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創命理念で異世界ライフを  作者: Izma
ナティア防衛戦編

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第五十二話 「ナティア防衛戦 第二撃 血と涙の一歩」

血の匂いが、した。


何の前触れもなく、目の前の兵士が崩れ落ちた。


さっきまで僕の前に立っていた、槍を構えた背中が。


その胸元を、フォレストゴブリンの錆びた刃が斜めに裂いていた。


「……っ!」


赤いものが噴き出して、兵士の顔が驚いたまま固まる。

足元に血が広がり、冷たい土が一瞬で黒く染まっていく。


そのすぐ横で、もう一人の冒険者がルーガウルフに腕を噛みちぎられ、

喉の奥から、動物みたいな悲鳴を上げた。


(……これが……戦場……)


頭が、焼けるみたいに真っ白になる。


嫌悪と恐怖と現実感のなさが、ぐちゃぐちゃに混ざって、

胸の奥で膨らんでいく。


(奪わないと……)


(奪わないと、ここで奪われる……!)


目の前で、フォレストゴブリンが牙をむき出し、

血に濡れた刃をゆっくりと持ち上げた。


攻撃の対象はもう、倒れた兵士ではない。

その先にいる――僕だ。


「――来るなッ!」


気づいたら、喉から声が飛び出していた。


身体が勝手に前に出る。

剣を握る手は、情けないくらい震えているのに。


フォレストゴブリンが飛びかかってくる。


その動きは、森で見てきた魔物と同じはずなのに――

今は、妙に滑らかで、速く見える。


刃が迫る。


僕は反射的に、胸の核を掴んだ。


「霊術――“気配円”!」


意識が一瞬だけ、世界を俯瞰する。


魔素と霊素の揺れが、輪になって広がり、

敵の動きの“線”が、胸の内側に描かれた。


(ここ……!)


足を半歩引き、すれ違うように身を捻る。


刃が頬を掠め、熱い線を残した。


同時に――握っていた剣を、

ゴブリンの首もとに力任せに叩き込む。


鈍い感触。


骨をなぞるような抵抗。


次の瞬間、ぬるいものが手に飛び散り、

ゴブリンの身体が僕の胸元に崩れかかってきた。


「……っ、は……っ」


息が、うまく吸えない。


視界の端で、ゴブリンの黄色い目が、

まだ僕を見ている気がした。


胸が、ぎゅうっと縮んでいく。


(……僕が、殺した)


胃がひっくり返りそうな吐き気が込み上げてくる。


(でも……)


足元の息が浅い兵士を見下ろす。


さっきまで生きていた人。

誰かの家族で、誰かの友達で、

きっと――守りたいものがあった人。


(ここで僕が殺さなかったら。

 次に殺されるのは、この人で。

 その次は――風灯り亭の誰かで。

 その次は……トーヴェルの誰かだ)


視界がにじむ。


涙か、血の飛沫か分からない。


「ああもうっ……!」


叫びながら、僕は剣を握り直した。




戦場は、すでに“音”で満ちていた。


金属と金属がぶつかる甲高い音。

槍の柄が折れる鈍い音。

魔術が炸裂する爆音。


兵士の怒号。

冒険者の叫び。

魔物の唸り声。


そして――誰かの悲鳴。


空には、火と風の魔術が飛び交っている。


後方から放たれた火球が、グラットゴブリンの群れを焼き、

炎に包まれた影が地面でもがきながら転げ落ちていく。


別の術師が風刃を放ち、

ルーガウルフの脚を、まとめて切り裂いた。


「押し返せぇッ!!」

「槍を引くな! 踏ん張れぇ!!」


前衛の兵士たちが、盾と槍で壁を作り、

突っ込んでくる小型の群れを必死に押し留めている。


それでも、土煙の向こうには、

まだまだ終わりが見えない“黒い波”が広がっていた。


「アイザック!」


背後から声が飛ぶ。


振り返ると、レントさんとパトロール・ファングが、

すでに血に塗れた武器を構えていた。


「遊撃隊、動くぞ!」

「壊れかけてるところを優先だ、ついてこい!」


僕は、大きく頷く。


足に力を込めて、前へ。


砂を蹴るたびに、

足元で血と泥が混ざってぐちゃりと音を立てた。


(怖い……)


(怖いけど――もう止まれない)




少し離れた前線。


槍壁の一部が、ルーガウルフとフォレストゴブリンの連携攻撃で崩れかけていた。


一人の兵士が、盾ごと体当たりを受けて倒れ込み、

その隙間から、小型の群れが雪崩れ込もうとしている。


「ここだ! 右側面から回り込む!」


レントさんの声に従い、斜めから駆け込む。


視界の端で、グラットゴブリンが兵士の喉元に歯を立てようとしていた。


「させない!」


胸の奥から、魔素を引き上げる。


「――火術、《フレイム・アロー》!」


手のひらから火の矢が放たれ、

ゴブリンの顔面を貫いた。


燃え上がる悲鳴とともに、

魔物の身体が後ろに吹き飛ぶ。


「た、助かった……!」


血まみれの兵士が、かすれた声でそう言った。


その顔には、恐怖と安堵と、

それでもまだ立とうとする意志が混ざっていた。


(この人も――守らなきゃいけない命だ)


振り返る暇もなく、次の影が迫る。


ルーガウルフが地を蹴り、

真横から僕に飛びかかってきた。


「霊術、《気配円》!」


再び、世界が輪になる。


狼の軌跡が“線”となって胸に描かれ、

牙の届く範囲と、その先の死が見えた。


(……届く前に、届かせる!)


腰を捻りながら、一歩踏み込む。


剣の刃に、ほんの少しだけ――

剣気の“色”を纏わせる。


鋭い線が、狼の首を斜めに裂いた。


ルーガウルフの身体が、勢いのまま僕の脇をすり抜け、

地面に叩きつけられる。


「はぁ……はぁっ……!」


呼吸が荒くなる。


背中がじっとりと汗で濡れ、

心臓がうるさいくらい鳴っていた。


そんな僕の横を、レントさんの剣がすり抜ける。


「まだだ、アイザック!」


彼は二体同時に迫ってきたフォレストゴブリンを、

ほとんど一瞬で切り伏せた。


その隙間から、さらに別の影が飛び出してくる。


ロッカさんの双剣が、それを迎え撃つ。

ティーネさんの矢が、後ろから正確に心臓を射抜く。


パトロール・ファングは、

まさに“遊撃”という言葉そのものの動きだった。


「アイザック、生きてんだろ! まだ走れる!」


ロッカさんが笑いながら叫ぶ。


「生きてます!!」


何故か、その一言で自分の足に力が戻った。




それでも、戦場は容赦なく牙を剥いてくる。


別の場所では、槍壁の別の一角が崩れかけていた。


バーグオーガだ。


通常の人間の二倍近い巨体。

太い腕を振り下ろすたびに、

盾ごと兵士が吹き飛ばされていく。


「オーガまで混じってんのかよ……!」


ロッカさんが悪態をつく。


「中型がこの数で押し寄せるなんて、普通じゃない」


ミゼスさんの声が、どこか遠くから聞こえた。


魔術の閃光と爆音。

バーグオーガの咆哮が、それをかき消す。


その足元では、

まだ息のある兵士が必死に地面を掴んでいた。


(……守らないと)


ここで押し返せなければ――

城壁は、すぐ向こうだ。


そこを抜かれたら、

風灯り亭やギルドの中にいる人たちに、

すぐ手が届いてしまう。


「アイザック!」


ティーネさんが短く叫ぶ。


「前の兵士、危ない!」


視線を向けた先では、

立ち上がりかけた冒険者の背後から、

シェードビートルが音もなく迫っていた。


黒い甲殻が光を吸い込み、

鋭い顎が開く。


考えるより早く、身体が動いた。


「――っ!」


まだ完全に形になっていない剣気を、

それでも無理やり刃に通す。


一歩で懐に入り、

ビートルの首元に剣を叩き込む。


固い殻を割る手応え。


火花のような違和感の後、

甲殻がぱきんとひび割れ、黒い体液が噴き出した。


「う、うわっ……!!」


冒険者が尻もちをつきながら、

僕を見上げる。


その目は、恐怖と混乱で震えていた。


「立ってください!!

 まだ、終わってません!」


自分でも驚くくらい大きな声が出た。


冒険者は一瞬だけ目を見開き――

ぎこちない動きで立ち上がる。


「……ありがとよ」


その一言だけが、

耳にやけにはっきりと残った。




時間の感覚が、どんどん曖昧になっていく。


何体目を倒したのか、もう分からない。


腕は重く、握力は限界に近い。

呼吸をするだけで、胸が痛む。


それでも、足はまだ動いていた。


動かせた。


動かさないと――誰かが死ぬから。


(怖い、怖いけど……)


(ここで逃げたら、僕はもう僕じゃなくなる)


剣を振るたびに、

誰かの命を奪っている。


魔術を放つたびに、

焼ける肉の匂いが鼻を刺す。


自分の手が、血と灰で汚れていくのが分かる。


それでも。


(――守るって、決めたから)


胸の核が、熱く脈打った。


恐怖と一緒に、その熱だけは確かにあった。




ふと、世界が少しだけ静かになった気がした。


鼓膜を焼くような喧噪の中で、

ぽっかりと“間”が生まれる。


その瞬間――


背中に、ぞわりとした悪寒が走った。


(……なんだ、これ)


殺気とも違う。


でも、命の線を一瞬で断ち切れるほどの、

冷たい“圧力”だけが、遠くから届いてくる。


魔物たちの唸り声が、


ほんの一瞬だけ、わずかに弱まった気がした。


まるで、彼らでさえ何かを“恐れている”みたいに。


砂煙の向こう。


エルドの森の奥、

黒と灰色の境目のあたりに――


異様に濃い、魔素の塊が、ゆっくりと揺らいでいた。


(……見てる)


誰かが、戦場全体を見下ろしている。


人間でも、魔物でもない。

もっと別の、冷たい何かが。


「アイザック!」


レントさんの声が、現実へ引き戻す。


「まだ終わってないぞ!」

「はいっ!」


返事をした、そのときだった。


北東の森から――

新しい“風”が吹いてきた。


それは、ただの風じゃない。


空気そのものが鋭く尖ったみたいに、

肌を切り裂くような冷たい感触。


前線の少し先。


盾を構えていた兵士の列の前を、

何かが横一線に走り抜けた。


次の瞬間。


重ねた盾が、音もなく斜めにずれ――


遅れて、どさり、と地面に落ちた。


「なっ――」


盾の縁は、まるで紙みたいに滑らかに切り裂かれている。


風が、切った。


風そのものが刃になって。


砂煙の向こうで、

青白い残光が動いた。


風の軌跡に沿って、

獣の輪郭が、ゆっくりと姿を現す。


しなやかな四肢。

風を纏った銀灰色の毛並み。

目だけが、冷たい蒼で光っている。


(……ウィンドウルフ)


心臓が、跳ねた。


トーヴェルにある近くの森で、

突如現れた、中型魔物。


あのとき、

僕はただ逃げることしかできなかった。


(――今度は、逃げられない)


喉がひりつく。


それでも、足は一歩、前に出ていた。


手の中の剣が、

さっきまでより、少しだけ軽く感じる。


「行くぞ、アイザック!」


背後でロッカさんが叫び、

パトロール・ファングが位置を変える。


僕は、ウィンドウルフの蒼い瞳をまっすぐに見据えた。

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