第六十三話 「ナティア防衛戦 第九撃 死闘」
空気が震え、地面が微かに沈む。
三対二の戦闘が始まって、まだ三十秒。
だが、その三十秒だけで――
“どちらが上か”はすでに決まっていた。
優勢なのは、圧倒的に人間側。
***
カールアは乱れのない呼吸のまま、
高速で踏み込んできたライラの拳を、
手のひらひとつで弾き上げた。
「ハルドさんは黒髪の男ね!
私はこの二人の女――まとめて相手する!」
声に焦りはない。
むしろ“遊び”すら感じさせる軽快さ。
ハルドが苦笑しつつ剣を構える。
「流石、一閃の後継者だな。助かる!」
「助かるじゃないよ!
こいつら早く倒して、あのもう一人の化け物どうにかしなきゃ!
街ごと消し飛ぶよ!!」
言う内容は切迫しているのに、口調だけは軽い。
それがカールアという女だった。
ライラが舌打ちする。
「ねぇ……本気で“二人同時に抑えられる”と思ってるわけ?」
その横で、セタンが無駄のない声で指示を送る。
「ライラ。第二段階エンハンスを重ねる。援護に回るから、最前に出て」
「むかつくから殴ってくる!!」
「……了解。
――ルーン・エンハンス」
セタンが指を鳴らすと、光紋がライラの全身を走った。
瞬間、ライラの身体に紫の雷のようなオーラが走り、
筋肉の密度が跳ね上がる。
「は、速っ……!」
カールアは即座に剣気を全開まで引き上げる。
オーラと剣気が正面衝突し、
風圧だけで戦場の残骸が吹き飛ぶ。
刹那――
「――ルーン・ウィンドランス」
セタンの詠唱と共に、横合いから巨大な風の槍が飛ぶ。
狙いは、カールアの首。
しかし――。
「邪魔」
カールアは振り向きもせず、一閃。
“空間ごと”風の槍を断ち切った。
セタンの瞳がわずかに揺れる。
(魔導式を……剣気だけで?)
あり得ない現象が、目の前で成立していた。
***
一方その頃――。
ゼファルとハルドは、まだ動かずに睨み合っていた。
互いの呼吸、筋肉の動き、魔素の揺らぎ。
一つの隙も逃さない“達人の間”。
ゼファルが微笑を浮かべる。
「本当に驚きましたよ。
あれだけ戦力差があったのに、この戦術。
あなたたち人間は……侮れませんね。指揮官さん?」
ハルドの声は低く、岩のように重い。
「必死なんだよ、こっちは。
お前らが来なけりゃ、それでよかったがな」
剣を握る腕が――静かに震える。
それは恐怖ではなく、
猛獣が走り出す直前の確かな合図。
「……やるぞ」
瞬間、ハルドの全身が爆ぜた。
オーラが奔流となって解き放たれ、
剣に集束し、地面にひびを走らせる。
まさに “闘気”。
ゼファルが息を呑む。
「あなた……人間の中でもかなり上位ですね?
それとも、“もっと上”が――」
「探るな」
その瞬間。
ハルドが踏み込んだ。
ゼファルは即応し、手をかざす。
「――ルーン・ダークフレア!」
影の刃と黒炎が同時に襲う。
それは焼き尽くす魔法ではなく、“抹消”に近い一撃。
だが――
ハルドの剣がそれを斬った。
黒炎が悲鳴を上げるように霧散し、空気に溶けて消える。
ゼファルが震える。
「黒炎を……斬った……?」
「剣士舐めんなよ」
次の瞬間――二人の戦闘も爆発した。
剣気と黒炎。
オーラと魔導式魔法。
人間と魔人。
純粋な“質”と“格”が衝突した戦いが始まった。
***
城壁の上の僕は、その光景に息を呑んでいた。
「ララさん、あれ……本当にやばいですよね」
「うん。
あれはもう……戦争じゃなくて“災害”よ」
ララさんの治療で、僕の痛みはほぼ消えていた。
だから――動ける。
「ララさん、僕行きます!」
「私も行く!」
「いや、ララさんは回復魔術しか――」
“ピシッ”
ララさんの指が僕の額を弾いた。
「失礼ね?
火と風の魔術も使えるの。援護くらいできるわよ!」
「あ……すみません。
回復の印象が強すぎて……」
「まったく、ほんと褒め上手な男の子ね」
「ははは……」
僕は照れ笑いを浮かべながら階段を降りる。
下では――
カールアとハルドが、
三体の魔人を圧倒していた。
互角ではない。
“押している”。
心臓が跳ねた。
(……僕も、行かないと)
(あの人たちだけに任せるわけにいかない)
僕は息を吸い込み――
戦場の中心へと走り出した。




