む。


「待ってて。また後で来るから」


小さく鳴いた声が、名残惜しさを帯びていた。

ほんの一瞬だけ、足が止まりそうになる。


(……僕だって、本当は)


けれど首を振り、胸の奥に沈みかけた気持ちを押し込める。

僕には“人間としての日常”がある。

家族がいて、やるべき仕事があって──

その間、小屋の獣はじっと息を潜めていた。




家に戻ると、具だくさんのスープと焼きたてのパンの香りが迎えてくれた。

父アレンは黙って席につき、母セリアは器を並べていく。


「今日、風が強いわねぇ。畑、大丈夫?」

「朝は静かだったんだが……昼に急に吹いた」

「最近、風の向きが変なのよ。村の人も言ってたわ」


(……風の向き?)


心臓がひとつ跳ねた。


確かに、風はおかしい。

突然止んだり、急に吹き荒れたり──

まるで“誰かが操作している”みたいに乱れている。


特に、あの小屋にいるときは顕著だった。


(……いや、考えすぎだ)


ただの魔物のはずだ。

白くて、不思議で、どこか知性も感じるけれど──

“何かを起こせるようには見えない”。


しかし胸のざわつきだけは、消えてくれなかった。




夜。


僕はいつものように小屋へ向かった。

月が薄くかかった雲の隙間から光を落とし、道を淡く照らしている。


(……今日も元気だといいけど)


扉をそっと開く。


「――っ」


白い獣が壁にもたれ、苦しげに目を閉じていた。


「どうしたの!?」


駆け寄って体に触れる。

熱い。呼吸も浅い。

胸の毛が上下するたび、淡い光が脈のように揺れていた。


(……また光ってる。発熱……いや、もっと違う何かだ)


怖さはなかった。

ただ必死に、その小さな体を支える。


「大丈夫だよ……! ここにいるから……!」


その瞬間だった。


ひゅう……


小屋の中で、風が吹いた。

閉じた扉の向こうからではない。

この空間の“内側”で風が生まれた。


冷たく、鋭い風。

耳元を掠めるその音には、明らかに“何か”が混じっていた。


――アナタハ……


(……え?)


――探シテイル。


(探して……? 誰が?)


白い獣が目を開けた。

琥珀の瞳が震え、僕を必死に見つめる。


そして──


「……にげ……て……」


かすれた声が、確かに空気を震わせた。


「逃げ……? なんで……?」


問い返す間もなく、獣は再び息を荒くする。


胸がざわつき、足元の地面がわずかに揺れたような気がした。

僕はその体をしっかり抱きとめる。


(……誰から逃げろと言ったんだ?)


小屋を飛び出して外を見る。


夜の村は異様なほど静まり返っていた。

風も、人の気配も、虫の声さえない。


――無風。


あれほど乱れていた風が、嘘みたいに止まっている。


(……やっぱりおかしい)


何かが近づいている。

その“気配”だけは、はっきりと分かった。


白い獣は確かに言った。


「にげて」と。


(……僕が? それとも、この子が?)


まだ、何も分からない。

けれど一つだけ──


“この子は普通の魔物じゃない”


その確信だけが、じわりと形になり始めていた。


僕は小屋に戻り、獣の隣に静かに座った。


「大丈夫。僕がいるから」


その言葉に、獣はかすかに尻尾を揺らした。


外の風は沈黙している。

静寂が、地面ごと世界を覆っているようだった。


その不自然な沈黙に気づく者は、

まだ村のどこにもいなかった。

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