第五十五話 「ナティア防衛戦 一時の休息 懺悔」
森の奥――。
夕陽はもう沈み、
木々がかすかに揺れる音だけが、暗闇を満たしていた。
僕は仰向けのまま、
冷たい地面に体を預けていた。
(……僕は、最低だ)
息をするたびに胸が痛む。
身体は傷だらけで。
乾いた血はひりつき、
まだ湿っている傷は、じわりと熱を帯びる。
でも――一番痛いのは身体なんかじゃなかった。
(魔物だからって……あんなふうに)
(家族を奪おうとしてた……)
あの二頭の子どもウィンドウルフ。
親の前に立ち、必死に威嚇していた小さな体。
その姿が、何度も何度も脳裏に浮かんで離れなかった。
「……ごめんなさい」
声にすると、胸の奥がさらに痛くなる。
(守りたいものを守ろうとして……
誰かの“守りたいもの”を奪おうとしてた)
森の空気は冷たいのに、
目の奥だけがずっと熱い。
何十体の魔物を斬った。
何人もの兵士の命を守った。
それでも。
(……正しいなんて、言えないよ)
(これの、どこに正義があるんだよ……)
握った拳が震え、
乾いた血がぽろぽろと剥がれ落ちた。
胸の核は、さっきの咆哮の余韻をまだ引きずっていて、
不規則に脈打ち続けている。
怒りでも憎しみでもない。
ただ――壊れそうで、叫ばずにはいられなかった。
(誰かの親を……
守りたいものを……
僕は――)
喉が潰れるみたいに締め付けられる。
「……ごめんなさい……」
また声が漏れた。
◇
体を起こす気力が、少しだけ戻る。
でも、頭はまだぐちゃぐちゃのままだ。
(なんで……こんなに色んな種族の魔物が一気に来たの?)
(おかしい……絶対に“何か”がいる)
デゼル――。
名前は浮かぶけれど、
(あいつ……こんなこと、するか?)
霊術を戦闘に初めて組み込んだあの日。
あの異様な存在感。
確かに“普通じゃない”けど、大軍を動かすような意図や動機は感じなかった。
(……誰が、何のために)
答えが出ない。
ただ胸の奥で、別の痛みが膨らむ。
(僕に……もっと力があれば)
(誰も……泣かせずに済んだのに)
ナティアの北東側も、いまは一時的に静まっているはずだ。
その“静けさ”が逆に怖い。
(まさか……誰も……)
(僕がウィンドウルフを倒さなかったせいで――)
「そんなわけ……ない」
震える声が、情けなかった。
(倒せるわけ……ないだろ……)
(親の帰りを待つ子どもがいて……
子どもの成長を願う親がいて……
そんなの……踏みにじれるわけ、ない)
胸に手を置く。
傷の下で、心臓が弱く脈打った。
(……戻らないと)
(皆が……生きてるか、確かめないと)
ゆっくり立ち上がる。
足ががくりと沈むが、それでも踏ん張る。
遠くに――松明の光が揺れていた。
声も聞こえる。
焦りと安堵の混ざった、あの声。
(……カールアさん)
(ミーナさんも……ミリエルちゃんも……)
光が近づくと、影が走ってきた。
「弟弟子ッ!!」
カールアさんの声が、森に響く。
そして――
「アイザック!!
あんた、何その顔!!
血だらけじゃない!!」
「……何言ってるんですか。いつも通りですよ」
言った瞬間、膝が震えた。
「いつも通りって……あんた……!」
カールアさんの顔が歪む。
レントさんが僕の肩をがしっと掴む。
「いつも通りなわけあるか。
目真っ赤で、涙止まってねぇじゃねぇか」
次の瞬間。
ミーナさんが泣きそうな顔で抱きつく。
「も、もう……心配で……!」
「……アイザックくん……っ」
ミリエルちゃんも、ぎゅっと腕を回してきた。
パトロール・ファングの皆も集まり、
僕を落ちないように支えてくれる。
「あ、あの……苦しいんだけど……」
それでも抱き返した。
(……ああ)
(戻ってきたんだ。僕は)
堪えていたものが、一気にあふれた。
「僕……弱いんです……」
「でも……守りたい……」
「……失いたくない……」
声が震えて止まらない。
「だから……強くなる……絶対に……」
「魔物でも……誰でも……
守りたいって思ったものは全部……
僕が守る……!」
夜風が涙を冷やす。
でも胸の奥だけは、確かに温かかった。




