第六十二話 「ナティア防衛戦 第八撃 三対二の激突」
風が止んだ。
静寂のすぐあと――
森の奥から、“濁った魔素”が這い出してきた。
胸がざわつき、肺がうまく動かない。
(……魔素が濃すぎる。
あれ……魔物じゃない。“別の何か”だ)
城壁の上で、僕はその気配を握りしめるように見つめていた。
そして――
森が、揺れた。
***
異変を最初に捉えたのは、
ナティア防衛の柱である二人――カールアとハルドだった。
城壁の際に立ち、カールアが目を細める。
「……ねぇ、ハルドさん。あれ、気のせいじゃないよね?」
「気のせいなら、この歳で初めて神に祈るところだな」
ハルドは腕を組み、低く唸った。
その声に反応して、前線直下にいた面々が即座に集まる。
パトロール・ファング――レント、ロッカ、ティーネ、後衛のミゼス。
さらにガルド、ダイナス。
Cランク冒険者の槍使いディノ、同じくCランクのガナン。
合計八名が一斉に振り返った。
レントが苦い声を上げる。
「……おい。二人とも顔がマジだぞ。
またヤベぇのが来てんのか?」
カールアは短く言い切った。
「“四つ”来てる。
魔物じゃない。もっと……質が悪い」
ロッカが剣を握り直す。
「人間か?」
「違う。魔人寄り……いや、それ以上。
魔素が濁りすぎてる」
ガルドの舌打ちが、戦場に乾いた音を残した。
「チッ……第二波が終わったばっかだぞ」
***
森の奥――。
木々を裂き、四つの影が姿を現した。
歩いてくるだけで、地面の魔素がざわつき、空気の密度が変わる。
桃色の髪の女、ライラ。
黒髪短髪の男、ゼファル。
白髪ショートの知的な女、セタン。
そして――
ひとりだけ、桁外れの魔圧を纏う男。
灰色の髪に青灰の瞳を持つ、魔族ゼール。
ハルドが低くつぶやく。
「……中心はあいつだ」
カールアはわずかに笑む。
「分かってるよ。
“こっちを見てる”感じ……嫌いじゃない」
ガルドは武器を構え直す。
「援軍だって浮かれてた兵もいたが……
どう見ても敵だな」
レントが頷く。
「殺気の色が違う。
あいつら、生き残り続けてきた戦士の匂いだ」
ディノが槍を強く握りしめる。
「……行くしかねぇな」
***
だがその瞬間――。
森へ逃げ込もうとしていた魔物五十体が、
“音もなく、真っ二つ”になった。
斬撃の気配もない。
詠唱もない。
魔素すら乱れない。
ただ“存在そのもの”が切断されていた。
沈黙。
唯一、ハルドがかすかに息を吐く。
「……空間ごと、か。
これは……相当だな」
カールアは決意を灯す瞳で答えた。
「敵、確定。
ハルドさん――行くよ」
「……ああ」
***
だが、その前に――
前衛八人が一斉に駆け出した。
レント、ロッカ、ティーネ、ミゼス(詠唱開始)
ガルド、ダイナス
ディノ、ガナン
「うおおおおお!!」
八名の迎撃部隊が一直線に距離を詰める。
その刹那――。
ライラがゼールへ問う。
「なんか、私たちを殺しに来てる奴らいますけど……
対応していいですよね?」
ゼールは無造作に手を振る。
「頼む」
次の瞬間。
バンッ!!
爆風のような衝撃が走り、
八人全員がまとめて吹き飛んだ。
レントが地面に叩きつけられ、血を吐く。
「なっ……がはっ……
なんだよ……あいつら……!」
ロッカが転がりながら叫ぶ。
「ちっくしょう……強すぎ……!」
ティーネの武器が跳ね飛び、
ミゼスは詠唱が途切れたまま膝から崩れ落ち、
ディノは地をえぐりながら滑り込む。
ガルドとダイナスでさえ、武器を支えに立ち上がるのが精いっぱいだった。
「……っ、あれで“遊び”かよ……」
***
カールアとハルドが、同時に踏み込んだ。
「ハルドさん! 行くよ!!」
「ああ。ここからは俺たちだ!」
魔人族三人が迎撃の姿勢を取る。
ライラが叫ぶ。
「ちょっと待って!?
この二人、人間じゃないでしょ!?
私たちと同格……いや、それ以上じゃん!!」
ゼファルが吠えた。
「三人で潰すぞ!
ゼール様に手間をかけさせるな!」
セタンが冷静に言う。
「同意。“最速で制圧”する」
地面が震え、魔素が爆ぜる。
三対二――。
ここから先は、“死闘”そのものだった。




