第五十八話 「激戦の裏で 一閃の剣と影紡の交わり 終幕」
闇の底から浮かび上がるように、意識が戻ってきた。
(……数分か。だが、やけに長く感じたな)
重たいまぶたを開けると、
最初に視界に入ったのは、夜空と、風に揺れる木の枝だった。
そのすぐ横に――シルファの顔。
「お、起きた。よかった」
「……なんなんですか、あなたは」
シリアスはかすれた声で言った。
「綺麗な薔薇には棘があると言いますが――
少々、刺さり方がえげつなすぎませんかね」
「それ、あんまり褒め言葉に聞こえないんだけど」
シルファは苦笑しながらも、少しだけ申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめん。ちょっと“一瞬だけ”だけど、わりと本気でやっちゃった。
時間ないし、それに――術師なのにあんなオーラ見せられたら、力入るでしょ」
「……大丈夫です」
シリアスはゆっくりと上体を起こした。
まだ頭はぐらつくが、立とうと思えば立てる程度には回復している。
(最上級マナス草、ヒーラ草ポーションの効果、恐るべし)
(事前に飲んでいてよかった…)
「あなた、強いですね」
彼は改めてそう言った。
「名前を、お聞きしても?」
「シルファ・アルディーン」
その名を聞いた瞬間、シリアスの瞳が大きく見開かれた。
「……なるほど。だから、こんなに強いわけだ」
「いやな言い方するね」
「数年前の、帝国と屍興王国との戦争。
あの泥沼を、何度もひっくり返した“一騎当千”――いえ、一騎当万の英雄、ですかね」
「やめてよ、そういうの。背中痒くなるから」
シルファは眉をひそめて、ぶんぶんと手を振った。
「それに、あの戦争は――」
言葉が、そこで止まる。
一瞬だけ、瞳の奥に暗い影が差した。
すぐに、彼女は息を吐いて表情を整える。
「……あんまり、楽しい話じゃないからさ」
「失礼しました」
シリアスは軽く頭を下げる。
「戦争の話は、ここではやめておきましょう。
時間もありませんし、本題に入ります」
「うん。早くして。もう走らなきゃいけないし」
「単刀直入に伺います」
シリアスは、黄金の瞳でシルファを見据えた。
「あの少年は――この大陸の“希望”になり得る存在ですか?」
シルファは、ほんの数秒だけ黙った。
そして、
「あー……絶対そうだね」
あっさりと言った。
「才能は未知数。努力を惜しまない。自分を削ってでも前に進もうとする。
死ぬ気で頑張るタイプだよ、あれは」
肩をすくめながらも、口元には微笑が浮かんでいる。
「あと五年もかからないうちに、私と同じか――もしかしたらそれ以上に強くなると思う。
抜かされないように、こっちも頑張らないと、って感じ」
「なるほど」
シリアスの口元にも、わずかな笑みが浮かんだ。
「つまり、“律への鍵”になりうる、と」
「……やっぱり、帝国もそこ見てたんだ」
シルファが目を細める。
「この大陸のこと、考えてるの?」
「もちろんです」
シリアスは即答した。
「外側からちょっかいを出してくる連中がいるというのに、
いつまでもこの大陸だけで諍いを繰り返している――愚かとしか言いようがない」
「ほんと、そうね」
「だからこそ、我々は“揺らぎ”を探している。
律に干渉しうる存在――あなたの弟子、その弟弟子も含めて」
シルファは小さく笑った。
「とりあえず、一つだけハッキリ言えるよ」
「ほう」
「あの子、アイザックは――将来、勇者にも、魔王どっちにもなれる可能性がある」
風が、一瞬だけ静まる。
「彼は、魔物だからって簡単に命を斬らない。
人間の“当たり前”の感覚とはずれてる。
正義の、本当の意味を、ずっと追いかけてる」
「……だからこそ、危うい」
シリアスは、淡く笑った。
「そのままなら“勇者”になり得るし、
どこかで折れれば、“魔王”にもなり得る」
「そういう子ほど、世界を変えるからね」
シルファは伸びをするように両腕を上げた。
「――さて。時間取りすぎた。行っていい?」
「ええ。こちらこそ、かなり時間をいただきました。
本当に、感謝していますよ」
「感謝するなら、せめて邪魔しないでくれると助かるんだけど」
「あなたが無視したままでは、きっと私はずっと後ろをつけて行ったと思います」
「それが嫌だったのよ」
シルファは苦笑しながら、さっき渡されたポーションを手に取る。
「このポーションはありがたくもらうね。
最上級マナス草とヒーラ草なんて、そうそう手に入るもんじゃないし」
二本とも一気に飲み干した瞬間、
体の奥から冷たい熱が駆け巡る。
「――よし。全開で行く」
足元に、青白い光が走った。
「じゃあ、またどこかで会うでしょ。
そのときは、もうちょっと手加減するかも」
「ぜひ、手加減してください」
シリアスがそう言い終えるより早く――
シルファの姿が、消えた。
比喩ではない。文字通り、掻き消えた。
音だけが残る。
空気が裂け、地面が震えるほどの“流れ”となって。
「……剣技に、術に、エンフォルス。
オーラも扱えて、精霊素まで感じさせる気配」
シリアスは、ぽつりと呟いた。
「本当の化け物じゃないですか、あなた」
風が、さっきまで彼女がいた方向へと流れていく。
(とりあえず――報告だな)
(あの少年。あの剣士。あの街。全部、ただ事じゃない)
「……もしナティアが本当に危なくなったら」
シリアスは外套の裾を直し、影の中へと歩き出した。
「少しだけ。バレないように、手を貸してあげましょうか」
黄金の瞳が、夜の中で静かに光った。




